第7話:棚卸し
夜の見張りをした次の日、セラに勧められた通り、俺は依頼を受けず休日とした。
町に来て初めて仕事をした。
仕事をするようになって初めての休日。
目が覚めたのは昼をかなり過ぎた頃だった。
耳の奥に残っていた違和感も、夕方には気にならなくなったが、その日はギルドへは行かなかった。
仕事を探しに町へ来たとはいえ、倒れるまで働くつもりはない。
生活をしていくため、これからも仕事をする必要はあるだろうが、少なくとも数日に一度はこうして休日を挟むようにしよう。
その日は夜まで宿で荷物の整理や洗濯などをして、近くの食堂で夕飯を食べ、早めに寝た。
初めての休日はほとんど寝て過ごした。
次の日の朝。
いつもより少し遅めに宿を出て、ギルドへ向かった。
到着してまず掲示板の前に立つ。
昨日しっかり休んだ分、今日はまた依頼を受けて金を稼いでおきたい。
夜の見張りはやめておこう。
少なくともしばらくは避けたい気分だ。
清掃。
荷運び。
届け物。
店の手伝い。
いつも見かける依頼たちの中に、今日は棚卸しの依頼があった。
棚卸し。
店の商品を数えて帳面と照らし合わせる。
足りないものがないかを確認する。
それだけらしい。
この仕事ではたぶん耳は使わない。
使わないということはないが、特性の出番はきっとない。
別に毎回《聴力強化》を使う必要はないんだ。
夜の見張りでは、たぶん使いすぎたせいで痛い目を見た。
その前の仕事でも、音を聞いて鼠を見つけた。
あれぐらいがちょうどいいのかもしれない。
でも今日は、たぶん本当に出番がない。
それならそれでいい。
今日もセラがいたので、セラが座っている受付に棚卸しの依頼書を持っていく。
「おはようございます、ライアスさん」
一瞬、返事が遅れた。
「……おはようございます」
名前を呼ばれたことに驚いた。
いや、登録した時に名乗っているのだから、不思議なことではない。
ただ、今までは名前で呼ばれていなかった気がする。
「今日はこれですか?」
「はい」
セラが紙を見て少し考える。
「棚卸しの依頼ですね。……計算が必要になるんですが、できます?」
「簡単なのならできます」
「あ、計算もできるんですね」
少し意外そうに言われた。
「計算も?」
「ライアスさん、普通に読み書きもできますよね。登録の時も自分で書いてましたし」
「はい」
「冒険者の方って読み書きや計算ができない方が結構多いんです。村で教わったんですか?」
返事に困った。
教わった。
たぶん、それで間違いではない。
文字は、村での生活の中で少しずつ覚えた。
数字の書き方もそうだ。
ただ、最初から何も分からなかったかと言われると、少し違う。
文字を見た時、単語を聞いた時、それが何を表しているかをイメージすることができた。
どう組み合わせればどういう意味になるのかということがなんとなく分かっていた。
数を足したり引いたりすることもそうだ。
やり方を一から教わったというより、こっちの言葉や書き方に合わせて覚え直した感じに近い。
最初からできたわけではない。
気付いたらできるようになっていた。
いや、教わっていないはずなのに何故かできていることに、途中で気づいたという方が正しいか。
たぶん、前の世界の記憶が関係している。
たぶん。
俺自身、あまりよく分かっていない。
「村の人に少しずつ教えてもらいました」
結局、そう答えた。
正確には違うかもしれないが、別に嘘ではない。
「なら大丈夫だと思います」
セラはそれ以上気にした様子もなく、依頼書へ目を戻した。
「難しい計算はありません。商品を数えて、帳面と合っているか確認するだけです」
「要するに、数え間違えなければいいんですね」
「はい。そういうことです」
計算が必要というよりは、正確に数えられるかが大事ということだろう。
数え間違いには気をつけよう。
◇
店に着くと、主人らしい男に奥へ案内された。
表では乾物や日用品を売っている店のようだ。
奥には同じような品物が箱や袋に分けて置かれていた。
俺がやるのは、ここにある数を確認することらしい。
男から帳面を渡される。
「こっちに書いてある数と、実際にある数を比べてくれ」
「違った場合はどうすればいいですか?」
「その商品に印をつけといてくれ。あとでこっちで確認する」
「分かりました」
「運ぶ必要がある箱は、無理なら呼べ」
町に来てから、何度か似たようなことを言われていると思った。
何かあったら呼べ。
わからなかったら戻ってきて聞け。
無理なら呼べ。
村では呼ぶ相手や聞く相手がほとんどいなかったから、少し変な感じがする。
店の主人が部屋を出ていくのを見送り、早速棚卸しを開始する。
まず棚の端から数える。
一つ。
二つ。
三つ。
帳面を見る。
これは数も多くない。
合っている。
次は袋を数える。
合っている。
箱を開ける。
中に入っている小瓶を一つずつ並べる。
十。
二十。
三十。
数え終わったところで、帳面に書き込む。
そういえば、耳は何の役にも立っていない。
当然だった。
棚は鳴かないし、瓶も自分から数を教えてはくれない。
午前中はひたすら商品を数えた。
途中で箱を持ち上げ、別の場所へ移す。
また数える。
帳面と照らし合わせる。
元の位置に戻す。
同じことを繰り返していると、だんだんどこまで数えたのか分からなくなってくる。
一度、途中で誰かに声をかけられた。
「そこの箱、あとでこっちに寄せといてくれるか?」
「わかりました」
返事をして、目の前の小瓶へ戻る。
……あれ?今何個目だったか。
少し考える。
二十三。
いや、二十四だった気もする。
これは請け負った仕事だ。
別にどちらでもいいか、とはならない。
一度息を吐いて最初から数え直した。
「一、二、三……」
◇
昼を過ぎた頃、一度目の間違いが見つかった。
帳面には四十二。
俺が数えたのは四十一。
もう一度数える。
やはり四十一だ。
違いがあるところに印をつける。
これでいい。
次へ進もうとしたが、念のためもう一度数える。
……四十二だ。
さっき俺は何を数えていたんだ。
一本、後ろに隠れていた。
耳が他人より良くても、目は良いわけではない。
当然、見落とす時は見落とす。
さっき付けた印を消す。
消した跡が残ってしまった。
あとで何か言われるかもしれない。
その後は、これまでよりもゆっくり数えるようにした。
少し時間がかかっても、数を間違えるよりはましだ。
箱を運ぶ時も、帳面を確認してから動かす。
慎重に数える。
帳面を見る。
念のためもう一度見る。
夕方が近づいた頃、ようやく最後まで数え終わった。
部屋を出て主人を呼ぶ。
「終わりました」
「ずいぶんかかったな」
「遅くなってしまってすみません」
「いや、初めてならこんなもんだろ」
帳面を主人に渡す。
主人が何か所か確認しながら、印のついたところを見ていく。
「ここだけ違ったのか」
「はい。三つ少なかったです」
「分かった。あとで見ておく」
それだけだった。
「他には?」
「たぶん合ってます」
「たぶんか」
「一応全部二回ずつ数えました」
主人が笑った。
「そんなに見たなら、まあ大丈夫だろ」
少しだけ安心した。
◇
棚卸しが終わり、完了報告のためギルドへ戻る。
受付にセラがいて声をかけられる。
「お疲れさまです、ライアスさん」
また名前で呼ばれた。
「お疲れさまです。棚卸し完了しました」
今度は普通に返事ができた。
「どうでした?」
「耳は何の役にも立ちませんでした」
セラが一度瞬きをして笑った。
「まあ、棚卸しですからね」
「そうなんですけど」
「何か失敗しました?」
「一度数え間違えたので、そのあとは間違いが怖くて時間がかかりました」
「慎重になり過ぎましたか」
報酬を受け取る。
今日も宿代と飯代にはなる。
《聴力強化》を使わなくても金を稼げる。
町へ来た時は、自分に何ができるのか分からなかった。
鑑定を受けて、耳がいいと知った。
その耳が役に立つこともあった。
でも、使わなくてもできる仕事は普通にある。
たぶん、その方が多いのだろう。
財布に報酬を入れる。
今日の分がまた少し増えた。
それで十分だった。
「明日は何にします?」
セラに聞かれる。
掲示板を見ると、まだいくつか依頼が残っている。
「明日来てから考えます」
「分かりました」
挨拶をしてギルドを出る。
今日も普通に働いて、報酬をもらうことができた。
帰りに飯を買い、宿代も払った。
部屋へ戻る。
机の上に財布の中身を並べた。
数える。
一度数えてから、もう一度数える。
増えるわけではない。
分かっている。
町へ来る前も、家で何度も同じことをしていた。
ただ、あの時とは少し違う。
使えば減るだけだった金に、今は働いた分が混じっている。
どれが今日稼いだ硬貨かなんて、もう分からない。
それでも、昨日より極端に減ってはいない。
硬貨をまとめて財布へ戻した。
明日も一日働けば、たぶんまた少し入る。
それでいい。
……それでいいのだろうか?




