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地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


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第6話:夜の見張り

採取依頼を終えた日の夕方、食事を取ったあとに戻ったギルドの掲示板で見つけたのは夜の見張りだった。


倉庫の裏手。


夜の間、周囲に不審な人間が近づかないかを見張る。


依頼内容としては

それだけ。


もう一度、書いてあることを読んで、少し考える。


《聴力強化》。


こういう仕事なら俺に向いているんじゃないか。


昨日までは掃除や採取だった。


耳が良くても役に立つ場面はあったが、最初からそれを使うための仕事ではなかった。


だが、見張りとなると違う。


誰かが近づけば、姿を見るより先に分かるかもしれない。


俺の特性なら、他の冒険者よりも早く異変に気付けるかもしれない。


受付へ依頼の紙を持っていく。


今度はセラがいた。


「こんにちは。これ、受けられます?」


持ってきた紙と冒険者証を手渡す。


セラは一度確認してから、俺を見る。


「今日の夜ですよ?」


「はい。読んだのでわかってます」


「眠くなっても途中で帰れませんよ」


「それもわかってます」


「なら大丈夫です」


セラが手続きを行い、その後で紙と冒険者証を渡される。


「町での夜間の仕事は初めてですか?」


「はい」


「無理に何でも聞こうとしなくていいですからね」


「何でも?」


「特性、《聴力強化》なんでしょう?」


そう言われて、少しだけ引っかかった。


「特性はなるべく使わない方がいいってことですか?とは言っても使わない方法は知らないですけど」


「そういう意味じゃないですよ。ただ、夜の間ずっと気を張ってると疲れますよ」


「なるほど。分かりました」


俺はわかったつもりで頷いた。


◇


日が落ちた頃、依頼先の倉庫へ向かった。


昼間とは空気が違う。


人通りは当然減っている。

店を閉めているところも多い。


その分、昼には気にならなかった音が目立つ。


戸を閉める音。

遠くで誰かが笑う声。

犬の鳴き声。

靴の裏が石を擦る音。


倉庫に着くと小さな椅子と灯りが用意されていた。


依頼主に挨拶をして、簡単な説明を受ける。


決められた範囲から離れない。

何かあれば中の人間を呼ぶ。

自分で捕まえようとしない。


「盗人がよく来るんですか」


「いや。最近は別に」


「じゃあ何で見張りを?」


「来てからじゃ遅いだろ」


なるほど。

それもそうだ。


男は倉庫へ戻っていった。


早速一人になる。

一晩中立ちっぱなしをイメージしていたが、用意されていた椅子に座る。


だいぶ静かだ。

昼間よりもずっと。


最初はそう思った。


そのまま少し時間が経つ。


その時、壁の向こうで何かが軋む音がした。


ぎし。


風が吹く。

木の枝が揺れる音。


遠くで足音が聞こえる。

たぶん二人分。


いや、一人は少し遅れて歩いている。

別の道かもしれない。


屋根の上で何かが動いた気配がする。


猫か。いや、鳥だろうか。


そこまではさすがに分からない。


耳を澄ましてみる。


さっきよりもだいぶよく聞こえる気がする。


面白い。


昼間なら人の声や荷車の音、喧騒に紛れてしまうような音が、夜になると一つずつ拾えているようだ。


目を閉じて、集中しさらに耳を澄ましてみる。


足音が増えた。

風の音も大きくなった。

どこかの扉の音は複数聞こえた。

遠くの話し声は楽しそうに聞こえる。


何を言っているのかまでは分からないが。


そのあと、少し近いところで、何かが地面を引っかく音が聞こえてきた。


目を開けてそちらへ目を向ける。

見る限り何もいない。


音は止まった。


しばらくして、倉庫の中から小さな音がした。


木箱か何かが鳴ったらしい。

特に問題はなさそうだ。


耳を澄ます。


また別の音だ。

今度は後ろの方から聞こえてきた。


振り返って確認する。

これは風で布か何かがはためく音か。


そうして時間が経過していく。


何度か人が近くを通る。

そのたびに足音を追う。


近づいてくる。

そのまま通り過ぎる。


遠ざかる。

一人。二人。

これで三人目。


音がよく聞こえる。

集中すると音を聞き分けられる。


これが俺の特性なんだと意識するとなんだか少し楽しくなってきた。


これなら、やはり俺は見張りに向いているんじゃないか。


そう思った頃だった。


耳の奥で、きん、と小さな音がした。


顔をしかめる。


今のは何だったのか。


少し待つと違和感は消えた。


また周囲の音を追う。


今度は右側。

誰かが歩いている音か。


左からも物音がする。

荷車が向かってきて通り過ぎた。

こんな夜でも荷運びをしているのか?


倉庫の中で何かが軋む。


まとめて一度に聞こうと集中する。


倉庫内を誰かが歩く足音。

さっきの荷車の車輪の音。

風が木々を揺らしながら吹き抜ける。

向こうの建物内の話し声。


きん。


まただ。


今度は少し長い。

両手で耳を押さえる。


それで音が消えるわけではない。

むしろ、自分の呼吸の音が近くなる。


「……何だこれ?」


頭の奥が重く感じる。


たぶん考え事をし過ぎたあとみたいな感じに近い。


いや、初めて感じる感覚かもしれない。


分からないが、とりあえず立ち上がり少し歩いてみる。


身体を動かすと少し楽になった気がする。


色々な音を聞きすぎたせいだろうか?


それからは、耳を澄ませるのをやめるようにした。


意識しないようにすると逆に意識してしまうようで、切り替えるのはなかなか難しい。


空を見て周りを見て足元を見る。

遠くに見える窓の明かりを数える。


他のことに意識を向けるとさっきまでより拾える音は減っていった。


何か気になる音がした時だけ、意識して耳を澄ますようにした。


でも、それで困ることはない。


誰かが近付いてくれば、それは普通に分かる。


夜中を過ぎる頃、少し離れたところで足音が止まった。


そちらの方向を見る。


しばらく動かない。


耳を澄まして聞いてみる。


小さな咳が聞こえる。

布が擦れる音がする。


また歩き始める。

こっちには来ないようだ。


問題はないと判断し、放っておくことにする。


見張りの仕事はそれだけだった。


盗人は来なかったし、魔物も出なかった。

……町中に魔物が出るようならヤバいか。


特に何か事件が起きることもなく、そのまま見張りを続けた。


ただただ、夜が長く感じられた。


◇


空が少し明るくなり始めた頃、交代の男が来た。


「何かあったか?」


「特にはなかったですね」


「そうか」


引き継ぎはそれだけだった。


倉庫の中から依頼主も出てきて、仕事が終わったことを確認する。


「眠そうだな」


「少し眠いです」


印象が悪いかもしれないが、ここは正直に答えた。


それだけじゃない。


耳の奥に、まだ少し変な感じが残っている。


報告のためにギルドへ戻る。


朝の町はもう動き始め、通りを歩く人が増え始めていた。


昨日の夜から聞いていた音が、また増えていく。


普段ならそこまで気にならないが、今日は少し煩わしく感じる。


ギルドに到着し、早速受付で報告する。


セラがいたのでそちらの受付に進む。


「お疲れさまです」


「夜の見張り、終わりました」


「何かありました?」


「特に何も起きませんでしたよ」


セラに紙と冒険者証を手渡し、手続きが終わるのを待つ。


報酬を受け取る。

疲れているからか、眠さのせいか、数えたりする気力もなく財布に入れた。


そのまま帰ろうとして、少し迷ったが、気になっていたので聞いてみることにした。


「セラさん」


「はい」


「特性って、使いすぎると頭痛くなったりします?」


セラは少し考えた。


「ものによると思いますけど、見張り中、ずっと集中してたんですか?」


「色々考えながらですが、音を聞こうとしてかなり長い時間集中していたかも……」


「じゃあ、頭痛はそのせいかもしれませんね」


「やっぱりそうなんですね」


「無理に使い続ける必要はないんですよ」


昨日も似たようなことを言われた気がする。


分かったつもりだった。


実際にやってみるまでは。


「今日は休んだ方がいいんじゃないですか?毎日依頼を受けられていますし」


「そうします」


「休みを入れることも大事ですよ。冒険者は自分で休みを決められるので」


確かにそうか。

今日は掲示板は見ずに、宿へ戻ることにした。


途中で朝飯だけ買う。


温かいものを食べて、そのまま寝台に横になる。


眠気がやってくるまで少し考える。


俺の特性は、夜の見張りには向いている。


たぶん。


ただ、ずっと聞いていればいいわけではない。

特性の使い過ぎも良くないようだ。


少し残る頭の中の違和感を感じつつ、それだけは分かった。

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