第61話:馬車のそばで
出発の朝、指定された倉庫へ行くと、二台の荷馬車が並んでいた。
倉庫の前には木箱や袋が積まれ、何人かの男が忙しそうに動き回っている。俺は荷物を脇へ置き、近くにいた男へ声をかけた。
「おはようございます。今日から運搬の仕事で来ました」
「おう、ギルドからか。名前は?」
「ライアスです」
「俺はドーマだ。今回の荷積みを取りまとめてる。荷運びは経験あるんだったな?」
「はい。倉庫でも働いてましたし、馬車への同行もしたことがあります」
「なら大丈夫だな。こっち来てくれ」
ドーマについて倉庫の入口へ向かうと、別の男が紙を片手に木箱を数えていた。
「ペック、ギルドからの手伝いだ。ライアスっていう」
「おう、よろしくな。俺はペックだ。早速で悪いけど、そこの箱を数えてくれないか」
「はい」
ペックに渡された紙には、荷物の種類と数、それぞれの行き先が書かれていた。箱の札を確認しながら数えていくと、一種類だけ数が合わない。
「すみません。これ、六つのはずが七つあるんですけど」
「どれだ?」
ペックは箱を一つ動かし、裏側の札を見せた。
「こいつだけ行き先が違うんだ。紛らわしいだろ」
「……本当ですね」
「同じ形でも中身が違うことがあるからな。札は最後まで見てくれよ」
俺は頷き、もう一度確認を始めた。
数が揃った荷物から、ドーマの指示で馬車へ積んでいく。大きな箱は二人で運び、袋は隙間を埋めるように置いた。
「ライアス、それは後だ」
小さな箱を持ったところで、ドーマに止められた。
「先に降ろす荷は手前だ。奥に積んじまったら、向こうで全部下ろす羽目になる」
「なるほど」
「重さも考えないといけないから、何でも手前に置けばいいってわけじゃないがな。まあ、今日は俺が指示するから、その通りに頼む」
「わかりました」
ドーマは荷台へ上がり、箱の位置を確かめながら次々と指示を出していく。
ペックは積み荷の数を確認するたび、手元の紙に印をつけていた。
「おい、ペック。こっちの袋、まだか?」
「今数えてる。お前、さっき数が合わないまま持っていこうとしただろ」
「だから確認頼んでるんだろうが」
「だったら急かすなよ」
「急がねえと終わらねえだろうが」
「お前は毎回毎回うるせえんだよ」
二人はそんなことを言い合いながら、手を休めることなく作業を続けている。
仲が悪いんだろうか。
俺も指示された箱を運びながら、時々札を確かめた。
荷積みが終わる頃には、朝の寒さも気にならなくなっていた。
縄で荷物を固定し、ペックと一緒に最後の数を確認する。馬車の周りでは御者たちも準備を進めていた。
「よし、揃ってるな」
ペックが紙を鞄へしまう。
「出発してからも荷物を見てくれよ。積んだら終わりってわけじゃないからな」
「はい」
俺は脇に置いていた荷物を背負い、棒と盾を確かめた。
ドーマに言われて二台目の馬車につくと、前方から出発の声がかかる。
馬が歩き始め、車輪がゆっくり回り出した。
こうして、ベルドへの三日間の仕事が始まった。
◇
アルネの門を抜けると、馬車は街道を進み始めた。
俺は二台目の横を歩きながら、積まれた荷物を見上げた。箱と箱の隙間には袋が押し込まれ、何本もの縄が荷台を横切っている。
自分が運んだ箱もあるはずだが、どこに積まれたのかはもうよくわからない。
「歩くのは平気か?」
荷台の反対側からペックが声をかけてきた。
「はい。このくらいなら」
「そりゃよかった。今日は歩く時間が長いからな。疲れたら言えよ」
「ありがとうございます」
「まあ、俺も歩くから疲れるんだけどな」
ペックはそう言って笑った。
以前ベルドへ向かった時は、周りの音が気になって仕方がなかった。あの時も馬車の音は聞いていたが、積み荷がどうなっているかまでは考えていなかった。
今回は、揺れる荷台を時々見上げながら歩く。
道が少し荒れたところに差しかかると、木箱がかすかに揺れた。縄で固定されているので大きく動くことはないが、袋の一つが振動に合わせて形を変えている。
「……あの袋、少し動いてませんか?」
ペックが荷台を見上げた。
「ああ、あれか。中身が詰まってるわけじゃないからな。少しくらいは形が変わるよ」
「そうなんですね」
「ただ、気になるなら止まった時に見ておこう。積んだ時と同じかどうかは確かめた方がいい」
俺は袋の位置を覚え、また前を向いた。
しばらく進むと、街道が緩やかな上りになった。
馬の歩みが少し遅くなり、御者が手綱を持ち直す。馬車の軋む音も、それまでとは違って聞こえた。
ドーマが一台目から歩いてきた。
「どうだ、ライアス。問題ないか?」
「はい。今のところは」
「荷物は?」
「袋が一つ、少し動いてるように見えました。ペックさんと、止まったら確認しようって話してます」
「そうか。どれだ?」
俺が指差すと、ドーマは荷台の横から覗き込んだ。
「……ああ、あれな。中身が寄ったかもしれん。次に止めた時に見よう」
「はい」
「ペック、そっちは任せたぞ」
「わかってるよ」
ドーマは前の馬車へ戻っていった。
少し先で上りが終わると、馬の歩みも元に戻った。
道の脇には低い草が続き、ところどころに木が生えている。何度か馬車とすれ違ったが、こちらが二台で進んでいるせいか、道幅の狭いところでは互いに速度を落とす必要があった。
俺は馬車からあまり離れず、御者やペックの動きを見ながら歩いた。
昼が近づいた頃、道幅のある場所で一度馬車を止めることになった。
馬を休ませる間に、積み荷の状態を確認するらしい。
「ライアス、さっきの袋はどれだった?」
ペックに聞かれ、俺は二台目の後ろへ回った。
「これです。出発した時は、もう少し上にあったと思うんですけど」
「どれどれ」
ペックは縄を確かめ、袋に手をかけた。
「確かに少し下がってるな」
中身が寄ったことで、袋の上に隙間ができていた。ペックがドーマを呼ぶと、二人で荷物の位置を直し、縄を締め直した。
「よし、これならいいだろ」
ドーマが箱を押して確かめる。
「ライアス、こういうのは気づいたら言ってくれ。大したことなさそうでも、見ておけば安心だからな」
「わかりました」
「ただ、走ってる時に勝手に直そうとするなよ。馬車を止めてからだ」
「はい」
ドーマは頷き、一台目の方へ歩いていった。
ペックは荷台をもう一度見上げ、それから俺に向き直った。
「さて、飯にするか」
「あ、はい」
「腹減っただろ?」
「結構減りました」
「そりゃそうだ。朝から動きっぱなしだからな」
馬車の近くに腰を下ろし、持ってきたパンを取り出した。
ペックも隣に座り、パンと干し肉を取り出している。
「ライアスはベルドへ行ったことがあるんだったな」
「はい。一度だけですけど」
「どうだった?」
「アルネより大きい町でしたね。人も多かったですし」
「まあ、そうだな」
「あと、飯がうまかったです」
ペックがこちらを見た。
「飯?」
「はい。食堂で食べたんですけど、なかなかよくて」
「ははっ。町の話で最初に飯が出てくるのか」
「……そんなに変ですかね?」
「いや、いいんじゃないか。うまい飯は大事だ」
ペックは干し肉をかじりながら頷いた。
「ベルドには何度も行ってるんですか?」
「この仕事じゃ、何度もな。向こうで荷物を下ろして、帰りの荷を積んで戻る。だいたいそんな感じだ」
「毎回同じ荷物なんですか?」
「いや、時期によって変わるよ。今回は箱が多いけど、袋ばっかりの時もあるしな」
「そうなんですね」
「だから、毎回ドーマと積み方を相談するんだよ。あいつは口うるさいけど、荷物のことはよく見てるからな。信頼できるやつだよあいつは」
ペックは一台目の方を見た。
ドーマはまだ御者と何か話している。
「……本人には言わないんですか?」
「言ってるぞ。たまにはな」
俺が笑うと、ペックも笑った。
昼飯を食べ終えると、もう少し休んでから出発することになった。
俺は水を飲み、荷物を背負い直した。
「ライアス、ちょっといいか」
ペックが紙を持って近づいてきた。
「次の休憩まで、こっちの荷を時々見ておいてくれないか? 俺は一台目の方も確かめたいんだ」
「はい。わかりました」
「縄が緩んでたり、袋が大きく動いてたりしたら知らせてくれればいい。触るのは止まってからな」
「はい」
「それと、さっきの袋だけじゃなく、ほかの荷も見てくれよ」
「わかってます」
そう答えると、ペックは笑いながら一台目へ向かった。
◇
午後の街道は、朝より少し暖かくなっていた。
馬車は同じような速さで進んでいるが、道の状態によって揺れ方が違う。硬く踏み固められた場所では細かく振動し、轍の深い場所では荷台が大きく傾くこともあった。
俺は二台目のそばを歩きながら、時々積み荷を確かめた。
荷物のほとんどは朝と変わらない。昼に直した袋も、今のところ動いていないようだった。
しばらくすると、前方から別の馬車がやってきた。
こちらと同じように荷物を積んでいて、御者の隣には男が一人座っている。すれ違う時、向こうの御者が軽く手を上げた。
こちらの御者も手を上げて返す。
「知り合いなんですか?」
俺が尋ねると、御者は首を振った。
「いや。知らんやつだ」
「そうなんですね」
「この道じゃ馬車がよく通るからな。挨拶くらいはするさ」
確かに、朝から何台かの馬車とすれ違っていた。
俺が以前ベルドへ向かった時には、周囲の警戒に気を取られていたせいか、ほかの馬車のことはあまり覚えていない。
今は、すれ違う馬車が何を運んでいるのか、少し気になる。
木箱を積んでいるものもあれば、布をかけた大きな荷物を運んでいるものもある。どこから来て、どこへ向かうのだろう。
「おーい、ライアス!」
前からドーマの声がした。
「そっち、変わりないか?」
「はい。荷物も大丈夫そうです!」
「ならいい。もう少し行ったら、また止まるからな!」
「わかりました!」
声を返し、荷台を見上げる。
昼に直した袋はまだ元の場所に収まっている。縄も緩んだ様子はない。
日が少しずつ傾き、馬車の影が道の脇へ伸び始めていた。
歩き通しで足は疲れてきたが、まだ歩けそうだった。
ベルドへ着けば、今度は荷下ろしが待っている。明日は帰りの荷物を積む仕事もあるらしい。
それに、仕事が終われば夕飯だ。
前にベルドで食べた料理もよかったが、今度は別の店へ行ってみたい。
そんなことを考えながら歩いていると、二台目の御者が声をかけてきた。
「兄ちゃん、そっちの荷は大丈夫か?」
「はい。今のところ、変わりないです」
「そうか。じゃあ、もうひと頑張りだな」
御者が馬へ声をかけ、馬車は変わらない速さで進んでいく。
俺はもう一度荷台を見上げ、それから前へ目を向けた。
ベルドまでは、まだ道が続いている。




