第60話:またベルドへ
翌朝、荷物をまとめていると、外からモレルさんの声が聞こえた。
「なるほど……こっちはこっちで面白いな」
外へ出ると、家の裏でしゃがみ込んでいた。昨日は荷物を運ぶだけで終わったため、畑にはまだ何も植えていない。
「おはようございます。もう畑ですか?」
「ああ。ちょっと土を見てたんだ」
「昨日も見てましたよね」
「朝と夕方じゃ様子も違うからね」
モレルさんは指についた土を払い、立ち上がった。
「ライアス君はもう出発するの?」
「はい。そろそろ戻ろうかと。自分の家のことですし、仕事もしないと」
モレルさんは頷き、家を振り返った。
「こっちは任せておいて。荷物を片づけてから、畑の場所を決めるよ」
「水汲みも忘れないでくださいね」
「うん。昨日行ったから大丈夫だよ」
俺は家に戻り、残りの荷物を背負った。
机や椅子、昔から使っていた農具はそのままだ。壁際にはモレルさんの箱が並び、窓の近くには持ってきた鉢が置かれている。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけてね。次に来るまでには何か植えておきたいなあ」
「まだ土も冷たいですから、慌てなくていいですよ」
「そうだね。何から始めようかな」
また考え始めたらしい。
俺は棒と盾を確かめ、家を出た。
門のない村なので、少し歩けば家並みが途切れる。振り返ると、モレルさんが家の前でまだ手を振っていた。
俺も手を振り返し、アルネへ向かった。
◇
町へ着いたのは昼を少し過ぎた頃だった。
朝から歩いて腹が減っていたが、先に宿へ寄って荷物を置くことにした。
いつもの宿へ入ると、ボノさんが帳場にいた。
「戻ったか」
「はい。こんにちは」
「今日からまた泊まるのか?」
「はい。お願いします」
「わかった」
ボノさんに部屋の手続きをしてもらい、預けていた荷物も受け取って部屋へ運ぶ。
置いてあるものをまとめ、使う道具だけ取り出した。村へ帰る前と変わらない部屋だが、何度も泊まっているせいか、すっかり慣れている。
片づけを終えて階下へ戻る。
「ボノさん、またしばらくお世話になります」
「おう」
「今度は何日か町を空ける仕事も探そうと思ってます。その時はまた荷物をお願いしてもいいですか?」
「構わん。決まったら言え」
「ありがとうございます」
宿を出ると、昼飯の時間を少し過ぎていた。
腹も減っているし、今日はあの食堂へ行こう。村にいる間、何度かあの煮込みを思い出していた。
◇
食堂には、まだ何人か客がいた。
空いている席に座り、いつもの煮込みとパンを頼む。
しばらくすると、湯気の立つ器が運ばれてきた。肉と野菜の匂いに腹が鳴る。
まずは一口。
「……うまいな」
やはり、ここの煮込みはうまい。
村に帰った時、自分でも豆を煮て食べた。昔から作っている料理で、最近は香草を使ったり味付けを変えたりもしている。
それでも、同じような材料を使っているはずなのに、仕上がりは随分違う。肉の柔らかさも煮汁の味も、俺が作るものよりずっといい。
何が違うんだろう。
パンを煮汁につけながら考えていると、店の人に声をかけられた。
「何か足りないかい?」
「あ、いえ。うまいなと思って」
「そりゃよかった」
「これ、結構長く煮てるんですか?」
「煮込みかい? まあ、それなりに手間はかけてるよ」
「家で作るんですけど、こんなにうまくならなくて」
店の人は笑いながら、隣の席へ料理を運んでいった。
それなりに手間、か。
やっぱり、ただ煮ればいいわけじゃないらしい。
残った煮汁までパンで拭って食べ終えると、腹はすっかり膨れた。
代金を払い、店を出る。
昼を過ぎた通りには、荷物を運ぶ人や買い物帰りの人が行き交っていた。
まだ日も高い。せっかくだから、ギルドでこれからの仕事を探しておこう。
◇
ギルドへ入ると、掲示板の前にはいつものように冒険者が集まっていた。
空いているところから依頼票を眺める。
倉庫の片づけ、荷物運び、町の外での採取仕事。どれも見覚えのある仕事だ。明日一日で終わるものなら、いくつか受けられそうだった。
ただ、今日は別の仕事も見てみたい。
少し離れた場所には、数日かかる仕事の依頼票が貼られている。
町へ来たばかりの頃は、宿代と食費を稼ぐため、一日で終わる仕事を選ぶことが多かった。最近は町の外で働くことにも慣れ、荷車への同行も経験している。
何枚か確認していると、一つ気になる依頼があった。
ベルドまでの運搬補助。
荷車に同行し、荷物の積み下ろしや数の確認、荷受けを手伝う仕事らしい。
出発から帰着まで三日間。一日目にベルドへ向かい、二日目に荷下ろしと帰りの荷物の準備をし、三日目にアルネへ戻る予定だ。
報酬は、日雇いの仕事を三日続けるより少しいい。
「……ベルドか」
以前、ヴァレン商会の仕事で行ったことがある。あの時は周囲の警戒を任され、魔物にも遭遇した。決して楽な仕事ではなかった。
今回の依頼は荷物を運ぶための人手を募集しているようだ。普段から荷運びはしているが、三日間続けるとなれば別の大変さもあるかもしれない。
依頼票には、荷物を間違えないことや依頼主の指示に従うことなど、いくつか注意書きがあった。
俺は日程を確かめた。
明後日の朝に出発し、二泊して三日目に戻る。
前にヘルムさんから誘われた時は、村の畑が気になって断った。あれから家にはモレルさんが住み始め、畑のことも少しは話が進んだ。
明後日から三日間なら、今度は行けそうだ。
俺は依頼票を手に取り、受付へ向かった。
◇
「あ、ライアスさん。お帰りなさい」
セラがこちらに気づいた。
「ただいま戻りました」
「村の方はどうでした? モレルさんの引っ越し、無事に終わりましたか?」
「はい。昨日、荷物も全部運び終わりました」
「それはよかったです。モレルさん、ずいぶん楽しみにしていましたからね」
「もう畑のことばかり考えてますよ」
「ふふ、そうでしょうね」
セラは笑い、俺の手にある依頼票へ目を向けた。
「今日はお仕事を探しに?」
「はい。この依頼について聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
依頼票を渡すと、セラは内容を確認した。
「ベルドまでの運搬補助ですね。三日間のお仕事です」
「荷物の積み下ろし以外にも、何かするんですか?」
「荷物の数を確認したり、行き先ごとに分けたりします。二日目はベルドで荷下ろしをして、帰りの荷物も準備する予定ですね」
「なるほど」
「ライアスさんは荷物運びも何度かされていますし、募集条件には合っていますよ」
「ありがとうございます。荷車は何台くらいですか?」
「依頼票では二台の予定です。荷物の量で変わるかもしれませんが」
運ぶ荷物の種類は、出発前に確認しておいた方がよさそうだ。
「ベルドでは、どこに泊まるんですか?」
「二晩とも町の宿です。依頼主が手配します」
「移動中の警戒は?」
「護衛は別に手配されます。ただ、何かあった場合は、その方たちや依頼主の指示に従っていただきます」
「わかりました」
荷物を運ぶ仕事でも、町の外へ出る危険がなくなるわけではない。
以前のベルド行きでは、周囲の音に気を配って早めに異変を知らせられた。今回も、何か気づけば伝えられるだろう。
ただ、荷物の扱いに気を取られて、仕事で間違えるわけにはいかない。
「荷物の扱い方は、出発前に教えてもらえるんですか?」
「はい。集合時に説明があります。扱いに注意が必要なものもあるので、勝手に動かさないようにと書かれていますね」
「それなら大丈夫だと思います」
指示を聞いて動く仕事には慣れている。三日間働く分、普段の日雇いより疲れるかもしれないが、問題はなさそうだ。
「明後日の朝なら、準備も間に合いそうですね」
「はい。明日は必要なものを揃えます」
「ほかに気になることはありますか?」
俺は依頼票をもう一度確かめた。
報酬、日程、作業内容。
ベルドで二泊するなら、夕飯くらいは町で食べられるかもしれない。前に行った時は一軒の食堂にしか入れなかったが、今度は別の店も探してみたい。
「……いえ、大丈夫です」
「では、こちらで受けられますか?」
依頼票に書かれた出発日を確認し、俺は頷いた。
「はい。これ、お願いします」
「かしこまりました」
依頼の手続きを進めていたセラが、ふと顔を上げた。
「ライアスさん、最近よくお話しされるようになりましたね」
「……そうですか?」
「はい。最初の頃は、仕事の話をしたらすぐに掲示板へ戻られることも多かったですから」
「そうでしたっけ」
「今は仕事のこと以外にも、いろいろお話ししてくださいますし」
言われてみたが、あまり心当たりがない。
「……そんなに変わりました?」
「どうでしょう。でも、モレルさんとお知り合いになった頃から、少し変わった気がします」
「モレルさんですか?」
「はい。お話しする機会も増えたでしょう?」
「……あの人といると、喋らないわけにはいかないですからね」
「ふふ。随分苦労されたんですね」
「……そういうことになるんですか?」
セラは笑いながら、受付の書類を揃え始めた。
どうにも、少し釈然としなかった。
気付けば60話。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
……でも待って。
まだまだ序盤なんだけど!!
頭の中ではもう少し先まで進んでいるつもりなんですが、実際に一話ずつ書いてみると、なかなか進まないものですねぇ。
まあ、ライアスなので。
これからもたぶん急には進みません。
次回は少し本編を離れて、幕間を挟みます。
引き続き、のんびりお付き合いいただけたら嬉しいです。
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