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地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


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第52話:付き添い

昨日は草を三株採ってきただけなのに、随分と疲れた。


土ごと運んだせいもあるが、それ以上に、一株採るたびにあれこれ考えたのがいけなかった気がする。普段なら見つけ次第抜いてしまう雑草を、根が切れないように掘り出すのは、なかなか面倒な仕事だった。


おかげで、道端の草まで気になるようになってしまった。


今日こそ普通の仕事をしよう。


そう思ってギルドへ入ったところで、セラに呼び止められた。


「ライアスさん、ちょうどよかったです」


「おはようございます。何かありました?」


「昨日の採取依頼の方が、またライアスさんにお願いしたいそうで」


……昨日の人か。


「また草ですか?」


「今度は町の外での調査に付き添ってほしいそうです。採取も少しあるみたいですけど」


「付き添い?」


「はい。町外へ出るので、冒険者に同行してほしいと」


なるほど。


ああいう調査をする人が一人で町の外へ出るのは、確かに危ないのかもしれない。


「ほかの人でもいいんじゃないですか?」


「ご本人は、昨日採取してくれた人がいいとおっしゃってます。植物の扱いがわかるから、だそうです」


そんなに気に入られるようなことをしただろうか。


依頼内容を確認する。


指定された場所での植物調査と、必要に応じた採取の手伝い。町からそれほど離れる予定はなく、夕方までには戻るという。


報酬は昨日より少しいい。


「これなら、受けてもいいかな」


「ありがとうございます。じゃあ、呼んできますね」


セラが奥へ声をかける。


「モレルさん、ライアスさんがいらっしゃいましたよ」


しばらくすると、見覚えのある人物が出てきた。


昨日と同じように、袖には少し土がついている。片手には何か書き込まれた紙の束を持っていた。


「ああ、ライアス君!」


俺を見るなり、足早に近づいてくる。


「昨日の三株、面白かったよ。特に三つ目の根がね、ほかの二つと比べると――」


「あの、今日の依頼の話ですよね?」


「ん? ああ、そうだった」


紙を一枚めくる。


「今日は生えている場所を見たいんだ。昨日のは掘り出してもらったから、今度はそのまま生えているところを調べたい」


「採らないんですか?」


「必要なら採るけど、まずは見たい」


「わかりました」


「じゃあ行こう!」


話が早い。


俺は慌ててセラの方を見た。


「手続きは?」


「まだです」


セラが笑顔で答える。


モレルさんは入口へ向かいかけたところで足を止め、こちらへ戻ってきた。


◇


町の外へ出るまでに、すでに二度ほど足が止まった。


一度目は、ギルドの近くに生えていた草。


二度目は、町の門へ向かう途中の石垣だった。


「ちょっと待って」


そう言ってしゃがみ込み、葉を持ち上げたり、根元を覗き込んだりしている。


俺はそのたびに立ち止まって待った。


「……あの、まだ町の中ですけど」


「うん?」


「調査する場所、もっと先なんですよね?」


「ああ、そうだよ」


モレルさんは顔を上げ、周りを見回した。


「あれ、もう門の近くか」


まだ門を出てもいない。


先が思いやられる。


町の外へ出ると、道沿いには枯れ草が広がっていた。ところどころ日当たりのいい場所には緑も残っているが、冬のせいか地面に張りつくような小さな草が多い。


モレルさんは早速、道の端へ向かった。


「これこれ。昨日持ってきてもらった草と同じ種類だよ」


「そうなんですか?」


「ほら、葉の根元を見て。ここの形が同じだろう?」


言われたところを覗き込む。


確かに似ている。


昨日はあれだけ探したのに、今日は最初から目当ての草が見つかったらしい。


「これを調べるんですか?」


「うん。まずはここの状態を記録しておきたい」


モレルさんは紙を広げ、葉の大きさや茎の様子を書き始めた。


俺は周りを見ておく。


街道から少し外れた草地だが、道はすぐ近くにある。人の通る場所も見えるし、今のところ変わった物音もしない。


それでも、こちらが周囲を確認している間に、モレルさんはもう少し奥へ移動していた。


「……あれ?」


さっきまでいたところには、紙の束を入れた鞄が残っている。


本人は少し離れたところで、別の草を覗き込んでいた。


「荷物、置きっぱなしですよ」


「ああ、そこにあった?」


「ありますよ。持っていきます?」


「お願い!」


頼まれたので鞄を拾い、追いかける。


中には紙や小さな道具が入っているらしく、持ち上げるとがさがさと音がした。


「こっちも同じ草なんだけど、少し葉が細いんだよ」


「そうですね」


「どうしてだと思う?」


急に聞かれた。


「どうしてって……」


周りを見る。


最初の場所より、こちらは少し土が乾いている。近くには背の高い木があり、その影が地面に落ちていた。


「日当たりが違うからじゃないですか?」


「うん。その可能性はある」


モレルさんは嬉しそうに頷いた。


「ほかには?」


「……水が少ないとか?」


「そう、それも考えられる」


「じゃあ、そうなんじゃないですか?」


「それだけで決めるわけにはいかないんだよ」


なるほど。


何だか難しい。


畑なら、日当たりが悪い場所で育ちが悪かったら、次はそこに植えないようにする。それで済むことも多い。


この人は、どうしてそうなったのかを知りたいらしい。


モレルさんはしばらく草を観察すると、紙に何かを書き足した。


「よし、次へ行こう」


今度はちゃんと荷物を持って立ち上がった。


……と思ったら、俺が持っている鞄を見て首を傾げた。


「あれ、鞄は?」


「俺が持ってます」


「ああ、ありがとう」


この調子で大丈夫なんだろうか。


◇


次の場所は、街道から少し離れた緩やかな斜面だった。


途中に細い水路があり、その周りだけ草が少し青い。水の流れる音が近くから聞こえていた。


モレルさんは斜面に生えている植物を見つけると、早速しゃがみ込んだ。


「やっぱりここにもあるな……」


また紙を広げ始める。


俺は少し離れて立っていたが、しばらくするとモレルさんが草を追いかけるように横へ動き出した。


しゃがんだまま、じりじりと。


「……あの」


返事がない。


「そっち、気をつけてください」


「んー?」


草から目を離さない。


斜面の下には水路がある。


俺の立っている場所からは見えるが、草が少し伸びているせいで、しゃがんだ位置からだとわかりにくい。


「そこ、水路ですよ」


「え?」


ようやく顔を上げた。


その時には、片足が水路の縁にかかっていた。


「あっ」


土が少し崩れる。


モレルさんは慌てて立ち上がろうとしたが、足元が滑って身体が傾いた。


俺は急いで近づき、伸ばされた腕を掴んだ。


何とか引き戻す。


「危なかった……」


「だから言ったじゃないですか」


「ごめん、ごめん。全然見てなかった」


それはわかる。


モレルさんは足元を確かめると、崩れた土の方を見た。


「ああ、ここは随分柔らかいんだね」


「……今、そこですか?」


「いや、ありがとう。助かったよ」


悪い人ではなさそうだ。


ただ、植物の方へ意識が向くと、ほかのことを忘れてしまうらしい。


「せめて移動する時は周りを見てください。ここ、道じゃないですから」


「うん。気をつける」


そう言って頷いた直後、また水路の向こう側を指差した。


「あっちにもあるな」


「……行くなら、ちゃんと渡れる場所を探しましょう」


「そうだね」


少し不満そうに見えたが、さすがに水路を飛び越えようとはしなかった。


近くに浅い場所があったので、そこを回って向こう側へ渡る。


モレルさんは目的の草を見つけると、早速しゃがみ込んだ。


「こっちの方が大きいな……」


俺は少し離れて立ち、周囲を見回した。


仕事で誰かと町の外へ来るのは、もう何度目になるだろう。


以前なら、周囲に魔物がいないかということばかり気にしていた気がする。


もちろん今も気になるし、できれば遭いたくない。


ただ、今日は少し事情が違う。


魔物の気配より先に、目の前の人が水路へ落ちそうになる。


「……もう少しこっちを見たいな」


モレルさんがまた立ち上がった。


「今度はどこですか?」


「向こうの木の下」


「そこ、斜面になってますよ」


「わかってるよ」


本当にわかっているんだろうか。


俺は先に歩き、足元の様子を確かめた。


◇


昼を少し過ぎた頃、ようやく休憩になった。


いや、正確には俺が休憩にした。


「そろそろ飯にしませんか?」


そう声をかけると、モレルさんは不思議そうな顔をした。


「もうそんな時間?」


「とっくに昼ですよ」


「ああ、そうか……」


空を見上げた。


ずっと草ばかり見ていたせいか、時間が経ったことに気づいていなかったらしい。


「食べるもの、持ってます?」


「ん? ああ、確か鞄に……」


鞄の中を探し始める。


紙の束、小さな袋、細い紐、何かを書きつけた札。


随分といろいろ入っている。


やがて、底の方から布に包まれたパンが出てきた。


「あった」


「あるなら先に食べましょうよ」


「そうだね」


俺も持ってきたパンを取り出した。


二人で道端の石に腰を下ろす。


モレルさんはパンを食べながらも、時々手元の紙を覗き込んでいた。


「そこに何が書いてあるんですか?」


「さっき見た草の大きさとか、根元の様子とか。あとは土の状態も」


「そんなに記録して、何かわかるんですか?」


「今すぐにはわからないこともあるよ」


「そうなんですか」


「でも、同じ種類の草でも、場所によって随分違うだろう?」


それは昨日から何度も聞いた。


「水の多いところと少ないところじゃ、育ち方も違いますよね」


「うん。でもね、それだけでは説明できない違いがあるような気がしてるんだ」


モレルさんは紙をめくる。


「西へ行くほど、少しずつ違ってくることがあるんだけど……この辺でも違いが出るのか」


最後の方は独り言のようだった。


「西ですか」


「うん?」


「リンの村は、ここよりもっと西ですけど」


モレルさんの手が止まった。


「そうだったね。昨日言ってた村だ」


「はい」


「そこでも、この草はよく生えてる?」


「たぶん。畑の端とか、道の脇とか。似た草ならいくらでもありましたよ」


「畑の端……」


少し身を乗り出す。


「日当たりは? 水は近かった?」


「場所によりますよ。畑も全部同じじゃないですから」


「そっか……そうだよね」


「それに、村にいた頃はそんなに細かく見てませんでしたし」


「うん、普通はそうだと思う」


珍しく納得したように頷いた。


俺は残っていたパンを口へ運ぶ。


ところが、モレルさんはまた紙に何かを書き始めていた。


「パン、食べないんですか?」


「食べるよ」


「じゃあ、先に食べてください」


「……はい」


何だか、子供の面倒を見ているような気分になってきた。


◇


休憩の後、もう一か所だけ見てから帰ることになった。


モレルさんが選んだのは、斜面の上にある小さな草地だった。


そこは水路から離れていて、地面も比較的乾いている。日当たりはよく、同じ種類らしい草がいくつかまとまって生えていた。


「ここはいいな」


モレルさんがしゃがむ。


俺も隣で葉を見た。


昨日採った三株と比べると、葉の幅は一番目のものに近い。ただ、地面に沿って広がっている部分は、三番目のものにも少し似ている。


「これ、昨日のと同じ草ですよね?」


「うん。同じ種類だよ」


「でも、やっぱり少し違いますね」


「そうなんだよ!」


急に声が大きくなった。


「だから、それがどうしてなのかを調べてるんだ」


「なるほど」


モレルさんは楽しそうに葉を持ち上げ、今度は根元を指で確かめていた。


そのうち、地面へ顔を近づけ始めたので、俺は周囲を確認しておく。


斜面の上は見通しがよく、近くに危ない場所もなさそうだった。


「……あれ?」


顔を上げた。


「どうしました?」


「さっき見たのと、少し違うな」


「さっきって、水路のところですか?」


「うん。あっちは葉がもっと細かった気がする」


「水路のところは、ずっと日陰でしたよ」


「……そうだった?」


「はい。木が何本もあったので」


モレルさんは紙を見た。


「確かに、日陰って書いてある」


書いてあるなら覚えていてほしい。


「こっちは日が当たってますし、土も乾いてますよね」


「そうだね。だとすると、単純には比べられないか……」


少し残念そうに言ったあと、もう一度草へ目を向けた。


「じゃあ、さっきと似た条件の場所も見たいな」


「今日はもう帰るんじゃなかったですか?」


「そうだった」


本日、何度目だろう。


俺は空を見上げた。


日が傾くまでにはまだ少し余裕があるが、ここから町へ戻る時間も考えないといけない。


「あと少しならいいですけど、遠くへは行きませんよ」


「本当?」


「帰れる範囲なら、です」


「わかった!」


モレルさんは立ち上がり、早速周囲を見回した。


また草を見つけたらしい。


少し離れた木の方へ歩き出そうとしたので、俺もその後を追った。


今度は足元を見ながら歩いている。


それだけで少し安心した。


◇


町へ戻った頃には、夕方になっていた。


結局、最後にもう一か所と言っていたはずが、三か所ほど見て回ることになった。


そのたびにモレルさんは紙へ何かを書き込み、俺は道の様子を確かめたり、採取した小さな草を袋へ入れたりした。


途中で何度か足元の危ない場所があったが、今度は先に声をかければ止まってくれた。


もっとも、植物を見つけるたびにそちらへ歩き出すのは、最後まで変わらなかった。


ギルドで報告を済ませると、セラが俺に尋ねた。


「どうでした?」


「……仕事は終わりました」


「それはよかったです」


「ただ、何度も道から外れようとするので、結構大変でした」


セラはモレルさんの方を見た。


「だから言ったじゃないですか。お一人では危ないですよって」


「いやあ、今日は助かったよ」


モレルさんは少しも気にした様子がない。


「ライアス君がいなかったら、あんなにたくさん見られなかった」


「水路に落ちかけましたけどね」


「あれは危なかった」


「本当に危なかったですよ」


「うん。気をつけるよ」


今日だけで、似たような返事を何度か聞いた気がする。


セラは報告を確認し、報酬を渡してくれた。


「お疲れさまでした、ライアスさん」


「ありがとうございます」


受け取った硬貨を財布へしまう。


昨日よりは報酬がよかったので、その点はありがたい。


モレルさんはまだセラと何か話していた。


俺が帰ろうとすると、後ろから声がかかる。


「ライアス君!」


「はい?」


「また頼むかもしれないけど、その時もお願いできる?」


どうしよう。


草を調べるのは、思ったより面倒ではなかった。話を聞いていると、知らないことも結構ある。


ただ、それ以上に疲れる。


「……依頼が出てたら考えます」


「そっか。じゃあ、また頼んでみるよ」


随分と嬉しそうだった。


俺はギルドを出て、宿へ向かって歩き始めた。


途中、道端に小さな草が生えているのを見つけた。


昨日も見た気がする。


葉の形を確かめようとして、足が止まった。


……いや、今日はもういい。


草のことなら、朝から十分見た。


そう思って歩き出したところで、後ろから声が聞こえた。


「あっ、これも同じ種類かな……」


振り返る。


ギルドを出てきたモレルさんが、道端にしゃがみ込んでいた。


……まだやるのか。


俺は少し迷った末、そのまま宿へ向かうことにした。


今度は、ちゃんと町の中だ。


さすがに大丈夫だろう。

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