第47話:手が足りない
装備屋へ行ったのは、その二日後だった。
依頼の帰りに前を通り、そのまま店へ入ると、奥にいた主人が俺を見るなり眉を上げた。
「また来たのか、お前」
「見るだけです」
「前もそんなこと言ってなかったか」
「今回は本当に見るだけです」
主人は俺の背中の棒、その下の防具へ順番に目をやってから、「で、今度は何だ」と聞いた。
「盾です」
一瞬黙ったあと、主人が呆れたように笑う。
「増えるなあ」
「まだ買うとは言ってません」
「はいはい。盾ならそっちだ」
全然信じていない。
◇
盾が並んでいる場所には、大きなものから片腕で持てそうなものまで、いくつか種類があった。
木でできたもの、表面に革を張ったもの、縁を金属で補強したもの。形も大きさも少しずつ違う。
大きな盾を見ていると、主人が横から声をかけた。
「どれか持ってみるか?」
「いや、いいです」
「お前には合わないもんな。また賢くなったな」
もう慣れたが、毎回失礼なことを言う人だ。本当にこれで商売できているのだろうか。
それに一度、大きな盾は持った。
あの時だけで十分だった。
大きな盾の隣にあった小ぶりな盾を指す。
「これ、持っていいですか?」
「いいけど落とすなよ」
受け取ってみると、片腕で普通に持ち上げられた。デインの盾とは比べものにならないくらい軽い。
「このくらいなら持ち歩けそうです」
「大きいのと比べりゃな。ただ、その分防げる範囲は狭いぞ」
身体の前へ出してみる。確かに、胸の前へ構えても全身を隠せるような大きさではない。
「全部を守る盾じゃない?」
「守りたいところへ出す盾だな」
この前教わったことを思い出す。
盾を見るんじゃなく、相手を見る。どこから来るか分からなければ間に合わない。
少し構えてみると、主人がもう一つ別の盾を差し出した。
「こっちも持ってみろ」
今度は少し大きい。
持った瞬間、さっきより安心感がある。同時に、腕へくる重さも増えた。
「こっちの方が守ってくれそうですね」
「そりゃ大きいからな」
「でも持って歩くなら、最初の方が楽そうです」
「お前、戦ってる時間より歩いてる時間の方が長いだろ」
「そうですね」
さらにいくつか持たせてもらった。
軽いが薄いものもあれば、丈夫そうだが腕を通した時点でやめたくなるものもある。
何枚か触っているうちに、見る場所が少し変わってきた。
最初は、どれが一番自分を守ってくれそうかだけ見ていた。
今は、これを持って半日歩けるか、そのまま仕事ができるかを考えている。
◇
「ちょっと歩いてみろ」
最初に持った小ぶりな盾を渡された。
左手に持って店の中を歩く。棒はいつものように背中にある。
この状態なら特に困らない。
すると主人が、近くにあった空の袋を投げてよこした。
「それも一緒に持ちな」
「何でですか?」
「普段、荷物持つんだろ」
セラにも同じことを言われた。
右手に袋、左手に盾。
歩くだけなら問題ない。
「棒、出してみろ」
言われて背中へ手を伸ばしたところで止まった。
右手には袋、左手には盾。空いている手がない。
「あ」
主人が笑う。
「手、足りねえだろ?」
「足りませんね」
袋を置いて棒を抜く。
今度は右手に棒、左手に盾。戦う時ならそれでいいが、依頼中ずっと戦っているわけではない。
水を飲む時も、荷物を受け取る時も、採取を手伝う時も片手は使う。
思っていたより面倒そうだった。
「意外と邪魔ですね」
「盾だからな」
「それ、理由になってます?」
主人が笑った。
盾を下ろす。
「使わない時って、背負えます?」
「まあ、紐つけりゃな」
「あ、でも棒も背中なんですけど」
「知ってる」
主人は俺の背中を見て少し考え、「やってみるか」と言って紐を仮につけた。
棒と一緒に背負い、店の中を歩く。
こつ、と盾の縁が棒に当たった。
「当たりました」
「見りゃ分かる」
位置を少し下げてもらい、もう一度歩いてみる。
今度は普通に歩く分には当たらない。身体を大きく捻るとまだ少し触れるが、さっきよりはましだった。
「これ以上離すと、今度は外しにくいな」
「じゃあ、このくらいでいいです」
盾を背負ったまま少し歩く。
手に持っていた時よりは楽だが、背中には棒もある。荷物まで増えれば、もっと窮屈になるだろう。
主人が俺を見る。
「で?」
「何がです?」
「まだ見るだけか?」
値段を聞いた。
思っていたよりは高くない。ただ、安くもない。防具を買った時ほどではないが、財布を気にせず出せる額でもなかった。
もう一度、盾を持つ。
大きな盾ほど守れないし、持てば片手が塞がる。背負えば棒とぶつかることもある。
それでも、何もない左手よりは使い道がありそうだった。
「……これにします」
「だと思ったよ」
「これに決めるよう誘導してませんでした?」
「最後に決めたのはお前だ」
そう言いながら、主人は盾を受け取って紐をきちんと付け直し始めた。
◇
最初の数日は、盾を持って歩くことから始めた。
町の中で荷運びをした日は、ほとんど背負ったまま使わなかったが、狭い場所を通った時に木箱へ盾の縁をぶつけた。
「すみません」
中身に問題がないことを確認して、位置を直す。
別の日には、町の外へ短い配達に出た。
人通りの少ない場所で盾を下ろし、棒も抜いてみる。
右手に棒、左手に盾。
教わったように足を開くところまではいい。
棒を前へ出す。
盾が下がった。
「あれ?」
盾を意識してやり直すと、今度は棒の動きが遅れる。
何度か繰り返しても、大して変わらない。片方を動かすと、もう片方がおろそかになる。
道端の木を相手だと思って、盾を前へ出しながら棒も構えようとしたところで、肩に余計な力が入っていることに気づいた。
足まで止まっている。
「……難しいな」
周りに誰もいないのを確認してから、動きを一つずつ分けてやり直した。
まず盾を構え、次に棒を出す。慣れてきたら、今度は同時に動かしてみる。
◇
それからも、仕事の帰りや町を出たついでに少しずつ練習した。
盾を上げ、棒を出し、一歩動く。
最初の頃より、盾を持っただけで肩へ力が入ることは減った。背負ったまま歩くことにも慣れてきた。
ただ、棒と一緒に使うとなると話は別だった。
盾を気にすれば棒が止まり、棒を大きく動かせば盾が下がる。
一度、棒を戻した拍子に盾の縁へ当てた。
ごん、と鈍い音が響く。
俺はその場で動きを止め、棒と盾を見比べた。
「……これ、戦う前に自分で邪魔してないか?」
返事をする人はいない。
構え直して、今度は動きを小さくする。棒をゆっくり前へ出し、盾の位置を保ったまま一歩進む。
さっきより動きは遅いが、盾には当たらなかった。
町へ戻る頃には、背中の重さをいちいち気にすることは減っていた。
宿の前で盾を外し、そのあと棒の紐を外す。
最初の頃より、引っかからずに済む。
明日は町の外へ出る依頼がいくつかあったはずだ。
朝になったら、掲示板を見て決めよう。




