第46話:俺は前に立つ
翌朝、昨日持ち帰った肉を焼いた。
今度は塩に加えて、香草も少し使ってみる。
焼けた肉に香草の匂いが混ざり、昨日より癖が薄くなった気がした。
「……悪くないな」
酢も試したが、こちらはまだよく分からない。
店で食べるものとは違う。それでも、手を加えれば同じ肉でも味が変わることは分かった。
次は香草を変えてみてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら朝飯を終えた。
◇
それから二日ほど、町の中の仕事をした。
荷を運んだり、店の裏で木箱を片づけたり。
棒と防具はいつも通りだったが、魔物の出ない仕事なら、それで困ることもない。
三日目。
ギルドへ入ると、デインが受付の近くにいた。
背中には、あの大きな盾。
今度こそ聞いてみようと思った。
「デインさん」
「おう!」
声が大きい。
「盾のこと、聞いてもいいですか?」
デインが目を丸くし、すぐに笑った。
「なんだ! 盾が欲しくなったか!」
「まだそこまでは」
「そうか!」
少し残念そうだった。
「この前、魔物を止めてましたよね。どうやって使ってるんですか」
「どうやってって、こうだ!」
デインが盾を下ろす。
ごと、と床が鳴った。
受付にいた人たちがこちらを見る。
「ここでやるんですか?」
「狭いな!」
今気づいたらしい。
受付の向こうから、セラの声が飛んできた。
「狭いな、じゃないです。デインさん、そこで振り回さないでください」
「まだ振り回してないぞ!」
「振り回す前に言ってるんです」
「そうか!」
なぜか納得している。
セラがこちらを見る。
「ライアスさんも、やるなら裏でお願いしますね」
「はい」
俺まで注意された。まあ、俺が話しかけたせいでもある。
反省しつつギルドの裏手へ移動した。
◇
デインが盾を差し出す。
「持ってみろ!」
取っ手を握ると、想像より重かった。
「……重いですね」
「そう言っただろ!」
「実際持つと違いますね」
腕だけで持ち上げようとすると、すぐに肩まで力が入る。これを背負って歩き、戦う時に下ろして使う。その上で槍まで持つ。
俺には無理そうだ。
「腕だけで持つな。足を開け。身体の前に置いて、こっちで支える」
「こっち?」
「全部でだ!」
少し雑な説明だったが、それでも言われた通りに立つと、さっきより持ちやすい。重いことに変わりはないが、腕だけでぶら下げている時とは違った。
デインが盾を軽く押す。
反射的に腕へ力を入れた。
「違う違う。腕だけで押し返すな。足で踏ん張れ!」
もう一度押される。
今度は足を踏ん張ると、さっきより動かなかった。
「そうだ!」
デインが嬉しそうに笑う。
次は少し横から押された。
盾ごと身体が傾く。
「真正面しか見てねえな!」
「だって押す方向、変えましたよね?」
「相手だって変えるぞ!」
それはそうだ。
「全部止めようとするな。こういう時は少し斜めにする」
盾の角度を変えられる。
同じように押されると、今度は力が横へ抜けた。身体も少し動くが、さっきほど押し込まれない。
「流すんですか」
「止めた方がいい時は止める! 流せるなら流す!」
「その判断が難しそうですね」
「慣れだな!」
確かにそうなんだろうが、便利な言葉だ。
デインが盾を構え直す。
「あと、盾ばっかり見るなよ。相手を見ろ。どこから来るか分からねえと、盾があっても間に合わん」
言われてみれば、俺はさっきから自分の盾ばかり見ていた。
「音も聞いてるんだろ?」
「まあ」
「なら耳も使え!」
簡単に言うが、なかなか難しい。
でも、この前の戦いでは実際に音で二匹目に気づいた。
盾だけに意識を取られたら、見ることも聞くことも遅れそうだ。
「もう一回やるぞ!」
また盾を渡された。
今度は、デインが正面から手を伸ばしてくる。
「殴るぞ!」
「待ってください」
「軽くだ!」
「それでも先に言ってください」
「今言っただろ!」
言いながら盾を上げる。
デインの手を見て、盾を前へ出す。
軽い衝撃。
今度は足も使うとちゃんと止まった。
「おお!」
なぜかデインの方が喜んでいる。
次は横から。
分かっていたのに反応が遅れ、盾が間に合わず肩を軽く叩かれた。
「遅い!」
「分かってます」
「盾があるからって安心するな!」
「今ので分かりました」
持っているだけで守ってくれるわけではない。実際にやると、よく分かる。
◇
しばらくして、盾を返した。
腕が疲れている。
「デインさん、これ、ずっと持ってるんですよね」
「慣れれば平気だ!」
「俺は慣れる前に腕が終わりそうです」
「ならもっと小さいのにしろ!」
あっさり言われた。
「小さい盾もあるんですか?」
「あるぞ。木のもあるし、もっと軽いのもある」
「防げるんですか?」
「俺のと同じには防げん!」
「まあ、そうですよね」
「でも、お前が俺と同じの持つ必要もないだろ。俺は前に立つ。だからこれがいい。お前は違うんだろ?」
俺がやりたいことは何か考える。
魔物と正面からぶつかりたいわけじゃない。
棒を持った時もそうだった。
距離を取るため。間に何かを置くため。逃げる時間を作るため。
「たぶん、違います」
「なら自分に合うものを探せ!」
大きければいいわけじゃない。重ければ強い、というだけでもない。
俺は普段、棒を持つ。依頼の荷物も運ぶ。歩く時間も長いし、仕事によっては両手を使う。
さっきの盾を毎日持ち歩く自分を想像した。
無理だ。
「軽いやつ、今度見てみます」
「おう!」
デインが笑う。
「買ったら持ってこい!」
「まだ買うとは言ってません」
◇
ギルドへ戻ると、セラが受付にいた。
俺の腕を見る。
「ずいぶん疲れてますね、ライアスさん」
「デインさんの盾を持ってました」
「試させただけだ!」
横から訂正が入る。
「同じじゃないですか」
セラはデインの盾を見て、それから俺を見た。
「それ、ライアスさんには大きすぎるでしょ」
「俺もそう思いました」
「ならよかったです」
「軽いのもあるらしいので、今度見てみようかと」
「買うんですか?」
「まだ見るだけです」
そう言うと、セラが少し笑った。
「ライアスさん、そう言って棒も防具も増えてますよね」
「……そうでしたっけ」
「そうですよ」
否定できない。
「でも、普段の仕事で邪魔になるのはやめた方がいいですよ。荷物を持つ仕事も多いですから」
デインとは違うところを心配してくれている。
確かに、盾を毎日使うわけじゃないし、ずっと片手が塞がるようじゃ困る。
棒もあるし、依頼の荷物もある。昼飯や水を持つこともある。
「そこも考えます」
「そうしてください」
セラは次に並んでいた冒険者へ声をかけた。
俺は少し離れて、まだ重さの残っている腕を回す。
デインの盾をそのまま持つ気はなくなった。
でも、小さいものならどうなのか。
棒と一緒に持てるのか。
仕事の邪魔にならない重さはどのくらいなのか。
次に装備屋へ行った時、実際に持ってみることにした。




