第45話:焼けば肉だった
アルネへ戻った頃には、もう夕方だった。
採取した草を届け、ギルドで報告を済ませる。倒した魔物の肉は、《緑の風》と採取者たち、それから俺で分けることになった。
「俺もですか?」
包みを差し出されて聞くと、ガイルが頷いた。
「手伝っただろ」
「ほとんど何もしてませんけど」
「二匹目を止めただろ」
止めた、と言っていいのかは分からない。棒を出して、噛まれそうになって、少し進む向きが変わっただけだ。
それでも、断る理由もなかったので受け取った。
布の包みは思ったより重い。中身は、さっきまで俺たちを襲っていた魔物の肉だ。
まだ少し妙な感じがする。
「よし、焼くぞ!」
デインが言った。
「今からですか?」
「今食わずにいつ食う!」
「明日とか」
「腹が減ってる!」
それは俺も同じだった。昼は食べたが、その後に走って魔物まで出た。気づけば、かなり腹が減っている。
結局、そのまま《緑の風》と一緒に肉を焼くことになった。
◇
火の上に肉が置かれる。
じゅう、と音がして、表面から脂がにじむ。脂が落ちると火が一瞬強くなり、ぱち、と小さく弾けた。
焼けた肉の匂いが広がる。
さっきまで魔物だった。牙を剥いて、俺に向かってきた。
なのに、今はどう見ても肉だ。
「塩!」
デインが言う。
「まだっす」
フェンが止める。
「何でだ!」
「焦げるっす」
「そうなのか!」
ずっと肉を食ってきた人とは思えない。
ガイルが呆れた顔をしている横で、エルナは慣れた様子で肉を返した。焼けた面は茶色くなり、脂が光っている。
腹が鳴った。
さっきまで抵抗があったはずなのに、空腹には勝てないらしい。
「もういいぞ」
切り分けられた肉を一つもらう。まだ熱いので、息を吹きかけてから噛んだ。
表面は香ばしく、中は思ったより柔らかい。噛むと脂が広がり、少し癖はあるが嫌な味ではない。塩も合っている。
「……うまい」
思わず口に出た。
「だろう!」
デインが胸を張る。
「デインさんが焼いたんでしたっけ」
「俺も見ていた!」
「それは焼いたとは言わないっすよ」
フェンに突っ込まれていた。
もう一口食べる。
空腹のせいもあるんだろう。仕事の後に食べる温かい肉は、普通にうまかった。
「初めて食べた感想、それだけっすか?」
フェンが聞く。
「それだけって?」
「もっとこう、魔物っぽいとか」
「分からないです」
「まあ、そうっすよね」
食べれば何か違うのかと思っていた。変な味がするとか、口に入れた瞬間、魔物だと分かるとか。
そんなことはなかった。
焼いた肉だった。
少し癖があって、脂があり、塩が効いている。それだけだ。
◇
二切れ目を食べながら、昨日買った香草を思い出した。
これに使ったらどうなるんだろう。
豆と根菜では、少し入れただけでも風味が変わった。肉なら、もっと分かるかもしれない。
酢もある。
肉に酢。合うのかは分からないが、食堂の主人は煮込みに使っていた。
「どうしたの?」
エルナに聞かれた。
「昨日買った香草、肉にも合うのかなと思って」
「ああ。合うものもありますよ」
「酢は?」
「料理によりますけど、使います」
やっぱり使うらしい。
「焼く前につけたりもするんですか?」
「ありますね」
「へえ」
知らないことがまだ多い。
塩を振って焼くだけでもうまい。でも、香草や酢を使ったらどうなるのか。
昨日までは、そんなことを考えたこともなかった。
村にいた頃は、食えればそれでよかった。いや、今もそれで困るわけじゃない。
ただ、同じものを食べるなら、少しうまい方がいい。それくらいなら試してみてもいい気がする。
「ライアス」
デインに呼ばれた。
「はい」
「食わないならもらうぞ!」
俺の前の肉を見ている。
「食べます」
すぐに取ると、デインが残念そうな顔をした。
「考え事しながら食うな!」
「分かりました」
「俺は食う時は食う!」
「それは見れば分かります」
それは本当によく分かる。
◇
食べ終わる頃には、すっかり暗くなっていた。
腹はいっぱいで、手にも服にも煙の匂いが残っている。
帰る準備をしていると、デインが盾を背負った。
かなり大きい。今日一日、何度も見た。
歩いている時は邪魔そうだったし、重いとも言っていた。それでも、魔物が突っ込んできた時、あれが前にあった。
採取者が危ない方へ行きそうになった時も、デインは盾を前に出しただけで止めていた。
殴るための道具じゃない。
当たり前なんだろうけど、今日見て少し分かった。
攻撃するだけが戦いじゃない。前に立って、受け止めて、相手の動きを止める。そういうやり方もあるらしい。
俺は背中の棒を見る。
同じようには使えない。大きさも、重さも、役目も違う。
それでも、どう使えば身を守れるのか、少し考えてみたくなった。
「デインさん」
「ん?」
盾について聞こうとして、やめた。
今日はもういい。
「何だ?」
「いや、何でもないです」
「そうか!」
気にした様子もなく、デインは先に歩き出した。
俺もその後を追う。
腹の中には、さっきまで魔物だった肉が入っている。
宿へ戻ったら、残っている香草と酢を見てみよう。何にどう使えばいいのか、少しだけ試してみたくなっていた。




