第44話:それと味は別
《緑の風》の全員が、こっちを見た。
俺は何か変なことを言ったらしい。
最初に口を開いたのはフェンだった。
「え、食ったことないんすか?」
「ないです」
「魔物を?」
「はい」
今度はデインが笑った。
「ガハハ! もったいないな!」
「いや、普通食べるんですか?」
「食えるやつは食うぞ!」
食えるやつ。
ということは、全部ではないらしい。
俺はもう一度、地面に倒れている魔物を見る。
大きな牙。逆立った毛。さっきまでこっちへ突っ込んできたやつだ。
どう見ても食べ物には見えない。
「これも?」
「これは食えるっすよ」
フェンが平然と言う。
「むしろ当たりの方っす」
「当たり……」
魔物に当たり外れがあるらしい。
「全部食べられるわけじゃないんですか?」
今度はエルナが答えた。
「食べられないものもあります。毒があるものもいますし、食べられても臭いが強かったり、硬すぎたり」
「味も結構違うぞ」
ガイルが剣についた血を拭いながら続ける。
「獣に近いやつは食えることが多い。もちろん例外もあるがな」
獣に近い。
その言い方に、少しだけ引っかかった。
村では、獣を狩って食べたことがある。
兎も、小さな鳥も、猪も。
獲った後は血を抜いて、皮を剥いで、肉にする。
それは別に変なことじゃなかった。
なのに、魔物になると急に食べ物だと思えなくなる。
何が違うんだろう。
牙が大きいからか。
襲ってきたからか。
いや、猪だって襲ってくる時はある。
「何か変な感じです」
「何がだ?」
ガイルが聞く。
「動物なら食べるのに、魔物と聞くと食べるなんて考えたことなかったので」
「ああ」
ガイルは少しだけ考えた。
「まあ、慣れだな」
それだけだった。
たぶん、そういうものなんだろう。
◇
採取者たちに怪我がないことを確認してから、魔物を処理することになった。
このまま放っておくわけにもいかないらしい。
デインが一匹をひっくり返し、フェンが腹の辺りを見ている。
「これ、手伝えそうっすか?」
「何をです?」
「解体っす」
そう言われて少し迷った。
動物ならやったことはあるが、魔物は初めてだ。
食べるとなると、動物と魔物の違いが俺の中でよく分からなくなってくる。
何か違いはあるのだろうか。
そう考えると不思議と興味が湧いてきた。
さっきまで恐れていたはずなのにだ。
「やります」
「じゃ、こっち持っててください」
言われた通り足を押さえる。
皮を切る。血が流れる。もちろん匂いもある。
やっていること自体は、村で獣を捌いた時と大きく変わらなかった。
そう思うと、少しだけ魔物に対する恐れが薄れていく気がした。
フェンが手を動かしながら言う。
「肉は結構取れそうっすね」
「全部持って帰るんですか?」
「持てる分だけっす。採取の荷物もあるんで」
「なるほど」
こっちは肉を取りに来たわけじゃない。
本来の仕事は草の採取だ。
それでも、食えるなら捨てる必要もないということらしい。
少しして、フェンが腹の奥を探るように手を動かした。
「ないっすね」
「何が?」
「魔石」
聞いたことのない言葉だった。
「魔石?」
俺が聞き返すと、エルナがこちらを見る。
「たまに、魔物の中から出るんです」
「中から?」
「はい。魔力を強く使う個体なんかだと、体の中にできていることがあります」
できている。
石が?
よく分からない。
フェンが肩をすくめた。
「この辺じゃそんなに出ないっすよ。あったらちょっと嬉しいくらいっす」
「売れるんですか?」
「結構高く売れるぞ」
デインが即答した。
「魔道具とかに使うんだとよ!」
「詳しくは知らないんですか?」
「知らん!」
堂々としていた。
エルナが苦笑する。
「加工できる人も少ないですし、私たちが直接使うことはほとんどないです」
「じゃあ、見つけたら売る?」
「大体はそうですね」
なるほど。
そういうものもあるらしい。
少し気になったが、今は目の前の血まみれの肉の方に興味がある。
フェンがもう一匹も確認した。
「こっちもなしっす」
「今日は外れだな!」
デインが言う。
「肉はあるだろ」
ガイルが返した。
「それもそうだ!」
外れなのか当たりなのか、よく分からなかった。
◇
処理が終わる頃には、俺の手にも血の匂いがついていた。
水で洗っても、少し残っている気がする。
切り分けた肉は布で包まれた。
見た目だけなら、もう魔物という感じは薄い。
いや、こうなってしまうとただの肉だ。
「本当に食べるんですよね」
俺が言うと、フェンが笑う。
「まだ疑ってるんすか?」
「だって、さっきまで噛まれそうだったので」
「それと味は別っすよ」
そんなものなのか。
デインが肉の包みを担ぐ。
「町に戻ったら焼くぞ!」
「ここじゃ食べないんですか?」
「ちゃんと火も使える場所の方がいいだろ」
それはそうだ。
少し前までなら、町へ戻ったら宿へ帰って終わりだったかもしれない。
でも今は、肉を見て少しだけ考えている。
塩だけで焼くのか。香草は合うのか。
酢はどうなんだろう。
昨日買ったばかりのものが頭に浮かんだ。
動物と魔物の違いや、魔物の恐ろしさ、魔石とは何なのか。
そんなことよりも目の前の肉をどう食べるのか考えている自分に気付く。
慣れるのが早すぎる気もした。
「どうした?」
ガイルに聞かれる。
「いや、どう食べるのかなと思って」
「さっきまで戸惑ってたのに、もう完全に食う気になってるな」
確かに。
魔物が危険というのは変わらない。さっき襲われた時のことを思い出せば、まだ少し手に力が入る。
それなのに、目の前の肉を見ると、別のことまで考え始めていた。
自分がおかしくなったのではと一瞬悩んだが、それよりも、腹が減ってきたことの方がおかしかった。




