第43話:これ、食えるんですか?
フェンも同じ方向を見ていた。
しばらく、誰も動かなかった。
草が擦れる音。今度は、少し近い。
「右っす」
フェンが言う。ガイルが剣へ手をかけ、デインは盾を構えた。採取者たちは、言われるまでもなく俺たちの後ろへ集まっていく。
俺も背中の棒へ手を伸ばした。
何がいる。
耳を澄ます。さっきまで聞こえていた鳥の声が、一つ減っていた。少し遠くではまだ鳴いている。だが、右側の木々の辺りだけが静かだ。虫の声も少ない。
風で葉が擦れる音。その中に、時々、重いものが草を踏む音が混ざる。
「一匹じゃないかもしれません」
そう言うと、ガイルがこちらを見た。
「分かるか?」
「分かりません。でも、右の奥と……もう少し手前でも音がします」
フェンの表情が変わった。すぐに横へ移動する。
「いるっすね」
その直後、草の向こうから何かが飛び出した。
四つ足。狼より大きい。背中の毛が逆立ち、口から細い唾液が垂れている。大きな牙を生やした見たことのない魔物だった。
「下がれ!」
ガイルの声が飛ぶ。
デインが一歩前へ出た。魔物はそのまま突っ込み、盾にぶつかる。鈍い音が響き、デインの足が少しだけ後ろへ滑った。
「ガハハ! 重いな!」
笑っている場合じゃないと思う。
ガイルが横から斬りつける。魔物は身を捻って避けた。その隙にフェンが回り込み、エルナも杖を構える。
俺は、何をすればいい。
棒を握る手が震えていた。前へ出るべきじゃない。俺が戦う相手じゃない。分かっている。
けれど、採取者たちの前に立っているだけでも意味はある。デインの盾ほどじゃない。それでも、何もないよりはましだ。
右から、また草を踏む音がした。
「もう一匹!」
叫んだ直後、別の魔物が飛び出してくる。一匹目より少し小さい。そいつはデインではなく、横へ回ろうとした。採取者たちの方だ。
俺は棒を両手で持ち、間に入った。
怖い。近い。思ったより、ずっと近い。
魔物が走ってくる。棒の先を前へ出す。突くというより、近づかせないために置いた。
魔物が首を振り、棒へ噛みつこうとする。反射的に引くと、棒が手から抜けそうになった。
「うわっ!」
思わず声が出た。
だが、その一瞬で魔物の進む向きがずれた。
「そこっす!」
フェンの声と同時に、横から矢が飛ぶ。魔物の肩に刺さり、速度が落ちた。そこへエルナが杖を向ける。
足元の土が盛り上がり、魔物の前脚が取られた。魔物が転ぶ。ガイルが走り込み、剣を振り下ろした。
一度。もう一度。
魔物が動かなくなる。
俺はまだ棒を構えたままだった。
「後ろ!」
今度はデインの声だった。
最初の一匹が盾を避け、横へ抜けようとしている。ガイルはまだ戻れない。フェンも遠い。魔物が俺の近くを通る。
まずい。
棒を振った。当てるつもりはなかった。いや、当てられるとも思っていなかった。ただ、顔の前を横切るように大きく動かす。
魔物がひるみ、進む向きが変わった。その先にデインがいる。
「よし!」
盾がぶつかり、今度は魔物の方がよろけた。デインが押し込み、戻ってきたガイルの剣が脇腹へ入る。
魔物が暴れる。デインが盾で押さえ続け、追いついたフェンの短剣も入った。
しばらくして、魔物は動かなくなった。
急に静かになった。
いや、風は吹いている。草も鳴っている。遠くでは鳥も鳴いている。
でも、さっきまでの音がなくなっていた。
俺はそこでようやく息を吐いた。息を止めていたらしい。手が震え、棒を握っている指がうまく開かない。
「ライアス」
ガイルに呼ばれた。
「怪我は?」
「……ないです」
声が少し変だった。
「噛まれてないな?」
「はい」
自分の腕と足を見る。血はついていない。防具も破れていない。
大丈夫だ。
そう分かっても、手の震えはすぐには止まらなかった。
フェンが魔物の周りを確認している。
「二匹だけっぽいっす」
「周り見ろ。念のためだ」
「了解っす」
エルナは採取者たちの方へ行き、怪我がないか確認している。デインは盾についた汚れを見ていた。
「よし! 腹減ったな!」
何を言っているんだ、この人。
さっきまで魔物と戦っていたのに。
「デインさん、今それですか」
「終わった! なら飯だろ!」
「まだ昼食べたばかりですよ」
「戦った! 腹が減った!」
そういうものなのか。
デインは倒れた魔物を見る。それから、にっと笑った。
「ガハハ! 今日はご馳走だな!」
「……は?」
聞き間違えたかと思った。
「何言ってるんですか?」
「ん? 食うだろ?」
デインが当然のように言った。
俺は倒れた魔物を見る。さっきまでこっちを噛もうとしていた。立派な牙もある。血も出ている。
それを食う? 動物じゃなく魔物だよな?
「これ、食えるんですか?」
思わず聞くと、今度は《緑の風》の全員が、こっちを見た。




