第41話:少しうまい方がいい
道の復旧仕事から数日。
朝晩は少し冷えるようになったが、昼間はまだ暑い。外仕事を終えて町へ戻る頃には、腹も減って、喉も渇いていた。
その日は午前中で仕事が終わったので、昼飯を食べてからギルドへ戻ることにした。
入ったのは、最近何度か使っている安い食事処だった。壁際の席に座り、今日の煮込みを頼む。
運ばれてきたのは、肉と豆、刻んだ野菜の煮込みとパンだった。
見た目は、村で自分が作っていたものと変わらない。肉と野菜を水で煮て、塩を入れただけの料理だ。
匙ですくって口に入れる。
「……うまいな」
肉も豆も珍しくない。塩なら自分でも使う。それなのに味が違う。肉の匂いが軽く、後に何かが残る。
近くを通った主人を呼んだ。
「これ、塩以外に何を入れてるんですか?」
「香草と、少し油。あと酸っぱいのをちょっとだ」
「酸っぱいの?」
「酢だよ。少しなら肉の匂いも抑えられる」
塩、油、香草、酢。特別な物でなくても、使い方で味は変わるらしい。
食べながら、村で作っていた飯を思い出す。
畑で取れた物を煮る。肉があれば焼く。いや、肉はたまに入る程度だったか。
何にせよたいていは塩を使うだけ。
腹を満たすという目的においては、それで十分だった。
だが、同じ飯なら、うまい方がいい。少し手間を増やすくらいなら悪くない。
塩や酢、香草。
こういうものを少し使うだけで、いつもの飯も変わるらしい。
◇
会計の時、主人に聞いた。
「さっきの香草って、普通に売ってます?」
「ああ。市場に行けばある」
「高いですか?」
「物による。今日使ってるやつなら安い」
「酢も?」
「売ってる」
主人が笑った。
「料理でも始めるのか?」
「同じものを作るなら、ちょっとうまい方がいいかなと」
「その一工夫をすることが料理って言うんじゃねえのか?」
「そうなんですか?」
「そう思って言っただけだ。正しいかは知らん」
思いのほか適当だった。
◇
そのまま市場へ寄った。
今まで肉や野菜、塩くらいしか見ていなかったが、改めて見ると知らない物が多い。
束にされた乾いた草、小さな瓶の油、色の違う粉、酸っぱい匂いのする液体。
店の女性に、煮込みに使える安い香草を聞く。
「肉ならこれでいいよ。癖も強くないし」
乾いた葉を渡された。匂いを嗅ぐと、少し青臭い。
「さっき食べたの、こんな匂いだった気がします」
「なら多分それだね。この辺じゃよく使うよ」
隣の葉は匂いが強く、鼻を近づけた瞬間に顔を離した。
「そっちは初心者には向かないね。みんな嗅ぐとそんな顔する。やめときな」
「どんな顔してました?」
「私なら他人に見せたくない顔だね」
いったいどんな顔だったんだろう。少し怖いので素直に最初の方を選んだ。
「どれくらい入れるんです?」
「一鍋なら、ほんの少しでいい」
示された量は、思ったより少なかった。
「それだけ?」
「最初はね。足りなきゃ次から増やせばいい」
「入れすぎると?」
「草を生で食ってるみたいになる」
それは嫌だった。
次に酢を見せてもらう。栓を外すと、鼻に刺さる匂いがした。
「嗅ぐだけで酸っぱいな……」
「舐めてみるかい?」
小さな匙の先に落としてもらい、舌へつける。
「酸っぱ」
思わず顔をしかめた。
「それを鍋一杯に入れるわけじゃないよ」
「まあ、そうでしょうね」
香草と酢を買い、油は見送った。何を入れたら味が変わったのか分からなくなりそうだったからだ。
帰り際、豆と安い根菜も少し買った。肉はやめた。まずは失敗しても惜しくないもので試す方がいい。
◇
宿へ戻り、買ったものを机へ並べた。
乾いた香草。小さな瓶の酢。豆と根菜。
香草を嗅ぐと、市場より匂いが強く感じられた。
「これ、本当に少しでいいな」
明日か明後日、時間があれば煮てみよう。豆と根菜なら、失敗しても被害は小さい。
その時、また妙な言葉が浮かんだ。
弁当。
外へ持っていく飯のことだと、何となく分かる。包んで持ち歩き、冷めても食べるもの。外で蓋を開け、冷めたものを食べる感覚だけが妙に具体的だった。
これも、たぶん前の世界のものだ。
そこまでは分かる。
それなのに、誰が作っていたのか、どこで食べていたのかは何も出てこない。
「……またか」
少し気になったが、追いかけるのはやめた。
思い出せないものは、考えても出てこない。いつものことだ。
それより、今ある香草と酢を使ってみたい。外仕事へ持っていく飯も、少しうまくできるなら悪くない。
失敗しても、一食まずくなるだけだ。それなら、やってみる価値はある。
まずは、宿の主人に、鍋を使える場所がないか聞いてみるところからだ。




