幕間:名前を覚える
朝の受付は忙しい。
掲示板へ出す依頼票を確認し、昨日終わったものを外し、戻ってきた報告書をまとめる。その間にも冒険者や町の人が訪れる。
「これ、何て書いてある?」
カウンターの前に立った男が、依頼票を差し出してくる。顔は知っているが、名前はすぐには出てこない。
「西倉庫の荷下ろしです。荷車三台分。昼までに終われば完了ですね」
「俺でも受けられるか?」
「荷物は、結構重いですよ」
「字は読めねえけど、荷物なら持てる」
「それなら、大丈夫そうですね」
依頼票の端へ受注の印を付ける。
読み書きが得意でない冒険者は珍しくない。依頼票を読んでやるのも仕事のうちだし、仕事内容と、その冒険者にできることが合っているかを見るのも受付の役目だった。
男を送り出すと、隣から声が飛んできた。
「ミレア、これ昨日の分」
セラが報告書の束を差し出していた。
「そこに置いといて。あとでまとめるから」
「お願い」
受け取った束を脇へ寄せると、もう次の客が来た。
「手紙を頼みたいんだけど」
今度は町の女だった。
「どちらまでですか?」
「リンの村。急ぎじゃないよ」
「分かりました」
送り先を確認し、預かる。
リンの村。
最近、何度か見た名前だった。そこへよく行く若い冒険者がいるはずだが、誰だったか考えているうちに次の人が来た。
◇
昼前、町の外で農家をやっている男がやってきた。
「依頼を出したいんだが」
「どんなお仕事ですか?」
「荷物運びだ。今度は前より少ない。一人いりゃ足りると思う」
内容を聞きながら依頼票へ書き込んでいく。
「日にちはいつですか?」
「明後日で頼む」
「他に条件はあります?」
「そうだな……前に何度か来た若いの、空いてたらまた頼めねえか」
「……どんな人ですか?」
「若くて、あんまり余計なこと喋らねえやつだよ。頼んだことはちゃんとやるし、荷物も雑に扱わねえ」
それだけでは顔が浮かばなかった。
「お名前は?」
「それが出てこねえから聞いてるんだろ」
「そうですよね」
過去の依頼記録を探すと、同じ依頼主の名前で何枚か出てきた。その中で、二度名前が重なっている若い冒険者がいた。
ライアス。
「ライアスさんでしょうか?」
男が少し考えてから頷いた。
「ああ、たぶんそいつだ」
「たぶん、なんですね」
「顔見りゃ分かる」
指名にするほどではなく、都合が合えば頼みたいだけらしい。
「では、希望として書いておきます」
「頼む」
依頼票の端へ短く書き添える。
『ライアス希望。空いていれば』
依頼主が帰ったあと、もう一度名前を見る。
ライアス。
名前だけなら、以前から何度か見ていた。でも、まだ顔までははっきり浮かばなかった。
◇
午後になると、帰還報告が増えてくる。
採取へ行った者。町の外の柵を直した者。朝に荷下ろしを受けた男も戻ってきた。
「終わったぞ」
「早かったですね」
「三台って書いてただろ?」
「文字、読めなかったんじゃ?」
「朝あんたが言った」
完了を確認し、報酬を渡す。
日が少し傾き始めた頃、見覚えのある若い冒険者が列に並んだ。背中に棒を背負っている。最近よく見かける姿だった。
順番が来ると、冒険者証を差し出した。
「道の復旧作業です」
「ああ、今日の」
受け取って名前を見る。
ライアス。
そこで昼前の依頼票と顔が繋がった。
「あ」
思わず声が出た。
ライアスがこちらを見る。
「何でしょうか?」
「いえ、何でもありません」
冒険者証へ視線を戻す。
「怪我はありませんか?」
「ないです」
「作業中に何かありましたか?」
「斜面が少し崩れました。でも、そこは触らないことになりました」
「誰か巻き込まれたりは?」
「巻き込まれた人はいません」
必要なことだけ確認し、参加者の一人として記録して報酬を渡す。
「はい。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
ライアスは報酬を受け取り、そのまま帰ろうとする。
「あ、ライアスさん」
呼ぶと、振り返った。
「はい?」
名前を呼んでから、朝預かった手紙を思い出す。
「リンの村宛ての手紙が一通あります。まだ依頼にはしていないのですが」
「では、次に行く仕事があれば一緒に持っていけます」
「その時はお願いするかもしれません」
「分かりました」
それだけ言って帰っていった。
受付の前に長く残ることもない。余計な話もしない。でも、聞いたことにはきちんと答える。
昼前の男が言っていたことを思い出す。
頼んだことはちゃんとやる。
なるほど、と思った。
◇
少し時間が空いたので、依頼票を整理する。
完了したものを束ね、報告がまだのものを分ける。手紙の配達記録も何枚か混ざっていた。
アルネから近くの村。少し離れた家。
リンの村。
同じ名前が何度か出てくる。
ライアス。
毎回何か特別なことをしているわけではない。
届けて、戻る。
受け取った返事があれば持ち帰る。
帰還予定を大きく過ぎた記録も見当たらない。
それだけだ。
でも、手紙を預ける側からすれば、それが一番大事なのかもしれない。
届くこと。そしてちゃんと戻ってくること。
受付でも同じだった。
冒険者が戻らなければ、確認や依頼主への連絡が必要になる。場合によっては別の冒険者を出すことになる。
何も起きずに終わる依頼は、記録の上では一行で済む。
その一行が続いている。
「それ、ライアスさんの?」
隣からセラが覗き込んだ。
「そう。今日やっと顔と名前が一致した」
「今?」
「今」
セラが笑う。
「遅いよ、ミレア」
「セラがいつも先に捕まえるからでしょ」
「私のせい?」
「半分くらいは」
「残り半分は?」
「覚えてなかった私のせいで」
「じゃあ、ほぼミレアのせいじゃない?」
「半分だってば」
セラは遠慮がない。
「でも、今日来た依頼主からも名前が出てたよ」
「そうなの?」
「前にも何度か仕事を頼んだみたい。空いてたらまた来てほしいって」
セラは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「そういうの、増えてきたね」
「前から?」
「たまに」
その言い方で、セラの方はずっと前からライアスを見ていたのだと分かった。
◇
夕方になり、受付の人が減ってくる。
最後に翌日以降の依頼票を確認する。
荷運び。店の手伝い。
町外の採取。壊れた柵の修理。
だいたいは毎日のようにある依頼だ。
文字を読めない冒険者には説明が必要なものもある。細かい数を扱う仕事なら、受ける前に計算ができるか聞いた方がいい。
一枚ずつ内容を見る。
その中には、昼前に農家から預かった荷運びの依頼もあった。
明後日の仕事なので、まだ掲示はしない。
端には、自分で書いた小さなメモがある。
『ライアス希望。空いていれば』
指名ではないから、本人へ直接知らせるほどでもない。
条件の合う冒険者が他に受けるなら、それでも問題はない。
依頼票を明後日分の束へ入れる。
その横には、朝預かったリンの村宛ての手紙が残っていた。
どちらも、ライアスでなければ困る仕事ではない。
それでも、名前を覚えた日に二つ並んでいるのを見て、少しだけおかしくなった。
朝までは、誰だったかすぐに出てこなかった若い冒険者だ。
明日もし受付へ来たら、今度は冒険者証を見る前に名前が出てくる。
ライアス。
今日は、それを覚えた。




