第39話:土の話
新しい防具を買ってから数日。
着始めた頃に気になっていた肩の擦れは、留め方を変えるとだいぶましになった。棒の革紐とも、今のところ喧嘩していない。
その日は昼過ぎに仕事が終わった。
朝から町の中で荷物を運んでいたので、腹が減っている。
ギルドで報告を済ませ、以前セラに教えてもらった食事処へ向かった。
安くて、量もそこそこある。何度か来るうちに、すっかり覚えてしまった。
店へ入ると、空いている席を探すより先に、見覚えのある顔が目に入った。
「あ」
向こうも気づいた。
《緑の風》のエルナだった。
一人で食事をしている。
商隊の仕事では何日か一緒にいたが、ガイルたちがいないところで会うのは初めてだった。
「こんにちは」
声をかけると、エルナが少しだけ姿勢を正した。
「……こんにちは」
「一人なんですか?」
言ってから、当たり前のことを聞いた気がした。
エルナも少し困ったような顔をする。
「はい。今日はみんな別々なので」
会話が途切れた。
別に隣へ座らなければいけないわけでもない。そう思って空いている席を探していると、エルナが向かい側の椅子を指した。
「……よかったら、ここ空いてますので」
「いいんですか?」
「はい」
ありがたく座ることにした。
◇
今日の料理は肉と豆を煮たものだった。前にも食べたことがある。
注文すると、エルナが俺の背中へ目を向けた。
「それ……棒? 武器なんですか?」
やっぱり目立つらしい。
「はい」
「前は持ってませんでしたよね」
「ベルドへ行った時は、何も持ってなかったです」
猪に遭ったことと、その時に拾った枝を使ったことを簡単に話す。
エルナは何度か頷いた。
「それで棒を?」
「剣とかも触ってみたんですけど、俺にはこっちの方が分かりやすくて」
「……珍しいですね」
「やっぱり?」
「少なくとも、あまり見ません」
武器屋にもなかったので、そうなのだろう。
「でも、いいと思います。自分が使いやすいものの方が」
「まだ全然使えてないですけどね」
「最初はみんなそうだと思います」
そう言われると、少し安心する。
料理が運ばれてきたので、しばらく食べた。
エルナは、話さない時間をあまり気にしないらしい。俺も無理に話題を探さなくていいので、思っていたより気楽だった。
◇
半分ほど食べたところで、商隊の時のことを思い出した。
魔物に遭った時、エルナは土を動かしていた。あの時は戦っている最中で、どうやっているのか考える余裕がなかった。
「そういえば、聞いてもいいですか?」
エルナが匙を止める。
「何ですか?」
「《土魔法適性》って、土がないところだと使えないんですか?」
エルナが少し考えた。
変な質問だっただろうか。
「土がないところ……?」
「石の床だけの建物とか」
「ああ」
ようやく意味が伝わったらしい。
「普通の土がある方が使いやすいです」
「やっぱりそうなんですね」
「でも、土って大体どこにでもありますから」
言われてみれば確かにそうだ。
町の中にも道の脇には土があるし、建物の外へ出ればもっとある。町の外なら言うまでもない。
「砂でもいいんですか?」
「はい。砂とか、粘土っぽいものでも。全部同じではないですけど」
「同じじゃない?」
「動かしやすさが違うというか……」
そこまでは、いつものエルナらしく少し言葉を探していた。
けれど、匙の先で皿の端を軽く指しながら説明し始めると、急に言葉が止まらなくなった。
「乾いた砂は崩れやすいし、濡れた土はまとまりやすいです。粘土っぽいところは形を保たせやすいですけど、その分ちょっと重い感じがして。あと同じ土でも、石が多いと――」
そこでエルナが口を閉じた。
俺を見る。
「……すみません」
「何がです?」
「喋りすぎました」
「いや、分かりやすかったです」
さっきまで言葉を選んでいたのに、土の話になった途端、別人みたいに滑らかだった。
エルナは少しだけ視線を逸らした。
「こういう話なら、割と……」
「得意なんですね」
「たぶん」
本人も小さく笑った。
商隊で見た時は、必要なことだけ話す静かな人という印象だった。
でも、話すことがないのではなく、話したいものがはっきりしている人なのかもしれない。
「石は?」
そう聞くと、今度はすぐに答えが返ってきた。
「石もできます」
「やっぱり動かせるんですね」
「でも、私はあまり大きいのは無理です。普通の土の方が扱いやすいので」
「できる人もいる?」
「上手い人なら。岩とか、石で作った物まで扱える人もいるって聞きます」
そこまで言って、エルナは自分で少し笑った。
「また長くなりそうですね」
「別にいいですよ」
「食べながらする話ではないかもしれません」
「俺は聞いてるだけなので」
「それ、ずるいです」
初めて少し強い言い方をされた。
怒っているわけではないらしい。むしろ、さっきまでより楽しそうだった。
◇
「でも便利ですね」
「便利?」
「戦う時だけじゃなくて、穴を埋めたりとかできそうですし」
エルナが顔を上げる。
「できますよ。道を直す仕事とか、畑の水路を作る時に呼ばれることもあります」
「冒険者の仕事で?」
「はい。魔物を倒す仕事ばかりじゃないですから」
その言葉には聞き覚えがあった。
《緑の風》と一緒にいた時にも、冒険者は普通の仕事をすると聞いた。
魔法も同じらしい。戦うところを先に見たせいで、俺が勝手に戦うものだと思っていただけなのかもしれない。
◇
食事を終える頃には、店の客が少し増えていた。
エルナが水を飲みながら言う。
「ライアスさん、最近よく町の外に出てるんですよね」
「はい。手紙を届ける仕事が多いです」
「ガイルが言ってました。最近ギルドで見かけたって」
「ガイルさんが?」
「はい。棒を背負ってたって」
やっぱり棒だった。
「それで覚えられてるんだ……」
エルナが少し笑った。
商隊の時より、表情が分かりやすい気がする。
一人だからなのか、それともさっき土の話をしたせいなのかは分からない。
「《緑の風》は最近何してるんです?」
「色々です。明日は町の外へ行きます」
「護衛ですか?」
「いえ。道を見に行く仕事です」
「道?」
「少し崩れたところがあるみたいで。雨の後から危ないって話が出てるらしいです」
そういえば何日か前に雨が降った。
長く続いたわけではないが、町の外の道なら影響が残っていてもおかしくない。
「直すんですか?」
「まず見てからだと思います。直せるところなら、そのまま少しやるかもしれません」
「じゃあ、さっき言ってたやつですね」
エルナが一瞬きょとんとしてから、頷いた。
「……そうですね」
それから、少しだけ嬉しそうに続ける。
「土なら、ありますから」
その言い方が妙に印象に残った。
◇
店を出るところで、エルナとは別れた。
「じゃあ、また」
「はい。また」
数歩進んだところで、後ろから声がした。
「ライアスさん」
振り返る。
エルナがまだ店の前に立っていた。
「今度、土の違いを見るなら、実際に触った方が分かりやすいと思います」
「俺が土を?」
「はい。聞くだけよりはきっと」
言ってから、本人が少し困ったような顔をした。
「……別に、今すぐじゃなくていいですけど」
「分かりました。是非今度お願いします」
そう答えると、エルナは小さく頷いて、今度こそ歩き出した。
商隊で一緒だった時より、少しだけ話しやすくなった気がする。
背中の棒が歩くたびに少し揺れる。
腹も満たせたし、今日は思っていたより長く話して、色々と知ることができた。
今日、あの店を選んだのは正解だったな。




