第4話:初めて稼いだ金
倉庫までは、ギルドから歩いて五分もかからなかった。
教えられた建物の特徴、紙に書かれた名前をもう一度確認した。
ここで間違いない。
入口の扉を叩くと、中から男が出てきた。
「ギルドで依頼を受けて来ました」
依頼の書かれた紙を見せる。
男は俺と紙を交互に見た。
「一人か?」
「はい」
「まあ、掃除だけだからな。中に入ってくれ」
男の言葉が少しだけ引っかかった。
一人じゃ足りないと思われたのか、それとも思ったより若かったからなのか。
まあわざわざ聞くほどでもない。
倉庫の中へ入る。
倉庫というから、荷物が綺麗に積まれている場所を想像していた。
実際には、荷物は積まれている。
ただし、綺麗ではなかった。
木箱。
袋。
使っているのか分からない道具。
壁際には板まで立てかけてある。
そして何より埃。
しばらく掃除をしていなかったのか、かなり溜まっている。
「……これ全部ですか?」
「全部だ」
男はあっさり言った。
一人で掃除するにはなかなか骨が折れそうな広さだ。
掃除の進め方を男が簡単に説明していく。
「まず床を掃いて、壁際もできる範囲で綺麗にする。動かせる荷物は動かして、その下も。ただし、中身の入った箱や袋は勝手に開けないでくれ。動かすと壊してしまいそうなものには触らない……」
説明を聞いている間にも、床の隅に溜まった埃が目に入る。
ギルドでセラに今日中に終わると言われたのを思い出した。
……本当だろうか。
「何かあったら表にいるから呼んでくれ」
そう言って、男は出ていった。
残された俺は、倉庫の中を見回した。
冒険者になって最初の仕事。
掃除。
昨日、頭に浮かんだ冒険者とは随分違う。
箒を手に取る。
「やるか」
まず入口に近いところから始めていった。
◇
掃けば埃が舞う。
分かっていた。
分かっていたが、だいぶ多い。
少し掃いただけで空気が白っぽくなる。
埃を吸い込んでしまい咳が出る。
たまらず一度外に出る。
男に許可を取り、入口の扉を開けたまま作業することにした。
荷物を一つずつずらす。
掃く。
戻す。
またずらす。
一人で動かせない木箱は諦めた。
無理に動かして腰を痛めても仕方がない。
小さい箱なら持ち上げて動かす。
袋は中身によって重さがまるで違った。
見た目より軽いものもあれば、持ち上げようとしてすぐ諦めたものもある。
《聴力強化》。
この仕事では俺の特性は使わない。
そもそも耳を使う必要がない。
箒を動かして、荷物を動かして、雑巾で棚を拭いていく。
それだけで時間が過ぎていった。
途中から腕が重くなってきた。
どうやら畑仕事とは使う筋肉が違うらしい。
腰も少し痛む。
少し休憩でも挟もうかと思った時だった。
かさ。
何か聞こえた。
手を止める。
今のは箒の音じゃない。
かさ、かさ。
また聞こえた。
壁際。
積んである袋の向こうだ。
近づいて耳を澄ます。
小さい。
何かが動いている。
袋の隙間を覗いてみたが、暗くてよく見えない。
もう一度音がした。
今度は少し右の方から。
俺は表へ出た。
「すみません」
さっきの男が荷物を確認していた。
「どうした?」
「倉庫の奥に何かいます」
「何か?」
「小さいやつだと思います。袋の裏で動いてます」
男が嫌そうな顔をした。
「鼠か?」
「たぶん」
姿は見ていない。
だから、たぶんとしか言えない。
男が一緒に倉庫へ入る。
俺は音がした辺りの袋を指差した。
「この辺ですね」
「見えねえな」
「今は止まってるみたいです」
しばらく待つ。
男が俺を見る。
その時、
かさ。
「今」
「ん?」
「そこです」
指差した袋を男が動かした。
影から何かが飛び出す。
「うわっ」
男が声を上げた。
小さな鼠が床を走り、別の荷物の裏へ消えた。
「本当にいたな」
「いましたね」
「一匹か?」
正確には分からない。
耳を澄ます。
しばらく何も聞こえない。
少しして、遠くでかさりと鳴った。
さっき逃げた奴かもしれない。
別の奴かもしれない。
「分かりません」
「分からんのか」
「音が聞こえるだけなので……」
男が少し笑った。
「そりゃそうか」
結局、鼠を捕まえることまではしなかった。
男が後で対策をすると言っていた。
ただ、袋を確認すると一つだけ端が齧られていた。
「掃除頼んでよかったな」
そう言われた。
俺は箒を持ち直す。
鼠を見つけるのが仕事ではない。
まだ半分くらい残っている。
◇
終わった頃には、外が暗くなり始めていた。
思ったより時間がかかった。
腕も重い。
体中が埃っぽく感じる。
早く顔を洗いたい。
男と一緒に倉庫の中を確認する。
「ここもやったか?」
「はい」
「奥は?」
「動かせる荷物の下までは」
男が何か所か見て回る。
俺も後ろをついていった。
途中、掃き残した埃を見つけた。
一瞬、見なかったことにしようかと少し迷ったが、結局箒を取りに戻った。
気づいてしまうと、気になって仕方がなくなってしまう。
そのままにして帰るとずっと気にしてしまうのはわかっている。
そこだけ掃いて、もう一度確認する。
「うん。こんなもんだな」
男が言った。
「これで終わりですか?」
「ああ。ギルドに報告しておいてくれ」
終わった。
何か特別なことをした感じはしない。
ほとんど掃除していただけだ。
いや、清掃の依頼だからこれでいいのか。
頼まれた仕事を終えた。
俺の初仕事、完了だ。
お礼を言って倉庫を出た。
◇
ギルドへ戻ると、朝よりも人が増えていた。
複数ある受付を見るとどこも混んでいた。
たぶん依頼を終えた人たちが続々と戻ってきているのだろう。
セラもいたが、他の人間の対応をしていたので、並んで待つ。
しばらくして俺の番になった。
「お疲れさまです」
「終わりました」
依頼の紙をセラに手渡す。
「倉庫清掃、完了ですね。何か問題はありました?」
「鼠がいました」
「鼠?」
「倉庫にいて、袋を齧ってたみたいです。依頼主には伝えてあります」
「分かりました」
それ以上は特に聞かれなかった。
掃除の途中で鼠を見つけた。
俺にとっては少し変わった出来事だったが、ギルドでは大したことではないらしい。
まあ依頼自体は清掃だけだからな。
「先にこちらを渡しておきます」
セラから硬い紙のようなものを手渡される。
「冒険者証です。冒険者としての身分やランクなどの証明になりますので、なくさずに持ち歩いてください」
「なくしたらどうなりますか?」
「再発行はできますが、時間とお金がかかります」
「なるほど」
「今日はそのまま依頼を受けてもらいましたが、冒険者のルールやランクなどの説明をしますね」
「説明を受けてから依頼を受けるべきでしたかね?」
「冒険者証をお渡しする際に説明する決まりになっていますが、できあがるまでに半日ぐらいかかります。登録してすぐ依頼を受ける方も多いので、戻ってきた時に説明することもあります」
「冒険者証をもらうまで受けられないルールではないんですね」
「仕事を探している方はすぐに稼ぎたいという方が多いので……」
どうやら俺もその仲間のようだった。
セラから説明を受け、また少し冒険者というものを知った。
次にセラが報酬を用意する。
硬貨が机の上に置かれた。
「こちらが今日の報酬です」
硬貨を受け取る。
昨日まで財布に入っていたのは、両親が残してくれた金だった。
今日のこれは違う。
倉庫を掃いて、埃まみれになって、荷物を何度も動かした。
俺が初めて自分で働いて得た金だ。
数える。
安宿なら今日の宿代。
飯代。
それを払っても、少しだけ残るぐらいか。
もう一度数えた。
間違っていない。
「何か違いました?」
セラに聞かれて顔を上げる。
「いや」
硬貨を財布へ入れた。
「ちゃんと増えたなと思って」
「働いた成果に対する報酬ですからね」
「そうなんですけど」
当然のことを言われた。
たぶん、当然なんだろう。
でも俺の財布はここ何年も、使えば減るだけだった。
今日は出ていくだけではなく、入ってくる金があった。
ただそれだけのことなのに、何となくもう一度財布を確かめたくなるが、さすがにやめた。
「明日も仕事あります?」
「ありますよ」
セラが掲示板を見る。
「もう受けていきます?」
少し考える。
腕が重い。
腹も減った。
今日はもういいか。
「明日また来て考えます」
「分かりました」
ギルドを出る。
昨日泊まった安宿へ向かう途中、食べ物を売っている店の前で足を止めた。
焼いた肉のいい匂いがする。
値段を見る。
少し迷う。
肉はやめておこう。
代わりに、温かいスープとパンを買った。
宿代も払う。
それでも財布には、今日稼いだ金が少しだけ残っている。
今日働いた分で、今日の飯と寝る場所が確保できた。
俺にはそれで十分だった。




