第3話:冒険者なのに掃除?
女性に教えられた道を進むと、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
正直、もっと物々しい建物を想像していたが……
このあたりも頭の中のイメージと食い違っているらしかった。
入口の前に剣を背負った人間が何人も立っているとか、鎧を着た強面の大男が出入りしているとか。
そんなイメージも浮かんだが、違うようだ。
……少し安心した。
冒険者ギルドは周りの建物より一回り大きく、広めの入口からは多くの人が出入りしていた。
彼らは皆、冒険者なのだろうか。
よく見るとその格好はばらばらだった。
腰に剣を下げ、固い胸当てのようなものを身に着けた男。
大きな袋を背負った軽装の女性もいる。
どう見ても武器らしいものを持っていない人間も普通に入っていく。
入口の前まで来て、少し立ち止まった。
初めて入る場所だから、少しだけ緊張する。
このままここに立っていても邪魔になるだけなので、意を決して中へ入る。
建物の中は思っていたよりも騒がしかった。
正面にあるカウンターが受付なのか、何人かの行列ができていた。
壁際では紙の貼られた大きな板を眺めている人が複数いる。
奥の方では男たちが何か話していた。
剣や鎧が目につかないわけではない。
ただ、それ以上に普通の服を着た人が多かった。
俺はとりあえず壁際へ向かって歩く。
皆が見ている板が気になったからだ。
板には紙が何枚も貼られていた。
近づいて、貼られている紙を順番に読んでみる。
店の裏手の清掃。
荷物の運搬。
倉庫整理。
町の外での採取。
届け物。
少し離れた場所には別の紙がいくつか貼られていた。
護衛。
魔物討伐。
こっちは使われている言葉が少し物々しい。
俺はもう一度、目の前の紙に視線を戻した。
清掃。
「……掃除?」
思わず声が出た。
隣で板を見ていた男がこちらを見る。
目が合った。
俺は何でもない顔をして、もう一度紙を見る。
間違いなく清掃と書いてある。
冒険者。
頭の中に浮かんでいたのは、剣を持って、魔法を放ち、魔物と戦う姿だった。
確かにそういう仕事もあるようだ。
でも、そのすぐ横には掃除、荷運びなどの仕事が貼ってある。
さらにその隣は店の手伝いだった。
頭の中のイメージが邪魔をするのか、同じ板に貼られていることに違和感を感じていた。
「依頼を探してるんですか?」
その時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、受付の中にいた女性の一人がこちらに向かって歩いて来ていた。
俺より少し年上だろうか。
「えっと……」
少し考えて答える。
「たぶん、そうです」
「たぶん?」
「ここには初めて来たので……」
「ああ。なるほど」
女性はそれだけで納得したらしい。
「登録しに来られたんですか?」
「登録が必要なんですか?」
「仕事を探してるんですよね?」
「はい。仕事は探してます」
「なら、まずは話だけでも聞いていきますか?」
そう言って、受付の前を示された。
ちょうど人が途切れている。
仕事をするにも、詳しく知る必要がありそうだ。
断る理由もないので、そちらへ移動した。
「セラです」
受付の向こうで、紙とペンを準備しながら女性が名乗った。
女性に倣って俺も名乗っておく。
「ライアスです」
「仕事を探してるんですよね?」
「はい」
「それでは、これまで何か経験は?」
「畑仕事なら」
「それ以外は何かありますか?」
少し考えた。
「狩りを少しだけ。あとは料理みたいなもの。他には……家の修理とか」
「何でも自分でやる感じですか」
「やらないと誰もやらないので」
セラが少しだけ笑った。
「自分の特性は分かりますか?」
「昨日、鑑定しました。《聴力強化》です」
「聴力強化」
特に驚くでもなくセラは頷き、紙に書き加えた。
昨日は銀貨五枚も払った。
もう少し何か言われるかと思ったが、それだけだった。
特に珍しい特性ではないのだろう。
「登録すると、あそこに貼ってある仕事を受けられるんですか?」
俺は壁際の板を指差す。
「登録が完了した上で、あちらの掲示板の中に受けられるものがあれば、ですね」
「全部を受けられるわけではない?」
「登録したばかりの人に護衛や魔物の討伐を任せるわけにはいきませんから」
それはそうだ。
「登録すると最初はE級からのスタートです。受けられる依頼も、その範囲からになります」
E級。
冒険者にはランクがあり、E級が一番下らしい。
一番下だろうが、そんなことは別に気にならない。
「清掃とかも?」
「ありますよ」
「荷運びもありました」
「あります」
「……冒険者なのに?」
聞くと、セラが少し首を傾げた。
「冒険者だから、ですね」
よく分からない。
困惑しているとどうやら顔に出ていたらしい。
セラが掲示板の方へ目を向ける。
「討伐や護衛だけで町が回ってるわけじゃないですから。人手が足りない店もありますし、誰かに運んでほしい荷物もあります。自分でできないことをギルドに頼む人は多いんですよ」
「それを冒険者がやる?」
「やります」
ずいぶん思っていたのと違う。
「魔物を倒さなくても?」
「倒さない人もたくさんいますよ」
どうやら冒険者とはそういうものらしい。
昨日までは、冒険者という職業自体を知らなかった。
存在を知った時に、冒険者のイメージが浮かんだが、だいぶ違うもののようだった。
村で暮らしている分には知る機会も必要もなかったし、たまに町へ来ても買い物をして帰るだけだった。
知らないものは、知らないままでも案外困らない。
でも知ってしまったら、知らないままでは気持ち悪い。
そういう性格だと自覚している。
仕事に繋がりそうなこともあり、冒険者についてもっと知りたいと感じていた。
「登録したら、すぐ仕事を受けられます?」
「はい。受けられる依頼があればすぐにでも」
「じゃあ登録します」
迷う理由はなかった。
もともと仕事を探すために町まで来たんだ。
清掃でも荷運びでも、すぐに始められて金になるなら何の問題もない。
セラから渡された紙に必要なことを書く。
名前はすでに書かれている。
年齢。
いくつか項目はあったが、書く量は多くなかった。
特性も《聴力強化》となっている。
《聴力強化》。
昨日までは知らなかった言葉。
知ってからはすでに何度も出てきている言葉だ。
その変化が少し不思議なものに感じた。
書き終えた紙を手渡すと、セラが内容を確認する。
「はい。これで登録は完了です」
思っていたよりあっさりと手続きは終わった。
「俺はもう冒険者ですか?」
「そうなりますね」
「こんな簡単に?」
「登録だけならこんなものです」
セラはそう言って、掲示板を指差した。
「ここから続けていけるかはその人次第ですけどね」
なるほど。
そっちの方が大事なことのようだ。
自覚はまだないが、一応冒険者という職を得た。
いや、まだ職ではなくただの肩書きか。
掲示板に向かい、もう一度依頼を見てみる。
魔物討伐の紙には目を向けない。
今の俺が受けられるものでもないし、受けたいとも思わない。
荷運び。
届け物。
清掃。
何枚か見比べる。
「これなら俺にもできそうだ」
倉庫の清掃と書かれた紙を掲示板から取り、受付に持っていく。
受け取ったセラが内容を確認する。
「はい。大丈夫ですよ。今日中に終わればいい依頼です」
「今日?」
「今からなら十分間に合うと思います」
朝から仕事を探して歩き回って、もう昼を過ぎている。
それでも今日中に終わる程度の仕事のようだ。
「報酬はここに書いてあります」
セラが指差した箇所を見る。
今日一日分の宿代と飯代として考えても、贅沢しなければ十分足りる額だった。
「これにします」
「分かりました」
セラが依頼の紙に何かを書いている。
その様子を見た後、あらためて周囲を眺めた。
剣を持った男がいる。
大きな弓を背負った女性もいる。
隣の受付では、俺と大して変わらない背格好の男が荷運びの依頼を受けていた。
思い浮かんだ冒険者とは、ずいぶん違う。
だからといって何か問題があるわけではない。
魔物を倒さなくても金が稼げるなら、俺にはその方がありがたい。
手続きが終わったらしいセラから、依頼先の場所を聞く。
初仕事をする倉庫はここからそれほど遠くないらしい。
「分からないことがあったら、戻ってきて聞いてくださいね」
「はい」
受付を離れ、出口へ向かう。
俺は冒険者になった。
そう考えても、あまり実感はなかった。
剣をもらったわけでもない。
何か特別な力が増えたわけでもない。
これからやるのは倉庫の掃除だ。
入口を出て、教えられた道を歩く。
初めての依頼。
これから初めて自力で金を稼ぐ。
そう考えると、少しだけ嬉しい気持ちになった。




