第36話:持ち歩く
棒を作ってから、町の外へ出る仕事にはなるべく持っていくようにしていた。
まだ使い方を覚え始めたばかりだし、持っているだけで何かが変わるわけではない。それでも猪のことを思い出すと、宿へ置いていく気にはならなかった。
問題は、持っていくと邪魔なことだった。
その日は町の外にある農家から、荷物をアルネまで運ぶ仕事を受けていた。大きな荷物ではなく、袋をいくつか受け取って荷車まで運び、最後にギルドの指定した場所へ届ければ終わる。
棒を片手に持って農家まで歩く分には困らなかった。
困ったのは、仕事を始めてからだった。
「それ、そこへ立てとけ」
依頼主に言われ、納屋の壁へ棒を立てかける。
両手が空いたので袋を持ち上げる。中身は豆らしく、それなりに重いものの、一人で運べないほどではない。
荷車まで運んで戻ってくると、棒がない。
「あれ?」
一瞬探してから、壁際を見る。
倒れていた。
「……まあ、そうなるよな」
立てかけただけなのだから当然だった。
拾い直し、今度は少し角度をつけて置く。
二袋目を運ぶ。
戻る。
また倒れていた。
今度は納屋の戸を開けた時の風で動いたらしい。
依頼主が笑った。
「ずいぶん手のかかる武器だな」
「まだ俺より手がかかりますね」
「お前も十分手がかかりそうだけどな」
初対面でそう思われてしまう自分について考えたくなったが、仕事中なのでやめておいた。
なお、否定はしなかった。
◇
棒を持ったまま作業する方法も試した。
片手で棒を持ち、もう片方で袋を抱える。
やり始めてすぐに無理だと分かった。
袋は持てるが、重さが片側へ寄って歩きづらい。棒も袋も落とさないようにすると、余計に腕へ力が入る。
脇に挟んでみるも、今度は棒の先が後ろへ大きく出た。
荷車の横を通ろうとして、車輪へ当たりそうになる。
「危ねえな」
結局また壁へ置いた。
三袋目を運んだ後、戻ってきた時には、棒の存在そのものが少し腹立たしくなっていた。
町の中で邪魔なのは分かっていた。
でも、仕事中はもっと邪魔だった。
両手を使いたい。
でも地面へ置けば汚れるし、壁へ立てれば倒れる。離れた場所へ置けば、いざという時のための役目を果たさない。
「持ち歩くって、こういうことか……」
武器屋で剣や槍を見た時、持ち歩くのが大変そうだとは思った。
棒ならもっと簡単だと思っていたが、長い物は長い物だった。
◇
荷物を全部積み終えると、今度は荷車を押すのを手伝うことになった。
道は平らなところばかりではない。少し窪んだ場所では、後ろから押してやった方が進みやすい。
当然、両手を使う。
棒は荷台へ載せた。
これなら邪魔にはならない。
ただ、荷物の上で転がる。
布袋へ当たり、木枠へ当たり、そのたびにコトコト鳴った。
しばらくすると依頼主が振り返った。
「それ、縛っといた方がいいんじゃねえか?」
「棒をですか?」
「荷物でも何でも、転がるもんは縛るだろ」
そう言って、荷台の端にまとめてあった紐を一本投げてくる。
受け取って棒を木枠へ結んだ。
今度は動かない。
「……これでいいのか」
「まあ、荷車に乗ってる間はな」
その言い方で、また別の問題に気づいた。
荷車を降りた後は、結局手で持つしかないのだ。
◇
仕事を終えてギルドへ戻る頃には、棒をどう持つかばかり考えていた。
受付で報告を済ませ、外へ出る。
棒を肩へ載せてみる。
歩けなくはないが、後ろの先端が見えず、人の多い場所では危ない。
背中へ斜めに当てて、片手で押さえると少し楽だった。
ただ、手は空かない。
「紐か」
さっき荷車へ固定した時のことを思い出す。
棒そのものを背中へ留められれば、両手が空く。
別に難しい仕組みはいらない。革紐でもあればできそうだった。
そのまま道具や革製品を扱っている店へ寄った。
◇
事情を話すと、店の男は棚から細めの革紐を何本か出した。
「背負いたいだけなら、これで十分だろ」
「棒に直接結ぶんですか?」
「嫌なら輪を作れ。両端を通して、肩に掛けられるようにすりゃいい」
言われた通り、店先で試してみる。
棒の上と下に革紐を回し、ずれにくい位置で留める。紐そのものは背中側へ回し、肩から斜めに掛ける。
最初は短すぎて、棒が背中へ食い込んだ。
「きついです」
「そりゃ短えよ」
少し緩める。
今度は棒が下がりすぎて、歩くたびに腰へ当たった。
「今度は邪魔です」
「お前、注文が多いな」
最近よく言われる。
何度か長さを変え、ようやく背中へ斜めに収まる位置を見つけた。
歩いてみる。手が空いている。それだけでかなり違った。
ただ、完全に固定されているわけではないので、走れば揺れそうだった。
「もっとぴったり留めた方がいいですか?」
「抜けなくなるぞ」
「抜く?」
「使う時にだよ。背中へ縛りつけたら、今度は外すのに時間がかかるだろ」
「あ」
持ち歩くことだけ考えていた。
棒を使う必要がある時、すぐ手に取れなければ意味がない。
結局、革紐はきつく固定せず、肩から外せば棒ごと前へ回せる程度にした。
格好いい仕組みではない。
革紐を棒へ巻いて、肩に掛けただけだった。
でも、両手は空いた。
「これなら仕事ができそうです」
「最初からそうしとけば良かったんじゃねえか」
代金を払い、店を出る。
◇
帰り道で、わざと両手を使ってみた。
鞄を持ち直す。店の戸を開ける。
どちらも昨日までは、いったん棒を持ち替えてからやっていた。
背中に回したままなら、その必要がない。
少し歩くと、棒の端が背中へ当たった。
位置を直してまた歩く。
完璧ではないが、今度は大丈夫だった。
たぶん仕事によっては邪魔になるし、紐も使っていれば緩むだろう。
それでも、手で持ち続けるよりはずっと楽だった。
棒を作った時は、これで武器が一つ増えたと思っていた。
実際には、持ち歩くだけでも考えることがあるらしい。
宿へ戻る前にパン屋へ寄ったが、今日は入口へ棒をぶつけなかった。
それだけで、少し進歩した気がした。




