第35話:同じ木なのに
翌日、棒を持ってギルドへ行った。
昨日よりは人にぶつけず歩けるようになったが、入口ではまだ少し気を使う。棒を縦にして中へ入ると、受付のセラが気づいた。
「できたんですね」
「できました」
「どうです?」
「町の中だと邪魔です」
「最初の感想がそれなんですか?」
「外で使う分には、たぶん大丈夫です」
セラが笑う。
棒を見せに来たわけではない。以前、武器の使い方を覚えたいと相談した時、初心者でも参加できる稽古があると聞いていた。
「前に、初心者でも参加できる稽古があるって言ってましたよね」
「武器の使い方を習いたいって話をした時ですね」
「これでも教えてもらえます?」
棒を持ち上げると、セラは一度見てから頷いた。
「聞いてみましょうか。今日は裏で何人か練習しているはずです」
「お願いします」
◇
ギルドの裏には、広くはない空き地があった。端には木を組んだ的がいくつか置かれ、表面には何度も叩かれた跡が残っている。
練習していた三人ほどのうち、一人にセラが声をかけた。ギルドマスターより少し若い男で、俺の棒を受け取ると、長さや重さを確かめるように持ち替えた。
「変わったの持ってきたな」
「棒です」
「見れば分かる。これを使うのか?」
「そのつもりです」
男は棒を返してくる。
「何ができる?」
「猪に一回当てました」
「それは、できるに入らねえな」
「やっぱり?」
「当てただけだろ」
「当てて逃げました」
「なおさらだ」
男が笑った。
それでも教えてはくれるらしい。最初に言われたのは、構えてみろ、だった。
両手で握ると、すぐに声が飛んだ。
「力入りすぎ」
「またですか」
「また?」
「昨日も言われました」
「なら直せ」
握る力を抜く。
「今度は抜きすぎだ。落とすぞ」
「どっちですか」
「その間だよ」
棒なら剣より簡単だと思っていたが、持つだけでもまだこれだった。
◇
最初は、棒を前へ突き出す動きだった。
大きく振りかぶらず、足を動かしながら前へ出す。言われた通りにしたつもりだったが、先端は的の横を通った。
「外れました」
「見りゃ分かる」
もう一度やると当たったが、勢いをつけすぎて体まで前へ流れた。三回目は力を入れすぎ、棒が的に当たった瞬間、手のひらへ衝撃が返ってくる。
「痛っ」
「的と力比べしてどうすんだ」
「強くやった方がいいのかと」
「当たらなきゃ意味ねえし、当たって自分が崩れても意味ねえよ」
猪の時は、近づかせたくなくて前へ出した。それだけで何とかなったから、もっと単純だと思っていた。
実際には、足の位置も握り方も、棒を出す方向も気にしなければならない。
次は横へ払う動きだった。
今度は的に当たったが、棒が流れすぎて戻すのに時間がかかった。
「それだと二回目来たら間に合わねえぞ」
「猪の時は二回来ました」
「よく無事だったな」
「俺もそう思います」
何度か繰り返すうち、棒に振られることは減ってきた。上手くなったというより、どう動かすと自分が崩れるのか分かってきた、くらいだった。
◇
何度目かに横から棒を当てると、乾いた音がした。
もう一度振ると、今度は鈍い音が返ってくる。
「あれ?」
「どうした」
「今、音が違いませんでした?」
男が的を見る。
「当たった場所が違ったんだろ」
確かに、最初は中央に近く、今は端の方だった。
「そういうものですか」
「木なんだから場所で変わるだろ」
男は続けろと手で示した。
練習を再開しても、音が気になった。次は少し低く、その次は短く乾いて聞こえる。
強く当てれば大きく、弱ければ小さくなる。それだけではない気がした。
試しに、さっき乾いた音がした辺りを狙う。
外れた。
「……難しいな」
「何がだ」
「同じ場所に当てるのが」
「そっちかよ」
同じ場所へ同じくらいの強さで当てて音を比べたい。だが、その前に狙った場所へ当てる必要があった。
◇
少し休憩してからも、音のことは気になっていた。
的は何枚かの木材を組み合わせて作られている。叩かれ続けた場所はへこみ、端の方は比較的きれいに残っていた。
今度は強く振らず、確かめるように軽く当てる。
中央は乾いた音がし、少し下へずらすと低く聞こえた。端では短く鳴る。
「ここ、さっきと音違いますね」
近くで休んでいた別の冒険者が的を見る。
「そりゃ違うだろ。そこ傷んでるし」
「傷んでると違うんですか?」
「違うんじゃねえの?」
言われてみれば当然なのかもしれない。
木工所で働いていた時にも、叩く場所で音が違うことはあった。ただ、今は自分で棒を当てる場所を変えられる。
中央、少し横、さらに端。同じ的でも、場所を変えるたびに聞こえ方が違う。
何が違うのかは分からない。木の厚さか、傷み方か、組み方か。それとも俺の振り方が毎回違うだけかもしれない。
もう一度、さっきと同じ場所を狙う。
今度は少し外れた。
「まず当てる練習しないとな……」
音を比べるのは、その後らしい。
◇
練習が終わる頃には腕が重くなっていた。
棒を持って帰ろうとすると、最初に教えてくれた男が声をかけてくる。
「次来るなら、今日やった動きくらいは忘れんなよ」
「前に出すのと、払うのと、当てるの?」
「まずそれでいい。変なこと考える前にな」
「変なこと?」
「途中から的の音ばっか聞いてただろ」
見られていたらしい。
「ちょっと気になって」
「余裕あるな」
「全然ないです」
実際、腕は重く、手のひらも少し痛い。上手くなった実感もほとんどなかった。
帰る前に、許可をもらってもう一度だけ的の前へ立つ。
力を入れすぎないようにしながら、さっき当てた辺りを軽く叩く。乾いた音が返ってきた。少し位置をずらしてもう一度当てると、今度はそれより鈍く聞こえる。
理由はまだ分からないし、同じ強さで叩けているかも怪しい。
ただ、同じ木なのに聞こえ方が違う。
それが気になって、もう一度だけ棒を構えた。




