第34話:ちょうどいい棒
翌日、ダンさんの木工所へ行くと、昨日選んだ木材が作業台の上に置かれていた。
「ダンさん、おはようございます」
「さんはいらねえって言っただろ」
「あ」
そうだった。
「……ダン、おはようございます」
「おう。来たか」
「お願いします」
「まだ何も決まってねえけどな」
昨日は木を選んだだけで、長さも太さも決めていない。俺は丈夫な棒になれば十分だと思っていたが、ダンさんにとっては、そこからが作業らしい。
「まず持て」
木材を受け取り、両手で握る。拾った枝より軽いが、どこを持てばいいのか分からない。とりあえず真ん中辺りを握った。
「それで何すんだ」
「前に出したり?」
「やってみろ」
言われた通り前へ出すが、思ったより先端が伸びない。
「短いですね」
「お前が真ん中持ってるからだろ」
「あ」
少し後ろへ持ち替える。前へ出る部分は長くなったが、今度は先端が重い。
「これなら距離を取れますね」
「そのまま横に動かしてみろ」
横へ払うと、先端が大きく回り、作業台の角へ当たりそうになった。
「あっ」
慌てて止める。
「壊すなよ」
「すみません」
ダンさんがため息をついた。
「長けりゃいいってもんじゃねえだろ」
猪のことを考えれば、できるだけ長い方が安心だと思っていた。だが、長くすれば届く距離が伸びる代わりに、先端の振れも大きくなる。持つ位置を変えるだけで、重さの感じ方まで変わった。
「じゃあ短くした方がいいですか?」
「俺に聞くな。使うのはお前だ」
「まだ使ったことないんですけど」
「だから試してんだろ」
何度も持つ位置を変え、前へ出し、横へ動かす。少し下から持ち上げるようにしたところで、手の中から木がずれた。
落としはしなかったが、握り直す。
「今の何です?」
「力入れすぎたんだろ」
「力を入れないと落としません?」
「入れなさすぎても落とす。入れすぎても動かしづらい」
猪の時は、そんなことを考える余裕もなく必死に握っていた。あの時使えたから、棒くらいなら扱えると思っていたが、落ち着いて動かすと全然違う。
ダンさんが木材の端を指差した。
「長さ決めるぞ。どこまで残す」
俺はかなり長めの位置を示した。
「この辺ですかね」
「本気か?」
「長い方が相手に近づかなくて済むかなと」
「じゃあその長さで、今の動きもう一回やれ」
前へ出すだけなら悪くない。だが横へ払おうとすると、先端に引っ張られて体まで回った。
「……長いですね」
「今気づいたか」
少しずつ短く持ち直し、体が振られにくい位置を探す。短すぎれば距離が取れず、長すぎれば扱えない。何度も試して、ようやく「このくらいなら」と思える位置が見つかった。
「ここでお願いします」
ダンさんが印をつける。
「切ったら戻せねえぞ」
「急に怖いこと言わないでください」
「今まで散々迷ってただろ」
否定できなかった。
◇
長さの次は太さだった。
元の木材は少し太い。
「もっと細くした方が使いやすいですよね」
「何でそう思う」
「軽くなるから?」
「軽けりゃ全部いいなら、細い枝持って歩け」
昨日までなら、それでもいいと思っていたかもしれない。
「折れますよね」
「分かってんじゃねえか」
ダンさんは木の表面を削り、握る部分の形を整えていく。
「持ってみろ」
言われたところを握る。
「もう少し細くてもいいかも」
「本当に?」
聞き返されて迷う。軽くなった分、扱いやすくはなったが、同時に頼りなくも感じた。
「……今くらいでもいいかもしれません」
「すぐ変わるな」
「実際に持つと違うので」
「だから最初から持たせてんだよ」
正論だった。
握る位置を少し前へずらす。
「ここを持つ方が軽く感じます」
「その分、前に出る長さは減るぞ」
「あ」
さっきも同じことを試した気がする。
棒なら剣より簡単だと思っていた。刃の向きはないし、どちら側を前にしても使える。だが、どこを持つかで扱いやすさは変わる。
「棒でも結構考えることありますね」
「当たり前だ」
「もっと簡単だと思ってました」
「昨日一回振っただけで分かった気になったのか」
「ちょっとだけ」
「馬鹿だな」
否定しづらかった。
◇
削った部分のささくれを落とし、表面を滑らかにしていく。
「先は尖らせないんですか?」
「尖らせたいのか?」
「槍みたいにしたら強そうかなと」
ダンさんが手を止めて俺を見る。
「お前、昨日何が欲しいって言った」
「逃げる時間を作れるやつです」
「刺したいのか?」
「……別に」
言われてみれば違った。
猪に使った時も、尖ってはいなかった。俺が欲しいのは、相手を刺すものではなく、前へ出して距離を作れるものだ。
「尖らせなくていいです」
「だろうな」
両端は引っかかりにくいよう、少しだけ丸く整えることになった。
「ここに鉄とか付けたら丈夫になりません?」
「重くなるぞ」
「じゃあやめます」
「何でも付けりゃ強くなると思ってんな?」
「ちょっと思ってました」
ダンさんが鼻で笑う。
結局、特別な加工はしなかった。握る部分を整え、ささくれを落とし、両端を丸める。表面には水や汚れが染み込みにくくなる処理を施す。
派手ではない。
本当にただの棒だった。
◇
作業が終わる頃には、昨日の木材はずいぶん持ちやすくなっていた。
受け取って両手で持ち、前へ出す。勢いをつけすぎたせいで、止めた時に体が少し前へ持っていかれた。
ダンさんが笑う。
「下手だな」
「今のは棒が悪いんじゃ?」
「作ったばっかの俺に喧嘩売ってんのか」
「俺ですね」
今度は力を抜き、ゆっくり前へ出す。さっきより楽だった。
横へ払う時も、腕だけで振ると先端に引っ張られる。少し体ごと動かした方が扱いやすい。
正しいやり方かは分からない。それでも、猪の時に使えたからといって、棒を扱えるわけではないことだけは分かった。
「いいですね」
「さっき自分で振られてただろ」
「棒はいいです。俺が駄目なだけで」
「なら使い方は誰かに聞け」
ダンさんは道具を片づけながら言った。
「木のことは分かるが、殴り方までは知らん」
「ギルドで聞いてみます」
「せっかく作った棒で、自分の足でも叩くなよ」
「そこまで下手じゃないと思います」
「今、作業台に二回ぶつけかけたぞ」
「……気をつけます」
代金を払い、完成した棒を持って木工所を出た。
◇
そこで初めて気づいた。
「……長いな」
作っている時は、これくらいが扱いやすいと思った。実際、前へ出したり払ったりするなら、今の長さでよさそうだった。
だが、町を歩くだけなら邪魔だった。
人とすれ違うたびに先端を気にしなければならない。片手に荷物を持てば、もう片方は塞がる。いつもの食堂へ入ろうとして、入口の横へ棒をぶつけそうになった。
今度は寸前で止める。
「危な」
木工所で二回やりかけたばかりなのに、もう三回目だった。
店の中でも置き場所に困った。壁へ立てかければ倒れそうだし、席の横へ置けば他の人の邪魔になる。結局、足元へ横たえた。
店の主人が料理を持ってきて、棒を見る。
「何だそれ」
「武器です」
主人が棒を見る。俺を見る。もう一度、棒を見る。
「……棒じゃねえか」
「武器です」
今度は少し強めに言った。
主人は笑いながら料理を置いていった。
飯を食べながら、足元の棒を見る。
町の外で持つには役に立ちそうだ。ただ、作ってみて初めて分かったことも多い。
長さ一つ決めるだけでも迷った。持つ場所で重さの感じ方が変わり、力の入れ方を間違えれば体ごと振られる。棒なら簡単だと思っていたが、実際に扱うには試行錯誤が必要だった。
しかも、町の中ではかなり邪魔だ。
背負えるようにすれば少し楽かもしれない。紐を付けるのもありだろう。
作ったばかりなのに、もう直したいところが出てきた。
とりあえず今日は、誰にもぶつけず宿まで持って帰ることにした。




