第33話:何を持つか
アルネへ戻る頃には、拾った枝を持つ腕が疲れていた。
猪に遭った時は頼もしく見えたが、歩き続けると邪魔になる。太さは一定でなく、枝分かれも残っている。長さも中途半端だった。
「邪魔だな……」
そう言いながらも、結局ギルドまで持ち帰った。
預かっていた返事の手紙をセラへ渡すと、すぐに枝へ目を向けられた。
「お帰りなさい。何ですか、それ」
「途中で拾いました」
「なぜ?」
「猪が出まして」
セラの表情が変わる。
「怪我は?」
「ありません。これで何とか逃げました」
枝を持ち上げると、受付の奥にいたギルドマスターもこちらを見た。
「猪?」
「普通のやつだと思います。藪から急に出てきて」
昨日、耳で周囲の変化を拾っているのかもしれないと考えたこと。それなのに今日は、普通の猪へかなり近づくまで気づかなかったことも話す。
ギルドマスターは枝を見てから俺を見る。
「で、それを持って帰ってきたのか」
「何か持っていた方がいい気がして」
「拾った枝じゃなくてもいいだろ」
「それをこれから考えます」
ギルドマスターは呆れたように息を吐いた。
「まずは怪我がなくてよかったな」
セラも小さくうなずく。
「次からは、猪を見たら逃げることを優先してくださいね」
「はい」
◇
その足で、前に武器を見に来た装備屋へ向かった。
枝を持ったまま入ると、店員がすぐに気づく。
「今度は何持ってきたんだ」
「棒です」
「見りゃ分かる」
「それを売りに来たなら買わねえぞ」
「買いに来ました」
「その棒を持って?」
「比べようと思って」
店員はますます変な顔をした。
前と同じように、剣、短剣、槍、斧、棍棒を見て回る。今日は、自分が使うならどうなるかを考えながら手に取った。
店員に断って剣を持つ。やはり重いが、両手で持てないわけではない。
「これって、切るんですよね」
「剣だからな」
「どこで?」
「どこでって?」
「刃のどこを当てても同じなんですか?」
店員が少し黙った。
「同じじゃねえよ。ちゃんと刃を立てて振れ。変な角度で当てりゃ切れねえし、刃も傷む」
剣には向きがあり、当て方も振り方も覚えなければならない。猪が飛び出してきた時、そんなことまで考えられる気はしなかった。
次に短剣を持つ。剣より軽く扱いやすそうだが、その分短い。猪のようなものが突っ込んできた時、これを持って近づくところを想像すると、嫌だった。
「槍は?」
「長い分、距離は取れるな」
槍は確かに長い。さっき拾った枝より距離を取れそうだが、先端をどこへ向け、どう突くかを覚える必要がある。それに、持ち歩くのも大変そうだった。
「何探してんだ、お前」
「俺にも分からなくなってきました」
「最初から分かってねえだろ」
さっき、猪が突っ込んできた時のことを思い出す。どこへ当てるかなど考えていなかった。近づいてきたから枝を前へ出し、それでも来たから横から振った。
倒したかったわけではない。少し止まってくれれば、その間に逃げられればよかった。
剣には刃の向きがある。短剣は近づく必要がある。槍は距離を取れるが、長くて先端も扱わなければならない。
棒なら、前へ出す、横へ払う、押し返す、必要なら叩く。それくらいなら、怖くて頭が回らなくなってもできそうだった。
「……棒でよくないか?」
「何が?」
「棒です。丈夫なやつってあります?」
店員が店内を見回す。
「棍棒ならあるぞ」
出された棍棒は、片側が太く、見るからに殴るための形をしていた。持つと先端に重さがあり、威力はありそうだ。
でも、さっき拾った枝とは違う。
「これも違うな……」
「お前さっきから何なんだ」
「もっと普通の棒が欲しいんです」
「普通の?」
持ってきた枝を見せ、猪に遭ってそれで逃げたことを説明する。
店員は俺と枝を交互に見た。
「それで棒が欲しくなったのか」
「はい」
「剣も槍もある店で?」
「今のところは」
店員がため息をつく。
「そんなただの棒、武器として売ってねえよ。木なら木工屋にでも行け」
そこで、一人の顔が浮かんだ。
「あ」
「何だ」
「知ってる人います」
◇
ダンさんの木工所へ向かった。
仕事の日ではないので、入ると少し不思議そうな顔をされた。
「今日は依頼出してねえぞ」
「仕事じゃないです。棒が欲しいんです」
枝を見せると、ダンさんは黙った。
「……棒?」
「丈夫なやつです。町の外を歩く時に持ちたいんです」
帰り道で猪に遭ったことを話すと、ダンさんは枝を受け取り、太さを見て少し曲げた。
「これじゃ駄目なのか」
「持ちづらいです。それに、たぶん途中で折れますよね?」
「使い方次第じゃな」
「武器が欲しいのか?」
「たぶん。でも、相手を倒すためのものではありません」
「じゃあ何だ」
猪と自分の間に枝を差し込んだ時のことを思い出す。
「距離が欲しいんです。急に近づかれた時に、これ以上来るなって前へ出せるくらいの。それで一瞬止まってくれれば逃げられるので」
「倒せなくていいのか」
「できるならその方がいいですけど、今の俺じゃ無理だと思います」
「だから、突いたり、払ったり、押し返したりできればいいです。向きを気にせず使えて、簡単には折れなくて、あまり重くないやつ」
「注文多いな」
「すみません」
「謝るくらいなら、最初から木を買え」
そう言って、ダンさんは工房の奥へ入っていった。
しばらくして、何本かの木材を抱えて戻ってくる。
「武器のことは知らん。だが木なら分かる」
一本ずつ床へ置く。
「硬いだけじゃ折れる。柔らかすぎりゃ曲がる。お前の使い方なら、ある程度粘る方がいいだろ」
いくつか説明した後、最後の一本を渡された。
両手で持つ。猪の時に拾った枝より少し軽く、真っ直ぐで、太さも大体同じだった。
前へ出し、持つ位置を変え、横へ動かしてみる。どちら側を向けるか気にしなくていい。
「これ、いいかもしれません」
「まだただの木だぞ」
「それがいいのかも」
立派な武器が欲しいわけではない。怖くなった時でも、とりあえず前に出せるものが欲しい。逃げるための一瞬を作れるなら、今の俺にはそのくらいの方が使えそうだった。
ダンさんが少しだけ笑った。
「じゃあ、持ちやすくしてやる」
「作れるんですか?」
「ウチは何の店だ? 棒くらい作れる」
剣を買おうか考えていたはずなのに、最終的に木工所で棒を作ってもらうことになった。
自分でも少しおかしい気がする。
それでも手の中の木は、店で持ったどの武器より目的が分かりやすかった。
気付けば、10万文字を超えていました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
10万文字。
数字にしてみると、思っていたよりずいぶん書いたんだなと、自分でも少し驚いています。
とはいえ、ライアスの話はまだまだこれからです。
この先もゆっくり進んでいきますので、のんびり付き合っていただけたら嬉しいです。
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