第31話:何を聞いていたのか
ギルドへ行くと、セラがいつものように何通かの手紙を仕分けていた。
最近は手紙を見ると、少し気になるようになった。
「今日はあります?」
俺から聞くと、セラが顔を上げた。
「ありますよ。ただ、今日は少し遠いんですけど」
「どの辺ですか?」
セラが一通の手紙を手に取る。
「リンの村です」
一瞬、返事が遅れた。
「……俺の村ですね」
「あ、そうでした」
俺にとってはずっと村だった。
外の人間がリンの村と呼んでいることを知ったのは、つい最近のことだ。
「なら道は分かります?」
「家まで帰れます」
「それはそうですね」
セラが笑いながら言った。
手紙は二通あった。一通は村に住む男へ。もう一通は村のまとめ役をしている家へ届けるものらしい。
急ぎではないが、歩いて往復すると一日では厳しい。
「一泊になりますね」
「家があるので大丈夫です」
「宿代もいりませんね」
「そこは助かります」
村に帰るついでに仕事になる。悪くない。
返事があれば持ち帰ることを確認し、手紙を鞄へ入れた。
◇
アルネを出て、村へ向かう。
この道を歩くのも久しぶり……というほどではないか。
ただ、前に村から町へ来た時とは少し違う感じがした。
今は村へ行き、その後アルネへ戻る前提で歩いている。
村へ帰るのに、帰ったあとまた町へ戻ることまで考えているのは少し変な感じだった。
しばらく歩いているうちに、この前ギルドマスターに言われたことを思い出した。
妙に魔物に遭わない。
あの時は、運がいいだけなんじゃないか?と思った。
でも、聞こえるものを聞いて道を変えた結果、そうなっている可能性もある。
そこまでは考えたが、問題は、その先だ。
俺は何を聞いて、嫌だと思っていたんだろう。
今までなら、何となく気になった時点で別の道を選んで終わっていた。
だから今日は少し意識してみることにした。
◇
昼を過ぎた頃、道の片側に林が続く場所へ出た。
この辺りも何度か通ったことがある。
歩きながら、何となく右側が気になった。
足が止まる。いつもなら、そのまま少し距離を取って進むところだった。
今日は林の方を見た。
「何を嫌だと感じているんだ?」
自分で言ってから、耳を澄ます。
最初に聞こえたのは鳥の音だった。
左側では何羽か鳴いている。少し遠くでも声がする。
右の林にも全くいないわけではないが、左より少ない。
それだけなら珍しくない気もする。
もう少し聞いてみる。
足元近くでは、小さな何かが落ち葉を動かしている。
左の藪でも時々似たような音がするが、右にはそれがほとんどない。
代わりに、もっと奥から草が擦れる音が聞こえた。
風が吹いて鳴る音ではない。
何度か途切れながら、少しずつ聞こえる場所が動いている。
「……これか?」
声に出してみる。別に大きな音ではない。
知らずに歩いていたら、気にしないかもしれない。
何がいるのかも分からない。
人かもしれない。鹿のような動物かもしれない。魔物かもしれない。
そもそも、今聞いている音が俺の感じた嫌なものと同じかどうかも分からない。
それでも、右側だけ普段と少し違うのは分かった。
鳥が少ない。小さい動物の音も少ない。
その奥では、何かが草を動かしている。
今まで俺は、こういうのを一つずつ考えずにまとめて聞いていたんだろうか。
「やっぱり耳、なんだよな」
《聴力強化》。
《聴力強化》だとわかってから、前より細かい音を意識して聞くようになった。
仕事でも何度も役に立っている。
木の音や縄が傷んだ音。
遠くから近づいてきた魔物の足音。
だったら、こういう周りの小さな変化も聞いていたとしてもおかしくはない。
少なくとも、全部が運だったというよりは納得できる。
ただ、右の林に何がいるのかまでは分からない。
「やっぱり行かない方がいいな」
結局、いつもと同じだった。
少し道の反対側へ寄り、そのまま先へ進んだ。
違ったのは、なぜ避けたのかを少しだけ考えたことくらいだ。
◇
夕方になる前に村が見えてきた。
見慣れた畑と家が並んでいる。
町の門をくぐる時とは違って、こちらには門もない。
道を歩いていると、畑仕事をしていた男が俺に気が付いた。
「お、ライアスか?」
「はい」
「町から戻ってきたのか」
「いえ、今日は仕事です」
「仕事?」
鞄から手紙を出すわけにもいかないので、軽く叩いて見せる。
「手紙を届けに来ました」
「お前が?」
「一応、今は冒険者なので」
言ってから、自分でも少し変な感じがした。
村を出た時は、鑑定のために町へ行っただけだった。
それが今は、ギルドから仕事を受けて村まで戻ってきている。
男も少し面白そうに笑った。
「へえ。ちゃんとやってんだな」
「一応」
「一応かよ」
そんな話をしてから、まず一通目を届けた。
相手は俺の顔を知っていたので、手紙を渡す前に「どうした」と聞かれた。
「ギルドからです」
そう言って差し出すと、今度は少し驚かれた。
二通目も問題なく届ける。
返事は一通だけ預かった。
これで今日の仕事は終わりだった。
◇
仕事を終えて自分の家へ戻る。
戸を開けると、中は出た時のままだった。
しばらく町で寝泊まりしていたせいか、少しだけ空気が違う気がする。
それでも、自分の家だ。
荷物を置き、窓を開け、畑も見る。
すぐに駄目になるような状態ではないが、放っておけばいいわけでもない。
少し伸びた草を抜き、道具の状態を確かめる。
保存していた食べ物も確認したが、まだしばらくは大丈夫そうだった。
気づけば、村に着いてからは手紙を届けていた時間より、家のことをしている時間の方が長くなっていた。
まあ、久々に帰ってきたんだから仕方ない。
◇
夜になると、やっぱりアルネよりずっと静かだった。
家の中で横になっていると、その違いがよく分かる。
町では遅くまで人の声がする。
馬車が通ることもあるし、近くの部屋から物音が聞こえることもある。
ここにはそれがない。
だから静かだと思っていた。
でも、意識して聞いてみると何も聞こえないわけではなかった。
外では虫が鳴いているし、風が吹けば木の葉が擦れる。
時々、家のどこかが小さく軋む。
かなり遠くから、動物らしい声も聞こえた。
今までも全部鳴っていたはずだ。
俺が一つずつ気にしていなかっただけで。
昼間の林を思い出す。
鳥が少なかったこと。小さな動物の音が減っていたこと。
その奥で、何かが草を動かしていたこと。
「俺、こういうのを聞いてたのか」
危険そのものが聞こえるわけじゃない。
魔物だから特別な音がするわけでもない。
普段聞こえているものと少し違う。
たぶん俺は、それを嫌だと感じて避けていた。
そこまで考えてから、天井を見る。
「……たぶんだけど」
まだ決めつけるには早い。
明日、アルネへ戻る時も少し意識してみよう。
そう思って目を閉じた。
久しぶりの自分の家は、今日も町より静かだった。




