第30話:遭わない
手紙を届ける仕事は、その後も何度か受けた。
毎日あるわけではない。
掲示板に別の仕事しかなければそちらを受けるし、ダンさんのところから声がかかれば木工所へ行く。
それでも、手紙を何通かまとめて届ける依頼が出ていれば、進んで受けるようにしていた。
荷物は軽いし、行き先を間違えなければいい。
何より、知らない道を歩くのが思っていたより嫌いではなかった。
「今日は五通あります」
ある朝、セラが手紙をまとめながら言った。
「増えましたね」
「届け先は四か所です。同じ家に二通ありますから」
地図を見せてもらう。
もう何度か通った方向だった。
「ここから回って、最後がこれでいいですか?」
「はい。それが早いと思います」
最初の頃は一か所ずつ道を教えてもらっていたが、最近は地図を見れば大体の順番を考えられるようになってきた。
手紙を鞄へしまい、町を出る。
◇
二か所目を出てしばらく歩いたところで、道が二つに分かれた。
どちらからでも次の家には行けるが、右へ行く方が少し近い。
そのまま右へ進もうとして、足を止めた。
林の奥から、何かが擦れるような音がした。
風で枝が揺れた音とは少し違う。
しばらく聞いていると、今度は低い音が一度だけ混じった。
何か重いものが地面を踏んだような音。少し間が空いて、また枝が擦れる。
近づいてきている感じはしない。むしろ林の奥を横へ移動しているようにも聞こえる。
何なのかは分からなかった。
鹿かもしれないし、もっと大きな動物かもしれない。
ただ今回は何かがいるというのがはっきりわかる。
「……こっちはやめとくか」
万が一魔物だった場合に困る。引き返して逃げるしかなくなる。
そう思って左の道へ進む。少し遠回りになるだけだ。
わざわざ近い方へ行って、何だったのかを確かめる理由もない。
その後は何事もなく、三か所目と最後の家まで手紙を届けた。
結局、林の奥にいたものの正体は分からなかった。
◇
昼を過ぎてギルドへ戻る。
「お帰りなさい」
「全部届けました」
いつものように報告し、返事として預かった紙を一通渡す。
セラが届け先を確認する。
「今日は予定より少し早いですね」
「近いところばかりだったので」
「この辺りの道にも慣れてきました?」
「前よりは」
地図を見ながら歩くことにも慣れてきた。
遠回りすることはあるが、迷って大きく時間を取られることは今のところない。
報酬を受け取っていると、後ろから声がした。
「また普通に帰ってきたのか?」
振り返ると少し前に採取の途中で魔物に遭い、帰りが遅くなっていた冒険者の一人だった。
今日は大きな袋を持っていない。
「普通に?」
「今日も手紙届けてきたんだろ?」
「はい」
男が少し嫌そうな顔をする。
「俺なんてこの前、また外で足止め食ったぞ」
「また魔物ですか?」
「今度は見ちゃいねえ。先にいた奴が逃げてきて、でかいのが道の近くにいるって言うから待ってた」
「それは嫌ですね」
「嫌だよ。半日潰れた」
男はそう言ってから、俺の鞄を見る。
「お前、町の外に出る仕事結構やってるよな?」
「最近は手紙を届ける仕事で出ることが多いです」
「魔物には?」
少し考える。
商隊の時には遭遇した。
でも、一人で町の外へ出ている時は。
「遭ってないですね」
「だろ?」
なぜか男の方が納得している。
「俺なんか採取に出ると、何回かに一回は面倒な目に遭うぞ」
「そんなにですか?」
「毎回じゃねえけどな」
前に聞いた時も、魔物に遭って迂回していた。
あれだけではなかったらしい。
「なんでお前は会わねえんだ?」
「運がいいんじゃないですかね?」
そう答えると、男は納得していなそうな顔で言った。
「俺にもその運分けてくれよ」
「分けられるものなら」
「じゃあ半分」
「あ、でも減るなら嫌です」
男が笑った。
「そりゃそうだ」
そこで話は終わった。
◇
受付の奥にいたギルドマスターが、こちらを見る。
どうやら今の話を聞いていたらしい。
「ライアス」
「はい」
手招きされたので近づく。
「お前、最近外の仕事どのくらいやってる?」
「どのくらい……」
手紙の配達だけでも何度か。
それ以前にも採取へ出たことはあるし、商隊にも同行した。
「結構やってると思います」
「だよな」
ギルドマスターが腕を組む。
「魔物に遭ったのは?」
「商隊の時です」
「それ以外は?」
考える。
採取の時、森の奥へ行くのをやめたことはあった。手紙を届ける途中でも何度か道を変えている。
ただ、実際に魔物を見たわけではない。
「遭ってないですね」
「妙に遭わねえな、お前」
さっきも似たようなことを言われた。
二人に続けて言われると、少し気になる。
「そんなに違います?」
「外に出りゃ必ず会うってもんじゃねえよ。ただ、お前そこそこ出てる割には少ない。というかほぼないだろ」
セラも会話を聞いている。
「そういえば、予定より大きく遅れて帰ってきたこともありませんね」
「道は変えてますけど」
ギルドマスターがこちらを見る。
「変えてる?」
「たまに」
「なんでだ?」
聞かれて、少し困った。
「……なんとなく嫌だから?」
「何が?」
「それが分からないんですよ」
鳥の鳴き方がおかしい時もある。急に静かになることもあるし、今日みたいに何かが林の奥を動いている音が聞こえることもある。
前には枝の折れる音だけが妙に気になった。ただ、毎回同じではない。
「何か聞こえる時もあります。でも、それが魔物なのかは分からないです」
「それでも道を変えるのか?」
「近道しなくても着くなら、わざわざ嫌な感じがする方へ行かなくてもいいかなと」
ギルドマスターは少し黙った。
「《聴力強化》で魔物が分かるのか?」
「分からないです」
そこはすぐ答えられた。
「魔物だったか確認したこともほとんどないので」
「まあ、そうだよな」
ギルドマスターは腕を組んだまま少し考えたが、それ以上は聞かなかった。
「避けられるなら避けとけ。わざわざ確かめに行く必要はねえ」
「はい」
それは俺もそう思う。
◇
ギルドを出てから、少しだけ考えた。
採取へ行った時も、気になった方向へ進まなかったことがある。
商隊では、その先に本当に魔物がいた。手紙を届け始めてからも、何度か道を変えた。
そういえば、一人で町の外へ出ている時に魔物を見たことはない。
今まで一つずつなら気にしていなかったが、並べてみると少し変な気もする。
嫌な方へ行かなかったから避けられたのか。ただ運がよかったのか。
聞こえたものを気にして道を変えた結果、そうなっているのかもしれない。
気にはなるものの、考えても分からない。
歩く途中で肉を焼く匂いがして、考えていたことはそっちへ持っていかれた。
「今日はこっちにしよう」
結局、俺の運がいいのかどうかは分からない。
ただ、美味い飯屋を見つける運は悪くなさそうだった。




