第29話:手紙を届ける
D級になった翌日、ギルドへ行くとセラから声をかけられた。
「あ、ライアスさん、おはようございます。いきなりですが、この依頼どうですか?」
昨日とは違い、冒険者証を出せとは言われなかった。
受付へ行くと、セラの前に何通かの手紙が置かれている。
「おはようございます。手紙ですか?」
「はい。これを届けてもらう仕事です」
少し前に、ギルドへ手紙を持ってきた男を見たことを思い出す。あの時は東の農場まで一通届ける仕事だった。
「前に見たのは一通でしたが、今度は多いですね」
「はい。今日は四通あります」
全部、アルネの町の外へ届けるらしい。
一通目は街道沿いの農家。そこから少し離れたところにある作業場へ一通。その先の小さな集落に二通。
セラが地図を広げ、順番に場所を教えてくれた。
「全部近いんですか?」
「歩いて回れます。ただ、順番を間違えるとかなり遠回りになりますね」
地図を見ながら考える。これは確かに、順番を考えた方がよさそうだった。
「これ、D級の仕事なんですか?」
「一通届けるだけならE級でもお願いすることはありますよ。今回は複数ありますから」
セラが四通の手紙をまとめる。
「無くさないこと。宛先を間違えないこと。それと、もし返事があれば持ち帰ってください」
「返事も?」
「なければないで大丈夫です。相手に確認してください」
渡せば終わりかと思っていたが、その他にもやることがある。
魔物と遭遇することもあるからD級以上というわけではなく、D級以上なら四通まとめて預けられる信用がある、ということなのだろう。
「やります」
「ではお願いします」
手紙を受け取り、鞄の中へ入れる。
濡れたり折れたりしないよう、他の荷物とは少し分けた。
その時、何かが引っかかった。
何通もの手紙を持って、家から家へ届けていく。
前にも、こういう仕事をする人がいた気がするが、すぐには名前が出てこなかった。
ギルドを出て歩き始めてから、ようやく思い出す。
郵便屋。
……だったか。
たしか手紙や荷物を決まった場所まで運んでくれる人がいた。
こっちでは、こういうのも冒険者の仕事になるらしい。
もっとも、俺が今日やるのは四通だけだ。
◇
町を出て、最初の農家へ向かった。
道はセラに教えてもらった通りで、迷うこともなかった。
畑の脇にある家で名前を確認し、一通目を渡す。
「ギルドからです」
「ああ、ありがとう」
それだけで終わった。
次の作業場でも同じだった。
受け取る相手を確認して、手紙を渡す。
二通減った。思っていたより簡単だ。
問題は、この先だった。
次の集落までは街道をそのまま進んでも行けるが、途中から林の中を通る細い道へ入れば少し近いと聞いている。
分かれ道まで来て、足を止めた。
林の方を見る。
何かがいる音が聞こえたわけではないし、鳥も普通に鳴いている。
ただ、少し気になった。
商隊の仕事で森へ入る前に感じたものほど強くはない。少し前にギルドで見た採取帰りの冒険者のことを思い出したせいかもしれない。
耳を澄ませてみる。
遠くで枝が鳴った。それだけだった。それでも何かが引っかかった。
「……今日はこっちじゃないな」
近道をやめ、街道をそのまま進むことにした。
少し遠回りになるが、急ぎの手紙ではないし、時間にはまだ余裕がある。
何かあるよりは、そっちの方がいい。
◇
昼を少し過ぎた頃、小さな集落へ着いた。
村とも呼べない、数軒の家と畑がまとまっているだけの本当に小さな集落だ。
三通目はすぐに届けられた。
最後の一通の宛先を聞くと、集落の端にある家を教えてもらう。
戸を叩くと、年配の男が出てきた。
「アルネのギルドからです」
名前を確認して手紙を渡すと、男は封を見てから頷いた。
「ちょっと待っててくれ」
「返事あります?」
「たぶんな」
中へ戻っていったので、家の前で待つ。
しばらくして紙を一枚持って戻ってきた。
最初の手紙より小さく折られている。
「これ頼む」
「分かりました」
受け取って鞄へ入れる。
これで届ける分は全部終わった。
帰る前に水を飲ませてもらい、少し休ませてもらう。
その時、男が俺の来た方を見た。
「林の道から来たのか?」
「いや、街道を回ってきました」
「そっちか。ならよかったな」
「何かあるんですか?」
「朝から林の奥で獣が騒いでた。何かいたのかもしれん」
「魔物ですか?」
「さあな。見たわけじゃねえ」
男はそれ以上気にした様子もなく、畑の方へ歩いていった。
俺も林の方を見る。
あの道を使っていても、何もなかったかもしれない。
そもそも俺が気にしたことと、獣が騒いでいたことに関係があるのかも分からない。
「そうなんですか」
結局、それしか言えなかった。
帰りも街道を使った。
◇
ギルドへ戻り、預かった返事をセラへ渡す。
「全部届けられました?」
「はい。これが返事です」
「ありがとうございます」
手紙の数と届け先を一つずつ確認して、仕事は終わった。
「こういう仕事、またあります?」
聞くと、セラが顔を上げる。
「ありますよ。毎日ではないですけど」
「仕事なのに変かもしれませんが、結構楽しかったです」
「歩くのは平気なんですね」
「村からここまで来るより近いので」
それに、荷物も軽い。
どこへ何を届けるのかさえ間違えなければ、俺には合っているかもしれない。
報酬を受け取って、途中で飯を買い宿へ戻った。
◇
次の日。
ギルドへ行くと、またセラが手紙を出してきた。
「またあるかは聞きましたが、今日もあるんですね」
「昨日聞かれたので、頼みやすいんです。嫌がる人もいるので」
今日は三通だった。
「昨日より少ないですね」
「届け先は昨日より少し離れてますよ」
地図を見せてもらう。
昨日とは別の方向だが、三か所とも大きく離れてはいない。
今度は説明を聞きながら、自分で回る順番を考えた。
「ここから行って、次にこっち。ここが最後でいいですか?」
「それが一番近いと思います」
昨日より準備は早く終わった。
手紙を受け取り鞄へ入れ、町を出る。
◇
二通目を届けたあと、最後の家へ向かう途中だった。
前方の林から、鳥が一斉に飛び立つ音がした。
かなりの数だったので思わず足を止める。
しばらく待つ。
鳥の声が減り、さきほどより林の中が静かになった。
何かがこちらへ来る音は聞こえないが、それでも、すぐに進む気にはならなかった。
道は一本ではない。少し戻れば畑の間を通る道がある。
昨日に続いて遠回りになるが、そちらへ行くことにした。
魔物を見たわけでもないし、遠吠えが聞こえたわけでもない。
ただ気になって道を変えただけだ。
結局、何も起こらなかった。
最後の家へ着いたのは、予定していたよりも少し遅くなったが、それでも日が高いうちには手紙を渡せた。
◇
ギルドへ戻る。
「お帰りなさい」
「全部届けました」
セラに報告すると、今日も届け先を確認していく。
「二日とも問題なく終わって良かったです」
「近場に届けるだけなので」
「それでも何があるかわかりませんから」
報酬を受け取る。
昨日より少し遠くまで歩いた分、腹も減っていた。
二日続けて手紙を届けて、二日とも途中で道を変えた。
変えて正解だったのかはわからない。魔物ではなく動物だったかもしれない。
というより、何かがいたのかどうかもわからない。
それでも手紙は全部届けられたし、予定より大きく遅れることもなかった。
「この仕事、結構いいかもな」
またあれば受けよう。
そう思いながらギルドを出た。




