第28話:D級
次の日も、いつものようにギルドへ向かった。
昨日は結局一つも仕事をしなかったので、今日は何か受けるつもりだ。掲示板へ向かおうとしたところで、セラに呼び止められた。
「ライアスさん、その前に冒険者証をお願いします」
「何かしました?」
「してません」
即答されたので、余計にわからない。
「じゃあ、なんで?」
「いいから貸してください」
微笑みながら言うセラに従い冒険者証を渡すと、受付の奥から何枚か書類を持ってきた。
「昨日のうちに決まってたんですけど、ライアスさん帰っちゃいましたから」
「昨日言ってくれればよかったのに」
「せっかく仕事をしないって決めた日に、わざわざ呼び止めるほど急ぎでもなかったので」
それもそうか。
何の話なのかわからないまま待っていると、近くにいたギルドマスターもこちらへ来た。
「上げるぞ」
「何をですか?」
「ランクだ」
一瞬、意味がわからなかった。
「……俺の?」
「他に誰がいる」
セラが少し笑う。
「今日からD級です」
どうやら聞き間違いではないらしい。
「試験とかないんですか?」
「もう終わってますよ」
「いつ?」
「今までです」
余計にわからなくなった俺に、セラが持っていた書類を見せる。
「荷運び、倉庫の仕事、採取、見張り、棚卸し、配送。木工所のお手伝いも何度かやってますね」
「やりましたね」
自分ではその日その日で仕事を探していただけだったが、こうして並べられるとそれなりの数になっていた。
「商隊の同行もありますし、同じ依頼先からもう一度来てほしいと言われたこともあります。この前はちゃんと名前を指定した依頼もありました」
ダンさんのところだ。
ギルドマスターが腕を組む。
「任せた仕事を終わらせる。途中で投げねえ。依頼先とも揉めねえ。それができてりゃ、いつまでもEに置いとく必要はない」
「でも俺、魔物倒してませんけど」
商隊で魔物には遭遇したが、倒したのは《緑の風》の四人だ。
ギルドマスターが眉を上げる。
「だから何だ?」
「ランクが上がるなら、そういうのも必要なのかなって」
「討伐の腕だけで決めてるわけじゃねえよ」
昨日、採取帰りの冒険者が魔物から逃げてきたことを思い出す。あの二人も、逃げたことを問題にはされていなかった。
セラが冒険者証を手元に置きながら続ける。
「D級になると、今までより少し任せられる仕事が増えます。少し遠い場所だったり、預かる物が多かったり、依頼先を何か所か回ったりですね」
「危ない仕事が増えるわけじゃないんですね」
「討伐依頼も受けられるようになりますけど、受けなきゃいけないわけではありませんよ」
「よかったです」
「そこは安心するんですね」
「急に剣を渡されても困るので」
ギルドマスターが鼻で笑った。
「誰も渡さねえよ」
それなら本当に、今までの仕事が試験みたいなものだったらしい。
「でも、いつ見られてたんです?」
「毎回の依頼記録です」
「ずっと?」
「仕事を終えたら記録が残るでしょう?」
「そういう意味ですか」
何となく、後ろからずっと見張られていたとかそういう話かと思った。少し違ったらしい。
◇
手続きが終わるのを待っていると、近くにいた冒険者がこちらを見た。見覚えはあるが、話したことはない。
「昇格したのか?」
「みたいです」
「おお。それはおめでとう」
「ありがとうございます」
それだけ言うと、男は仲間のところへ戻っていった。
少し離れたところでも、別の二人がこちらを見ている。
「誰だ?」
「前にギルドマスターから仕事振られてた奴じゃなかったか?」
「ああ、耳がいいっていう」
俺のことらしい。
「戦う奴だっけ?」
「いや、《聴力強化》だから違うだろ」
「ああ、じゃあそっちか」
そっちが何なのかはわからないが、名前まで知っているわけでもなさそうだ。少し見覚えがある程度なのだろう。
しばらくすると、セラから冒険者証を返された。
「はい。これでD級です」
受け取って見ても、昨日まで持っていたものと大きく変わったようには見えない。
「何か変わった感じはしないですね」
「急に何か変わるものでもないですから」
「耳も今までと同じです」
「そこはランクと関係ありません」
「ですよね」
剣が使えるようになったわけでも、足が速くなったわけでもない。《聴力強化》だって昨日までと同じだ。
変わったのは、ギルドが俺に任せてもいいと思う仕事が少し増えたことくらい。
冒険者証をしまい、今度こそ掲示板へ向かった。
今までもD級の依頼を受けることはできた。
ただ、昨日までは自分より一つ上の仕事だった。
今日からは、それが自分のランクになるらしい。
少しだけ、見え方が変わった。
◇
D級の依頼を眺めていると、討伐の仕事もいくつか混じっていた。
受けるつもりはない。ただ、前より目に入るようになったせいか、少し気になった。
魔物と戦うなら、当然武器がいる。もしかしたら素手で戦う人もいるのかもしれないが。
真っ先に浮かんだのは剣だった。ガイルが使っていたからかもしれない。
でも考えてみれば、デインは短槍と盾だったし、フェンは短剣と小さいクロスボウ。エルナは杖を持っていた。
全員が剣だったわけではない。
「セラさん」
「はい?」
受付へ戻る。
「武器って、何を使うべきですか?」
「難しい質問ですね」
「もし俺が使うとしたら、です」
「それは私には決められません。体格もありますし、どういう仕事で使うかにもよります」
「剣が普通ってわけじゃない?」
「剣を使う人は多いですけど、それが全員に合うわけではないですね」
そういうものらしい。
少し考えて、もう一つ聞いた。
「使い方って、どうやって覚えるんです?」
「習いたいなら、ギルドで教えられる人を紹介できますよ。初心向けの稽古に参加してる人もいます」
「なるほど。そういうのがあるんですね」
「武器だけ買って、使い方は知りませんでは困りますから」
それはそうだ。
今のところ戦うつもりはない。ただ、どんな武器があるのかくらいは見てみたくなった。
掲示板には急いで受けたい仕事もなかったので、そのままギルドを出た。
◇
前に手袋を買った装備屋へ行く。
店の中には防具だけでなく、武器もいくつか並んでいた。前に来た時は防具ばかり見ていたし、武器を持つ気はなかったのでほとんど気にしていなかった。
見回してみると、剣や槍、斧。棍棒もあるし、弓やクロスボウも置かれている。
並べて見ると、思っていたより種類が多い。
店員が俺に気づいた。
「今日は何だ。手袋壊したのか?」
「まだ大丈夫です」
「じゃあ何しに来た」
「武器を見に」
店員の目が少し変わる。
「買うのか?」
「見るだけです」
「なんだよ。見るだけかよ」
前にも似たようなことを言われた気がする。
並んでいる武器をあらためて見る。
剣は腰に下げられるくらいのものから、両手で持つような大きいものまである。槍はもっと長く、斧は見るからに重そうだった。
「初心者なら剣がいいんですか?」
店員が首を振る。
「そんなことはねえよ」
「そうなんですか?」
「持ち歩きやすいから剣使う奴は多いが、そいつに合うかどうかは別だ。力がある奴とない奴でも違うし、近づきたくねえなら長い武器の方がいいこともある」
なるほど。
「じゃあ、買う前に決めないと駄目ですね」
「当たり前だ」
「どうやって?」
「まず習え」
セラと同じことを言われた。
「ギルドで聞けば、教えられる奴くらい紹介してくれるだろ。いくつか触ってから決めりゃいい」
「ここで試せないんですか?」
「振り回すなよ」
「振り回しません」
重さを見るくらいならいいと言われたので、近くにあった剣を一本持たせてもらう。
思ったより重かった。
持てないほどではない。ただ、これを振って魔物と戦えと言われても、今の俺には無理だと思う。
元の場所へ戻す。
「どうだ?」
「思っていたより重いです」
「そうだろうな」
店員は笑っている。
別の武器も少し見たが、今日はそれ以上触らなかった。どれが自分に合うのか、見ただけでは全然わからない。
「今日は買わないのか?」
「まだ使えないので」
「そりゃそうだ」
あっさり言われた。
見せてもらったお礼をして店を出る。
D級にはなったし、受けられる仕事も増えた。でも、武器は増えなかった。
自分が武器を持って戦う姿は、まだ想像できない。
そもそも、武器のことを考える日が来るとは思っていなかった。
「必要になるのかな……」
とりあえずは、もう少し考えてから決めることにした。




