第27話:仕事のない日
朝、ギルドへ行って掲示板を見る。
昨日は着いてすぐにセラに呼び止められたが、今日は何もなかった。
依頼票を上から順に見ていく。
採取依頼がいくつかあるが、それ以外は討伐系や数日かかるような荷運びの仕事、護衛の依頼。
いつもならE級の俺でも受けられそうなものがもう少しあるのだが、今日は少なかった。
「うーん」
何度見たって増えるわけではない。
受付へ行く。
「セラさん、他に何か仕事ありませんか?」
「貼ってあるだけです。今日は少ないですね」
セラも掲示板を見る。
「朝一番で結構持っていかれたんですよ。もう少し早ければ何かあったんですけど」
「遅かったですか」
「そんなことないですよ。今日はたまたまです」
それなら仕方ない。
追加で依頼が来ることもあるらしいので、しばらくギルドにいることにした。
◇
壁際の空いている椅子に座って時間を潰す。そういえばこうして過ごすのは初めてだ。
ギルド内を見回したり、他の冒険者の会話を聞いたりしていると入口が開いた。
もうすぐ昼になるという頃、男が二人入ってくる。
どちらも冒険者らしく、背負っている袋から草がはみ出していた。服の裾と靴には泥がついている。
一人が袋を受付の脇の台に置き、大きく息を吐いた。
セラが顔を上げる。
「お帰りなさい。遅かったですね。何かありましたか?」
「途中で魔物と遭遇した」
男が嫌そうな顔で答えた。
「怪我はありませんか?」
「怪我はない。逃げてきたからな」
「それならよかったです」
セラは普通に頷いた。
「どの辺りでした?」
場所を聞かれた男が、採取に使ったらしい道を説明する。
もう一人が横から口を挟んだ。
「見つけてすぐ引き返したんだけどな。しばらく待っても動かねえから、結局ぐるっと回った」
「採取場所まで行けました?」
「一応な。ただ時間が足りなくて、予定より少ねえ」
そう言って、持ち帰った袋を見る。
怒られるような話なのかと思ったが、セラは採ってきたものを確認しながら言った。
「無理しなくて正解です。採取依頼で戦う必要はありませんから」
「こっちは薬草採りだからな。わざわざ魔物とやり合うかよ」
男も当然のように答えた。
前にガイルたちから聞いた話を思い出す。
戦う仕事を多く受ける冒険者もいれば、そうではない冒険者もいる。
こういうことなのだろう。
二人は採取したものを渡し、報酬の話を始めた。
魔物に会ったこと自体は、それ以上大きな話にはならなかった。
ただ、床に置かれた袋は思っていたより軽そうだった。
怪我はないし、魔物も倒していない。
それでも、避けるために時間がかかって、持ち帰れるはずだった薬草も減った。
町の外で魔物に会うというのは、戦うかどうかだけの話でもないらしい。
二人は報酬を受け取ると、そのままギルドを出ていった。
泥のついた足跡が入口の近くに少し残った。
◇
その後も掲示板に新しい依頼は増えなかった。
そろそろどうしようかと思っていると、今度は冒険者ではない男が入ってきた。
手には紙を一通持っている。
受付へ行き、セラに差し出した。
「これを東の農場まで届けてほしいんだけど」
「どちらの農場ですか?」
男が名前を言う。
俺にはわからない場所だった。
セラは宛先を確認してから、紙に何かを書き込んでいく。
「今日中でなくても大丈夫ですか?」
「ああ。明日までに届けばいい」
「返事は必要ですか?」
「いや。渡してくれればいい」
それで話は終わった。
男が帰ったあと、セラが依頼票を一枚作って掲示板へ持っていく。
少し気になったので後ろからついていった。
「手紙だけでも仕事になるんですか?」
「なりますよ」
「これを届けるだけ?」
「今回はそうですね」
掲示板に貼られた依頼票を見る。
目的地はそれほど遠くないらしく、報酬は高くない。
「こういうの、よくあるんですか?」
「あります。近い場所ならギルドへ持ってくる人もいますし、その方面へ行く商人に頼むこともあります」
手紙一通でも仕事になるのか。
今まで掲示板で見たことがあったのかもしれないが、気にしていなかった。
「専門の人が運んでいるわけではないんですね」
「専門の人?」
「手紙や荷物の配達だけをする人です」
「うーん。そういう冒険者はいないですね」
「ライアスさん、これ受けます?」
依頼票をもう一度見る。
農場の名前だけでは場所がわからない。
「今日はやめときます」
「初めて行くなら場所の説明はしますよ?」
「いや、それもあるんですけど」
朝から働くつもりで来ていたが、もう昼だ。
今から知らない場所まで手紙一通を届けに行く。
やれない仕事ではなさそうだが、無理に受けるほどでもない気がした。
俺が離れて少しすると、別の冒険者が依頼票を取って受付に行った。
普通に人気のある仕事らしい。
◇
結局、今日やりたいと思う仕事は出なかった。
掲示板の前に立ったまま、少し考える。
働かなければ金は増えない。宿に泊まれば減るし、飯を食っても減る。
町へ来たばかりの頃なら、それだけでかなり気になったと思う。
今も減るのは嫌だ。
嫌ではあるが、昨日も働いたし、その前には商隊の仕事もした。
財布の中身を思い出す。
「……今日はいいか」
無理に仕事を探すのをやめた。
そう決めたので、暇な時間ができた。
まず何を食べようかなと考えながらギルドを出ようとして、ふと受付の前で足を止める。
「セラさん」
「はい?」
「……どこか美味しいお店って知ってます?」
少し考えてから聞いた。
「突然どうしたんですか?」
「時間があるので別のところにも行ってみようかなと」
セラが少し驚いたような顔をした。
「意外ですね」
「意外?」
「ライアスさん、同じところに通うタイプに見えるので」
否定はできない。
「あ、でも安いところですよ」
そこは大事だ。
「うーん……安いところなら、南の通りに小さい食堂があります。煮込みが美味しいと評判です」
詳しく場所を教えてもらう。
今日は仕事をしない。
せっかくなので、昼飯くらいはいつもと違うところへ行ってみることにした。
◇
セラに教えてもらった店は、本当に小さかった。
中に入ると席はそれほど多くなく、昼時だからか半分くらい埋まっている。
空いている席に座ると、店の主人らしい男が近づいてきた。
「初めてか?」
「はい。ギルドで教えてもらいました」
「セラの嬢ちゃんか? ありがたいこった」
「そうですね。おすすめされました」
「なら煮込みでいいか? 初めての客には勧めてる。今日は肉と豆だ」
値段を聞く。
いつもの飯より少しだけ高い。
一瞬考えた。
「それください」
聞いたらパンもついての値段らしい。
しばらくして出てきた煮込みは、豆が多くて思ったより腹にたまりそうだった。
まずは一口食べる。
「……美味しい」
思ったより大きな声が出た。
店主にも聞こえたのか、離れたところで笑った。
「そりゃよかった」
それ以上話すこともなく、俺はそのまま食べた。
肉は少なめだったが、その分豆が多い。
パンを煮込みにつけると、それもまた美味かった。
他にも色々メニューがあるようで、この分だと期待できそうだ。
また来てもいいかもしれない。
◇
食べ終わって店を出る。
今日は何も稼いでいない。
昼飯はいつもより少しだけ高かったし、このあと宿へ戻れば泊まる分の金もかかる。
当然、財布の中身は朝より減る。
それでも、すぐに何か仕事を探し直そうとは思わなかった。
今日はいい仕事がなかった。それだけだ。
代わりに美味い飯が食える店を一つ知った。
十分な収穫があった一日だ。




