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地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


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第25話:一つだけ

ヴァレン商会へ着くと、昨日空になった二台の馬車には、もう帰りの荷が積まれ始めていた。


布をまとめたものや金属製品、それに塩の入った袋。昨日アルネから運んできた木箱や革とは、ずいぶん中身が違う。


「行きと全然違いますね」


荷台を見ながら言うと、近くにいたヘルムが頷いた。


「アルネで売る物だからな。昨日持ってきた物をそのまま持ち帰ったら、何しに来たのか分からん」


「それもそうですね」


ベルドまで運んで終わりではなく、帰りにも売る物を積む。


考えてみれば当たり前なのだが、商会の仕事をしたことがない俺には、こうして見るまでよく分かっていなかった。


準備が終わり、昨日と同じ顔ぶれでベルドを出た。


◇


町を出てしばらくすると、馬車から聞こえる音が昨日とは少し違うことに気づいた。


車輪や馬具は同じでも、荷台が揺れた時の音が違う。昨日は木箱がぶつかる音がよく聞こえていたが、今日はそれが少ない代わりに、時々金属同士が触れる硬い音が混じっている。


「何か変ですか?」


近くを歩いていたエルナに聞かれた。


「いや、荷物が変わると音も変わるんだなと思って」


「あ、なるほど」


エルナも馬車を見る。


「私は、あまり気にしたことなかったです」


「俺も昨日まで気にしたことなかったです」


そもそも、馬車でこんなに長く移動したのが初めてだ。


行きは馬車そのものがうるさくて仕方なかったのに、今はその音の中でも、ずっと鳴っているものと違うものくらいなら分かる。


少しは慣れたということだろうか。


そこへ、先を見ていたフェンが戻ってきた。


「この先も問題なしっす」


ガイルへ報告してから、そのまま俺の近くを歩く。


「今日はまだ嫌な感じしないっすか?」


「今のところは」


「そのままでお願いします」


「俺に言われても」


「昨日あれがあった後なんで、今日は平和に帰りたいんすよ」


それには俺も同意した。


◇


昼前、街道の左側へ林が近づいたところで、草の中で何かが動く音が聞こえた。


昨日のことがあったので、自然とそちらへ意識が向く。


足音らしいものもある。


ただ、昨日聞いた音とは違う気がした。こちらへ速く近づいてくる様子もないし、周りでは鳥も普通に鳴いている。


それでも仕事なので伝える。


「ガイルさん。左に何かいます」


ガイルが林を見る。


「近いか?」


「近いです。でも、昨日のとは違うと思います」


「フェン」


「見てきますよ」


今回は言われる前から分かっていたらしい。


フェンが街道を外れて林へ入る。


昨日ほどではないものの、戻ってくるまではやっぱり少し落ち着かなかった。


しばらくして姿を見せたフェンは、特に急いだ様子もない。


「鹿っぽいのが一匹いただけっす。こっちに気づいて逃げました」


「魔物じゃない?」


「普通のやつだと思いますよ」


ガイルも頷いた。


「なら進むぞ」


馬車は止まることもなく、そのまま進んでいく。


「外しましたね」


俺が言うと、フェンが首を傾げた。


「何をっすか?」


「魔物じゃなかったので」


「ライアス、何かいるって言っただけじゃないっすか」


「そうですけど」


「じゃあ合ってるでしょ」


横で聞いていたガイルも口を挟む。


「魔物を当てる仕事じゃないって昨日言っただろ」


また言われた。


「そうでした」


どうも俺は、聞こえたものの正体まで分からないと落ち着かないらしい。


昨日は魔物で、今日は普通の動物だった。


俺に分かったのは、どちらもそこに何かいたというところまでだ。


その後を確かめるのはフェンの仕事。


昨日言われたばかりなのに、もう一度教えられることになった。


◇


その後は魔物が出ることもなく、商隊はアルネへ向かって進んだ。


行きより話をする時間も増えた。


フェンは相変わらず先へ行っては戻ってくるし、デインは時々大きな声で笑っている。エルナは自分から会話へ入ることは少ないが、話しかければ普通に答えてくれる。


一緒に歩き始めた時よりは、誰が何をしているのかも分かるようになっていた。


「ライアス、次もこういう仕事やるんすか?」


戻ってきたフェンが聞く。


「まだ分かりません」


「昨日の件があったのに?」


「だからです」


「ですよねー」


すぐ納得された。


別に二度とやりたくないわけではない。


ただ、次も魔物が出るかもしれないと思うと、喜んで受けますとは言いにくかった。


「また来りゃいい! 今度はもっと慣れる!」


デインが会話を聞いていたらしい。


「慣れる前提なんですか」


「何回かやりゃ慣れる!」


「その何回かが怖いんですけど」


「ガハハハ!」


この人には何を言っても、最後は笑われる気がする。


◇


夕方になる前に、アルネの門が見えてきた。


ベルドを見た後だからか、出発した時より少し小さく見える。道を行き交う人も馬車も少ない。


それなのに門を抜けると、少し落ち着いた。


知っている店があり、知っている道がある。ギルドへ行くにも、もう誰かに場所を聞く必要はない。


まだ町に住んでいると言えるほど長くいるわけではないが、最初に来た頃とは違うらしい。


ヴァレン商会の荷捌き場へ着くと、帰りの荷を下ろす作業が始まった。


昨日と同じように手伝おうとしたところで、ヘルムに止められる。


「今日はいい。もう十分働いた」


「昨日はやったのに」


「昨日はお前が暇だって言ったからやらせただけだ」


「今日も暇ですけど」


「ギルドで報告があるだろ」


「ああ」


忘れていた。


ここで《緑の風》の四人とも別れることになった。


「じゃあな、ライアス!」


デインが手を上げ、そのまま俺の肩へ伸ばしてくる。


思わず少し身構えた。


「なんだ?」


「その手で叩かれるの、ちょっと怖いです」


「魔物よりか!」


「別の怖さです」


「ガハハハ!」


結局、かなり手加減して叩かれた。


フェンも軽く手を上げる。


「また外の仕事で一緒になったらよろしくっす」


「あまり走らない仕事なら」


「それ斥候に言います?」


エルナも少し遅れて頭を下げた。


「あの……昨日、左から来たの、教えてくれて助かりました」


「俺もあそこで食い止めてもらって助かりました」


「私は仕事なので」


「俺も仕事です」


少し間があって、エルナが小さく笑った。


最後にガイルが俺を見る。


「次があるかはギルド次第だが、今回みたいな仕事なら役に立つと思う」


「何がいるか分からなくても?」


「ああ。それでいいって何回言わせるんだ」


「すみません」


さすがに言われすぎた気がする。


《緑の風》と別れ、ギルドへ向かった。


◇


ギルドへ入ると、受付にはセラがいた。


近くにいたギルドマスターも俺に気づく。


まず、借りていた上着と手袋を返す。


セラが受け取り、簡単に状態を確認した。


「破れたりはしてないですね」


「たぶん大丈夫だと思います」


「はい。お疲れさまでした」


それから、セラがこちらを見る。


「お帰りなさい。どうでした?」


聞かれて、少し考えた。


仕事のことを聞かれているのだと思う。


「怖かったです」


セラが一瞬止まる。


ギルドマスターは笑った。


「そうじゃなくてだな」


「でも一番はそれです」


「魔物が出たんですね?」


「出ました」


そこからはちゃんと報告した。


最初に森で何かいるかもしれないと気づいたこと。


その後、本当に魔物が近づいてきたこと。


《緑の風》が戦っている途中で、反対側から来るもう一匹の音が聞こえたこと。


帰りには普通の動物がいて、それも一応知らせたこと。


俺の話を聞き終わると、ギルドマスターは先に届いていた商会側の報告にも目を通した。


「問題なさそうだな」


「役に立ちました?」


「役に立ったから報酬が出る」


分かりやすい。


セラから今回の報酬を受け取り、手の中で確認する。


普段の日雇いを何日か続けた時より明らかに多かった。


「……こんなに?」


「今回は町の外へ出る仕事ですし、ベルドまでの往復ですから」


防具を見に行った時の値段を思い出す。


あの時は、どれか一つ買えば財布がかなり軽くなると思って何も買わなかった。


今なら、何か一つくらい買っても大丈夫そうだ。


◇


ギルドを出たあと、そのまま前に行った装備屋へ向かった。


店へ入ると、以前色々試させてくれた店員が俺を見る。


「お、また来たな」


「今日は買いに来ました」


「ようやくか」


店員がニヤリと笑ったのを見て、何となく負けた気分になる。


革の防具も見たし、厚手の上着や靴も気になった。


それでも今回使ってみて一番分かりやすかったのは手袋だった。


枝や転倒のために借りたものだったが、荷物を運ぶ時にも使いやすかった。


似たような厚手の手袋を手に取る。


「これください」


「一個だけでいいのか?」


「今日は」


店員が少し笑った。


「最初から全部揃えようとすると金がなくなるからな」


「それは困ります」


代金を払い、購入した手袋をつけてみる。


借り物と大きくは変わらない。


でも、これは返さなくていい。


店を出てから財布を確認した。


今回の仕事を受ける前より増えている。


手袋を買ったのに、それでもまだ増えている。


「一品くらい増やしても大丈夫かな……」


宿へ戻る途中で食堂へ入り、いつもの料理を頼む。


それから少し考えて、もう一品追加した。


正直なところ、少し多かった。


でも、やっぱり美味い。


残さず全部食べて、宿に帰った。

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