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地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


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第24話:冒険者の仕事

馬車が再び動き始めても、しばらくはさっきまでと同じようには歩けなかった。


《緑の風》の四人はもうそれぞれの位置へ戻り、何事もなかったように仕事を続けている。


フェンはまた少し先を確認し、ガイルは馬車の近くで周囲を見ながら歩いていた。


俺だけが何度か後ろを振り返った。


倒した魔物の姿はもう見えない。


それでも、盾へぶつかった時の音や、後ろ脚で蹴った時の重い音はまだ妙にはっきり覚えている。


牙を剥いて飛び込んできた姿も、思い出そうとしなくても勝手に浮かんできた。


「なんだ、まだ顔固いぞ」


隣を歩いていたデインに言われた。


「普通に怖かったんですけど」


「そりゃ怖えだろ。ガハハハ!」


笑われるとは思っていたが、言っていることは意外だった。


「デインさんも怖いんですか?」


「怖えよ」


今度は笑わずに即答する。


「でも、戦ってる時は全然そんな感じしなかったです」


「怖いのと動けねえのは別だろ。何度もやってりゃ、怖くても何するかくらいは分かるようになる」


デインはそう言いながら、背負い直した盾を軽く叩いた。


「怖くなきゃこんな重いもん持って前に立たねえよ。噛まれりゃ痛えし、蹴られりゃもっと痛えからな!」


さっき何度か肩を回していたのを思い出す。


「あれ、やっぱり痛かったんじゃないですか」


「痛くねえとは言ってない!」


また大きく笑った。


どうやら怖くなくなったから戦えるわけではないらしい。怖くても、その時に何をするのか知っている。


それが、さっき俺が見たものなのかもしれない。


少ししてガイルがこちらへ来た。


「何か聞こえたか?」


「今は大丈夫です」


「ならいい」


それだけ確認して前へ戻ろうとしたので、さっきから少し引っかかっていたことを聞いてみた。


「俺、ほとんど何もしてませんでしたね」


ガイルが振り返る。


「左から来た一匹を知らせただろ」


「それだけです」


「あれをやる仕事だろ」


あっさり言われた。


自分で戦わなくていいとは最初から聞いている。それでも、四人が魔物を相手にしている間、俺は馬車の近くに立っていた。


それで同じ冒険者なのかと思ってしまったらしい。


「でも、冒険者なのに戦わなくていいんですか?」


今度はガイルの方が少し不思議そうな顔をした。


「お前、冒険者になってから何してた?」


「え?」


「今まで受けた仕事だよ」


思い返してみる。


倉庫を掃除して、町の外で採取をして、夜の見張りもやった。棚卸しに荷運び、配送、それから木工の工房では木箱まで叩いた。


数えてみれば、それなりに色々やっている。


「……ほとんど戦ってないですね」


「だろ」


横からデインも口を挟んだ。


「俺たちみたいなのが目立つだけだ! 魔物を倒したとか、危ねえ道を抜けたとか、そういう話の方が酒飲みながら話すには面白えからな!」


「荷運びの話は駄目ですか」


「お前、昨日誰かが荷物十箱運んだ話を聞きたいか?」


少し考えた。


「……別に聞きたくはないです」


「ガハハハ! そういうことだ!」


ガイルによれば、町の中の仕事や採取、運搬を中心にやっている冒険者もかなりいるらしい。《緑の風》は討伐や護衛を多く受ける側なので、戦う機会が多いだけだという。


言われてみれば、ギルドの掲示板に貼られていた仕事の大半は、俺でも受けられそうなものだった。


「じゃあ、俺が今までやってた仕事の方が普通なんですか?」


「数で言えばそっちの方が多いな」


冒険者になったばかりの頃は、もっと特別な仕事をする人間を想像していた気がする。


実際の俺は倉庫を掃除し、荷物を運び、木箱を叩いて金をもらっている。それでも今まで誰にも、それは冒険者の仕事じゃないとは言われなかった。


「冒険者って名前、ちょっと紛らわしくないですか?」


デインがまた笑った。


「今さらか! ガハハハ!」


ちょうど戻ってきたフェンにも聞こえたらしい。


「討伐の方が話として派手っすからね。斥候が一日何往復したとか、誰も興味ないっすよ」


「今日かなり走ってますよね」


「そこは忘れていいっす」


フェンはそのままガイルへ先の様子を伝え、少し水を飲んでからまた歩き出した。


「疲れないんですか?」


「疲れますよ」


「でも、ずっと走ってますよね」


「疲れにくいだけっす。《持久力強化》だからって無限に走れるわけじゃないですから」


そう言われると、当たり前のような気もする。


デインだって盾で受ければ肩にくるし、エルナも魔法を使った後は息を整えていた。


特性があれば何でも平気になるわけではないらしい。


確かに俺の《聴力強化》だって、聞こうとしすぎれば頭が痛くなった。


◇


午後になりしばらく経つと、周りの景色より先に聞こえる音が変わってきた。


遠くから人の声が増え、馬や車輪の音も一つ二つではなくなっている。


俺たち以外にも馬車が走っているらしい。


「ベルド、近いですか?」


ヘルムに聞くと、前を指差した。


「もう見えてるぞ」


馬車の横から覗いてみると、街道の先に町を囲む壁が見えた。


近づくにつれて人も馬車も増えていく。道の幅も広くなり、門の前には何台もの馬車が並んでいた。


村から初めてアルネへ来た時は、ずいぶん大きな町だと思った。そのアルネより、明らかに大きい。


「人、多いな」


思わず口にすると、近くにいたフェンが笑った。


「ベルドと比べるとアルネは小さいっすね。でも俺はあっちくらいの方が好きですけど」


「なんでです?」


「人少なくて歩きやすいんで」


斥候らしい理由なのか、単に人混みが嫌いなだけなのかは分からなかった。


門を抜けてベルドへ入ると、外で聞いていた以上に騒がしい。


店先から呼び込む声が聞こえ、荷を運ぶ人間が行き交い、どこかでは金属を叩いている。


馬車も俺たちの二台だけではなく、通りを見れば何台も走っていた。


アルネを出た時は馬車二台の音だけでも多いと思ったのに、ここでは町全体から音がしている。


「ここで耳澄ましたら大変そうっすね」


フェンが言った。


「やりたくないです」


それにはすぐ答えられた。


◇


ヴァレン商会の建物は門からそれほど遠くなかった。


アルネで見た荷捌き場より広く、馬車が着くと中から何人か出てきて、すぐに荷下ろしが始まった。ヘルムも御者と一緒に積荷を確認している。


俺はひとまず手が空いた。


周りではみんな働いているので、少し待ってみたものの、やっぱり落ち着かない。


「何か運びます?」


近くにいたヘルムへ聞くと、笑われた。


「そこまでお前の契約には入ってないぞ」


「待ってるだけなのも暇なので」


「じゃあ軽いのだけ頼む。勝手に中身は触るなよ」


「分かりました」


結局、少しだけ荷下ろしを手伝うことになった。


そこで、借りていた手袋が思ったより使いやすいことに気づく。木箱を持っても手が滑りにくく、角が当たっても素手ほど気にならない。


装備屋の男が、荷運びにも使えると言っていたのを思い出した。


革の上着はまだ分からないが、手袋は買ってもいいかもしれない。


荷下ろしが終わる頃には日もかなり傾いていた。


帰りの荷を用意するのは明日になるらしく、今日はベルドで一泊するという。


ヘルムに案内された宿へ荷物を置いたあと、近くの食堂へ入った。


席についてから、ようやく一日歩いた疲れが出てきた気がする。


今日は魔物を見たし、目の前で戦うところも見た。それから、知らない町まで来た。


色々あったはずなのに、料理が運ばれてくると、まず腹が減っていたことに気づいた。


一口食べる。


美味い。


仕事の後だからなのか、ベルドの飯だからなのか、それとも単に腹が減っていたからなのか。


昨日までなら少し考えたかもしれないが、今日はもうどうでもよかった。


食べ終わって宿へ戻る頃になっても、ベルドの通りから人の声はまだ聞こえている。


アルネよりずっとうるさい。


部屋へ入って横になってからも外の音はしばらく耳に入ってきたが、こんなにうるさくて眠れるのかと思ったところまでは覚えている。


次に目を開けた時には、もう朝だった。

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