第21話:聞く役
ギルドマスターからの指名依頼。
具体的には何を試したいのかは分からないが、一晩考えた末、受けることにした。
魔物が出るかもしれない町の外へ行くのだから、怖くないわけではない。この前、少し先に本当に魔物がいたと聞いたばかりでもある。
ただ、今回は一人ではないし、戦う人間も別にいる。
俺がやるのは、何か聞こえたら伝えること。
それで普段の日雇いより報酬が多い。
防具を見に行った時の値段も思い出した。今までと同じ仕事を続けていても金は少しずつ残るようになってきたが、何か一つ買おうとすれば簡単になくなる。
だったら、一度くらいやってみてもいい。
いつもより多く稼ぐ機会でもある。
朝、ギルドへ行き、受付の近くにいたギルドマスターへ声をかけた。
「昨日の仕事なんですけど」
「おう」
「やってみます」
「そうか」
反応はそれだけだった。この人はいつもこうだ。こういう人なんだろう。
ギルドマスターがセラに話を通し、正式な依頼として手続きをする。
「ヴァレン商会の定期便です。アルネからベルドへ向かって、荷を入れ替えて戻ってくるところまでですね」
セラが依頼内容を確認しながら説明する。
「アルネ?」
「この町ですけど」
「ああ」
一応聞いたことはある。
ただ、村にいた頃はみんな「町」と呼んでいたし、俺もそれで困ったことがなかった。こうして別の町へ行く話になって、ようやく名前を使って区別する必要が出てきたらしい。
「ベルドは?」
「アルネの隣町です。ここより大きい町ですよ」
今度は素直に知らない名前だった。
ヴァレン商会はベルドを拠点にしていて、周辺の町へ荷を運んでいるらしい。今回もアルネで積んだ品をベルドまで運び、向こうから別の荷を持ち帰る。
出発は二日後。
俺が聞くことになっているのは、馬車の周りや街道沿いで気になった音がないかどうか。それを護衛へ伝えるところまでで、危険かどうかの判断も戦闘も護衛側が行う。
昨日と同じ説明だった。
「貸すものは出発する日に渡しますね」
「上着と手袋ですよね」
「はい。帰ってきたら返してください」
「分かりました」
これで本当に受けることになった。
二日後から、今まで行ったことのない町へ仕事で行くらしい。
そう考えると少し変な感じがしたが、今日は今日で別の仕事をする。
依頼の手続きを終えると、いつものように掲示板へ向かった。
◇
出発日の朝。
ギルドへ寄ると、セラが貸し出し用の上着と手袋を用意してくれていた。
上着は服の上から羽織る厚手のもので、装備屋で試した革の防具ほど重くない。少しごわつくものの、腕を動かすのに困るほどでもなかった。
手袋もつけて、指を何度か曲げてみる。
「どうです?」
「思ってたより普通に動けます」
「防具というより、外仕事用の保護具に近いですから。枝に引っかけたり転んだりした時は、いつもの服よりましだと思います」
「魔物と戦うためのものじゃないですもんね」
「はい。そこはギルドマスターから聞いてますね」
何度も言われた。
俺も戦うつもりはない。
武器は渡されなかった。
使えないものを持たされるより、その方がありがたい。
ヴァレン商会の荷を積んでいる場所を教えてもらい、ギルドを出た。
◇
商会の荷捌き場には、すでに馬車が二台並んでいた。
前に仕事で見た馬車より大きく、それぞれに馬がつながれている。御者らしい男が一人ずつついて、荷台では積荷の位置を確認していた。
木箱に、まとめられた革。袋に入っているのは保存食だろうか。
その横で御者と話していた男が、俺を見る。
「ライアスか?」
「はい」
「ヴァレン商会のヘルムだ。話はギルドから聞いてる」
三十くらいだろうか。
俺よりずっと仕事慣れしているのは、見ているだけでも分かる。御者へ指示を出しながら、積荷にも目を配っていた。
「戦闘要員じゃなくて、周りの音を見る……じゃないな。聞く役だったか」
「俺もまだどういう仕事なのか、少し分かってないです」
「ギルドも試したいって話だったからな。何かあれば護衛に伝えてくれればいい。何もなければ、それが一番だ」
ずいぶん話が早かった。
「俺が役に立たなくても大丈夫ですか?」
「そのために本職の護衛がいる」
ヘルムが馬車の向こうを見る。
四人組がいた。
あれが護衛のメンバーらしい。
剣を腰に下げた男が一人、短剣のほかに小さなクロスボウを持った男が一人。杖を持った女性と、盾に短槍を持った大柄な男。
俺が近づくと、剣を持った男がこちらを向いた。
「ライアスだな。話は聞いてる。俺はガイル」
落ち着いた声だった。
「このパーティー、《緑の風》のリーダーだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
その横の男が軽く手を上げる。
「フェンっす。斥候やってます」
「あ、エルナです。よろしくお願いします」
杖を持った女が少し遅れて頭を下げた。
最後の大柄な男は、俺の借り物の上着を見て笑った。
「デインだ! ガハハハ! ずいぶん軽装なのが増えたと思ったら、護衛じゃねえんだってな!」
「違います」
「聞いてる! 耳がいいんだろ!」
かなり声が大きい。
この人の場所だけは見失わない気がする。
一通り挨拶が終わると、ガイルが仕事の話に戻した。
「ギルドから聞いてる内容で合ってるなら、お前は何か気になる音があった時に俺たちへ知らせる。それだけでいい」
「はい」
「ただし、自分で確かめに行かないでくれ。危険かどうかを判断するのはこっちでやる」
この前の採取では、気になる方へ行かなかった。
逆に言えば、もし気になって確認しようと思えば一人で動くこともできた。
今回も自分で動かない方がいいらしい。
「何か聞こえたら言う。そこまででいいんですよね?」
「それでいい。それと、無理に魔物を探そうとしなくていい」
「探さなくても?」
「魔物を見つけるための仕事じゃない。何も起きずにベルドまで着くのが一番だ」
横でフェンが頷く。
「俺も何も見つけないで済むなら、その方が楽っす」
「斥候だろ」
「斥候だって平和に歩きたいんすよ」
「歩くだけで済むように先を見に行くのが仕事だ」
「分かってますって」
仕事はちゃんとするらしい。
ガイルが俺へ視線を戻す。
「こいつも周囲は確認するし、俺たち全員が何も見ずに歩くわけじゃない。お前一人に全部任せるつもりもないから、分からない時は分からないでいい」
「それなら助かります」
俺の耳だけで商隊を守れと言われても困るところだった。
◇
出発の準備が終わる。
馬車が二台。御者が二人。
ヴァレン商会のヘルム。護衛の《緑の風》が四人。
それに俺。
御者が合図を出すと馬が動き、革の馬具が擦れる。車輪が転がり始め、その揺れで積荷の木箱も小さく鳴った。
歩き始めると聞こえるものが多い。
馬が歩く音は二頭分だし、車輪も二台分ある。
馬具が擦れる音と積荷が揺れる音も相変わらず聞こえるし、そこに人の足音と声。
一人で採取に出た時とは、まるで違った。
「どうした?」
近くにいたガイルに聞かれる。
「いや、最初から音が多いなと思って」
「馬車二台もありゃ、こんなもんだ! ガハハハ!」
デインの声が響く。
フェンがすぐ横から言った。
「その笑い声も結構な割合占めてるっすけどね」
「そうか! ガハハハ!」
さらに増えた。
エルナが小さく笑っている。
俺も少し笑いながら、動き始めた馬車について歩いた。
アルネの通りを抜け、門へ向かう。
いつもの採取なら、町を出た後は自分で行く場所を決める。
今日は前に馬車があり、その周りに何人もいる。
行く場所も決まっている。
門を抜けると、町の中の音が少しずつ後ろへ遠ざかっていった。
代わりに残るのは、二台の馬車と人の足音。
これを聞きながらベルドまで行くらしい。
まだ見たことのない町より先に、まずはこの音の多さに慣れる必要がありそうだった。




