第20話:耳で聞いているだけ
翌朝、ギルドへ行くと、すでに何枚かの依頼書が掲示板から外されていた。
昨日は工房の仕事が向こうから来たので、まともに掲示板を見ていない。
今日は自分で選ぼうと、残っている依頼を順番に見ていく。
町の中の荷運びや店の掃除に混じって、少し離れた場所での採取依頼も残っていた。
その紙を見ると、この前の林を思い出す。
別の場所だし、同じことが起きるとも限らない。
それでも以前なら報酬と場所くらいしか見ていなかったところを、今は「町の外」というだけで少し考えるようになった。
防具は、まだ買っていない。
その紙を戻して別の依頼へ目を移したところで、後ろから呼ばれた。
「ライアス、ちょっといいか」
振り向くと、ギルドマスターがいた。
少し遅れて、今呼ばれた名前の方が気になった。
「名前、覚えてくれたんですね」
前まではずっと「耳がいいやつ」だったはずだ。
「ああ。覚えさせられたんだ」
「俺、何かしましたっけ?」
「気にするな。こっちの話だ」
よく分からない。
そして説明はしてくれないらしい。
ただ、少なくともライアスで通じるようにはなったらしい。
「依頼か? まだ何も取ってねえよな?」
「今選んでるところです」
「ならちょうどいい」
受付の方へ来い、と手招きされる。
ギルドマスターから仕事を勧められたことは前にもある。
あの時は荷捌き場だった。
今回も何か余っている仕事でもあるのかと思いながらついていく。
受付の端まで行くと、ギルドマスターが台に肘をついた。
「最近、外の仕事もやってるんだってな」
「採取なら」
「魔物には?」
「会ってないです」
「一回も?」
聞かれて考える。
「見たことはないですね」
「この前は、近くにいたらしいじゃねえか」
「ああ、それなら」
討伐に行った人たちから聞いたのだろう。
「俺は見てませんけど。変な感じがした方に行かなかったら、後でそこにいたって」
「それだ」
ギルドマスターが指を一本立てる。
「何がです?」
「お前、妙に運いいよな」
「そうですか?」
「外の仕事もやってんのに、魔物とは会わねえ。この前は近くまで行って、その手前で勝手に引き返してる」
勝手に、という言い方は少し気になる。
言い方が酷いのでは。
「薬草なら別の場所でも採れたので」
「理由は何でもいいんだよ」
どこかで似たようなことを言われた気がする。
「別に、魔物がいるって分かったわけじゃないですよ」
「分かってたら俺もこんな話し方してねえ」
それはそうか。
ギルドマスターは俺の服を見る。
「防具もなし」
「見には行きました」
「買わなかったのか」
「高かったので」
「まあ、そうだろうな」
分かっていたように言われる。
「町の外へ行くなら、そのうち何かは揃えろ。別に鎧着込めって話じゃねえけど」
「店でも似たようなこと言われました」
「ほう。それはまともな店だな」
そこで話が途切れた。
何のために呼ばれたのか分からない。
俺が待っていると、ギルドマスターがようやく本題らしい話を始めた。
「ちょっと試してみたい仕事がある」
「試す? その仕事を俺に?」
「ああ」
嫌な予感まではしない。
ただ、この人が俺に何かを試したがっているという時点で、普通の荷運びではなさそうだった。
「近いうちに、町を出る商人がいる。馬車でな。護衛もちゃんとつく」
護衛。
その言葉を聞いて、少し身構える。
「先に言っとくが、お前に戦わせる気はねえよ」
「戦わなくていいなら話を聞きます」
「ずいぶん現金だな」
戦えと言われても困る。
剣どころか防具すら買っていない。
「護衛は別にいる。お前には一緒についていって、周りの音を聞いていてほしい」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
何をさせたいのか、まだよく分からない。
「変な音がしたとか、いつもと違う感じがするとか、妙に気になる方向があるとか。そういうのがあったら護衛に言え」
この前の林が頭に浮かぶ。
「でも、あれは俺にも何が変だったのかよく分かってなかったんですよ」
「いや、だから試すんだろ」
「何も分からなかったら?」
「何も言わなくていい」
「それ、俺が行く意味あります?」
ギルドマスターは少し笑った。
「役に立ったら仕事だ」
「立たなかったら?」
「その時は、次から頼まねえ」
ずいぶん分かりやすかった。
「仕事として出すんですか?」
「出す。というか指名依頼になる。だから報酬もちゃんと出すぞ」
報酬の金額を聞く。
普段受けている一日の仕事よりだいぶ多かった。
思わずもう一度聞いたが、同じ金額だった。
「耳で聞いてるだけなのに?」
「町から離れるしな。それに、護衛じゃねえからこの程度だ」
十分な報酬だと思うのだが、護衛ってもっともらえるのか?
高いのか安いのか分からなくなった。
少なくとも、木箱を運ぶよりは明らかに多い。
「本当に戦わなくていいんですよね?」
「何回聞くんだ。むしろ戦うな。何かあったら護衛の言うことを聞いとけ」
そこはかなり念を押された。
「でも、この格好で行くんですよね?」
自分の服を見る。
さっき防具がないと言われたばかりだ。
ギルドマスターは首を振った。
「今回の仕事なら、厚手の上着と手袋くらいはギルドから貸す」
「貸してくれるんですか?」
「ああ。俺が行けって言って、お前だけ普段着で放り出すわけにもいかねえだろ」
「それなら最初に言ってくださいよ」
「今言っただろ」
確かに今聞いた。
「防具ってほど大したもんじゃねえぞ。枝に引っかけたり転んだりした時に、普段着よりはましって程度だ。魔物と殴り合うためのもんじゃねえ」
「殴り合う気はないです」
「なら十分だ」
借り物とはいえ、一度実際に着て歩けるのはありがたい。
装備屋では羽織っただけだった。
何が自分に必要なのか考える材料にはなりそうだ。
だったら、俺にできない仕事ではない。
耳なら、持っていくだけでいい。
持っていくというより自然についてくるんだが。
ただ、今回は採取みたいに自分の判断で別の道へ行くこともできない。
商人と護衛について、町から離れることになる。
少し考える。
「いつです?」
日取りを聞く。
すぐに出発するわけではなかった。
今日ここで決めなければならないわけでもないらしい。
「考えていいですか?」
「いいぞ。嫌なら断れ」
意外とあっさりしていた。
もっと「行け」と言われるのかと思っていた。
「なんで俺なんです?」
最後にそれだけ聞いてみる。
ギルドマスターは少し考えてから、
「耳がいいから」
と言った。
「それだけ?」
「今んとこはな」
前に仕事を勧められた時と、似たような答えだった。
でも今回は、少しだけ意味が違う気がする。
ギルドマスターと別れ、もう一度掲示板の前へ戻った。
さっきまで見ていた採取依頼が残っている。その横には、町の中で一日働く仕事もある。
今日の仕事は今日の仕事で必要だ。
商人について町の外へ出る話は、その先。
とりあえず今は、目の前の依頼を選ぶことにした。
ただ、紙を一枚外しながらも、頭の片隅にはさっき聞いた報酬と、貸してもらえるという上着のことが残っていた。
耳で聞いているだけ。
本当にそれで金になるなら、悪い仕事ではない。
問題は、何を聞けばいいのか、まだ俺にもよく分かっていないことだった。
◇
少し前。
「セラ」
「なんですかギルドマスター」
受付で帳面を見ていたセラが顔を上げた。
「今度、商隊の護衛任務あるだろ」
「ありますね。それが何か?」
「ちょっと、あの耳のいいやつも一緒に行かせたいんだが」
「ライアスさんですか?」
「ああ。耳がいいのは分かってるが、この前、魔物がいる方へ行かなかったって話が気になってな」
「ライアスさん、きっと戦えませんよ?」
「戦う必要はねえ。別でちゃんと護衛もいる」
ギルドマスターは受付台に片手を置いた。
「もし本当に魔物に気づけるんなら、無駄な戦闘を避けて移動できるだろ」
「この間のは偶然かもしれませんよ?」
「だから試してみたいんだよ。報酬は出す。耳のいいやつに損はさせねえ」
セラは少し考えてから答えた。
「危険が増えないならいいですけど、命令じゃなくて依頼として提案してくださいね。断るならそれで終わりです」
「分かってるよ」
「それと」
「なんだ」
「ライアスさんです」
ギルドマスターが黙る。
「耳のいいやつで分かるだろ」
「指名して依頼するんです。名前、覚えてください。いいですね?」
「……お、おう」
セラは返事を待った。
「分かった。ライアスな」
「はい」
満足したように帳面へ視線を戻した。
ギルドマスターはその場を離れながら、小さく一度だけ名前を繰り返した。
「ライアス……な」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ひとまず区切りの20話まで来ました。
序盤、かなり地味な話が続いていますが、たぶんこの先も地味に進んでいく物語です。
次回は本編を少し離れて、幕間を挟みます。
ここまで読んで「続きも読んでみよう」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
どうぞ、この先も地味にお付き合いください。




