第19話:耳のいいやつ
翌朝、昨日の宣言通り意気込んでギルドへ向かった。
結局、防具は何も買っていない。
店で値段を見て、話を聞いて、飯だけ食べて帰ってきた。
勉強をしたと思って、休みとしては悪くなかったことにする。
ギルドへ入って掲示板の方へ向かおうとすると、受付から声がした。
「ライアスさん、ちょうどよかったです」
セラだった。
呼ばれたので受付へ行く。
「何かありました?」
「ライアスさんにお願いしたいっていう仕事が来てます」
「俺に?」
思わず聞き返した。
「前に行った木工の工房、覚えてます?」
「木箱を直してたところですよね」
「そうです。そこの職人さんから、前に来た耳のいい人をもう一度寄こせないかって」
「そんな頼まれ方だったんですか」
「だいたいそんな感じです」
セラが依頼書を出す。
前と同じ工房で、修理する木箱や板の整理、それから作業の補助。
見覚えのある内容だった。
前にあの工房へ行った翌日、掲示板に同じ依頼がないか少し探したが、その時はなかった。
またやってみたいと思っていた仕事だったので、少し嬉しい。
報酬を見ると、前よりわずかに高かった。
「これ、前より多くないですか?」
「今回は修理するものの確認も手伝ってほしいそうなので、その分ですね」
確認。
何となく嫌な予感がする。
「俺、木箱は直せませんよ」
「それを直すのは職人さんです」
「それならよかった」
前回の最後に、今度来たら板も叩かせてやると言われたのを思い出した。
本当に次が来るとは思っていなかった。
「受けます?」
「もちろん受けます」
今日はちゃんと働くと決めて来た。
しかも、もう一度やってみたかった仕事だ。
断る理由はなかった。
手続きをしてもらい、工房へ向かった。
◇
「来たか」
工房へ入るなり、前の職人が言った。
「本当に俺を頼んだんですね」
「嫌だったか?」
「いや。ちょっと嬉しかったです」
言ってから、少し素直すぎた気がした。
職人は気にした様子もなく、工房の奥を指す。
前と同じように、修理待ちの木箱や板が積まれていた。
ただ、今日は作業台の横にも箱が何個か並べられている。
「まずそこな。見りゃ駄目だって分かるのはこっち。まだ使えるのは向こう。分からんのは勝手に決めずに残せ」
前にも聞いた説明だった。
「前と同じですね」
「お前、前にそれちゃんとやったから呼んだんだよ」
「耳じゃなくて?」
「それもある」
職人は木槌を持ち上げた。
「言われたことはやるし、分からんもんを勝手に捨てねえ。おまけに耳も使えるなら、知らん奴を一から教えるより楽だろ」
そういうものらしい。
特性が珍しいから呼ばれただけではなかった。
それも、少し嬉しかった。
今度は口には出さず、板を分け始める。
前に一度やっているので、作業は早かった。
明らかに割れているものは避け、迷うものだけ残す。しばらくして職人が見に来た時には、確認してもらう板も前回より少なかった。
「これと、こっちが分からないです」
「これは使える。そっちは駄目だ」
「やっぱり分からないですね」
「二回目で全部分かったら俺の仕事がなくなるだろ」
それもそうか。
午前の途中で板の整理が終わると、職人に呼ばれた。
「今度はこっちやれ」
前回使った木槌を渡される。
作業台には、修理前の木箱が置かれていた。
「叩くんですか?」
「軽くな。前にやっただろ」
「一回だけですけど」
「だからやるんだよ」
言われた場所を軽く叩く。
次に、その隣の木箱を。
音が違う。
「ここ、違います」
「どんなふうに」
そう聞かれて困った。
どう違うのか説明しようとして、言葉が出てこない。
自分では違うと分かる。
でも、それを言葉にするのは難しい。
森で魔物がいた方向を説明した時も、こんな感じだった。
「こっちの方が……軽い?」
「俺に聞いてどうするんだ」
前途多難だった。
「一応、聞かれたことに答えたつもりなんですけど……」
職人が笑った。
自分でも同じところを叩き、箱の板を押して確かめる。
「ここは少し浮いてるな。次」
別の箱を出された。
今度は何か所か叩く。
一つだけ気になるところがあったので指差すと、職人が確認する。
そこは問題なかった。
「あれ? 確かに音が違ったんですけど」
「音が違うからって、全部壊れてるわけじゃねえぞ」
「難しいですね」
「木も同じじゃねえし、厚さも違う。同じ箱でも場所で変わる」
前にも、全部分かれば苦労しないと言っていた。
音が違うことと、壊れていることは別らしい。
それでも何個か続けているうちに、俺が気になった場所を職人が詳しく見る、という流れになっていった。
問題がないこともある。
本当に微妙に板が浮いていることもある。
小さな割れを見つけた時には、職人が箱をひっくり返し「これは分かりにくかったな」と言った。
「俺が見つけたってことでいいですか?」
「音でな」
「じゃあ俺の手柄ですね」
「だが直すのは俺だ」
手柄は半分にされた。
◇
昼に少し休憩を挟んでから、午後も同じ作業を続けた。
前回は板を運んだり、直し終わった箱を積んだりする時間の方が長かったが、今日は作業台の近くにいる時間が増えている。
何でも俺に任されるわけではない。
俺がするのは叩いて、気になったところを言うところまで。
そこから先は職人が見る。
最初のうちは一つずつ、
「ここ」
「これは?」
と聞いていたが、途中からは気になった箱だけ横へ分けておくように言われた。
「俺が間違ってたらどうするんです?」
「あとで俺が見る」
「じゃあ全部こっちに置けば楽ですね」
「次から呼ばねえぞ」
真面目にやることにしよう。
音だけを聞こうとすると、前の夜の見張りみたいになりそうなので、無理に集中はしない。
木槌を振って、聞こえたものの中で気になるものがあれば横へ置く。
夕方までにかなりの数を見た。
職人が最後に分けた箱を確認し、そのうちいくつかを修理する側へ移した。
全部当たったわけではないし、問題のなかったものもあった。
それでも職人は特に文句を言わなかった。
「こんなもんだな」
「役に立ちました?」
「立たなきゃ呼んでねえよ」
簡単な答えだった。
「また溜まったら、ギルドに出す」
「また俺ですか?」
「空いてりゃ来い」
職人はそう言って道具を片づけ始めた。
俺も使った木槌を元の場所へ戻しかけて、ふと思う。
「あの」
「ん?」
「俺、ライアスって言います」
職人がこちらを見る。
「また頼んでもらえるなら、ずっと『耳のいいやつ』だと変かなって」
「それはそうか」
少し考えるようにしてから、職人が言った。
「俺はダンだ」
「ダンさん」
「さんはいらん」
「いや、それはさすがに……」
「さんはいらん」
「じゃあ……ダン」
「それでいい」
前に一回来ただけの場所なのに、今日は何をどこへ戻すのか少し分かる。
職人の名前も分かった。
次に来る時は、もう少し勝手が分かりそうだった。
◇
ギルドへ戻り、仕事が終わったことを報告する。
セラから受け取った報酬は、朝に見た通り前回より少し多かった。
「今日はどうでした?」
「前より木を叩いてました」
「またですか」
「今日はちゃんと仕事でした」
「依頼内容間違ってるんですかね?」
「書かれたこともやってるので間違いではないですよ」
半分以上は木を叩いていたが、嘘ではないはずだ。
硬貨を財布に入れる。
宿代はすでに払ってある。
飯代を考えても、今日はそれなりに残る。
少し前までは、その日の宿と飯を払えれば十分だと思っていた。
今は残った金を見て、防具ならあと何日分くらい働けばいいだろうと考えている。
結局、金が増えても考えることは減らなかった。
「そういえば」
財布をしまおうとしたところで、セラが言った。
「今後もお願いするつもりって言ってましたよ」
「帰りにも言われました」
「気に入られましたね」
「そうなんですかね?」
「今回のはほぼ指名依頼みたいなものですからね」
言われてみれば、そうかもしれない。
一度仕事をした相手が、もう一度来てほしいと言ってくれた。
考えてみれば、それだけのことだ。
でも、悪くない。
いや、普通に嬉しいことだ。
ギルドを出たあと、昨日と同じ屋台の前で足が止まった。
今日は働いた。
しかも、いつもより少し多く残る。
並んでいるものを見て、一番安いものではなく、その隣を選んだ。
肉が少し多いやつだ。
「今日くらいはいいだろ」
昨日も似たようなことを言った気がするが、今日は本当に働いている。
食べてみる。
美味い。
昨日の飯も美味かったので、やっぱり仕事をしたかどうかはあまり関係ないらしい。
それでも今日は、昨日より少しだけ美味しく感じながら、宿へ戻った。




