第18話:身を守る値段
翌朝、飯を食べる前に昨日考えたことを思い出した。
防具は必要かもしれない。そこまではいい。
問題は、何を買えばいいのか、俺がほとんど分かっていないことだった。
革の鎧を着ている冒険者は何度も見たし、もっと厚そうなものを着ている人間もいる。腕や脚だけ何かをつけている者もいた。
全部揃える必要があるのか、それとも一部だけでいいのか。そもそも、いくらかかるのかも知らない。
考えていても分からないので、今日はまず店を見てみることにした。
ギルドへ行けば仕事はあるだろうが、一日依頼を受けてしまえば店を見るのは夕方になる。町へ来てからは毎日のように仕事を探していたし、たまには朝から働かない日があってもいい。
休む理由が、結局は仕事のための防具を見に行くことなのは、少し変な気もしたが。
◇
装備を扱っている店は、以前から前を通ったことがあった。
剣や槍を置いているのが外からでも見えたので、俺には関係ない店だと思っていたところだ。
中へ入ってみると、武器だけではなかった。
厚手の服や革でできた上着、手袋、靴。腰に巻くものや、腕につけるものまで並んでいる。
奥には剣や槍もあったが、そちらはひとまず見ないことにした。
何から見ればいいのか分からず立っていると、店の男が声をかけてきた。
「何か探してるのか?」
「それを考えに来ました」
「なんだそりゃ」
笑われた。
「冒険者になったばかりで。町の外の仕事にも行くんですけど、身を守るものが何もないので」
「戦うのか?」
「できれば戦いたくないです」
「なら話は早い」
男は俺の服を上から下まで見た。
「その格好で外歩いてんのか」
「村にいた時から、だいたいこんな感じです」
「採取くらいなら珍しくもねえけどな。藪に入るなら、もうちょい丈夫な服はあった方がいい。手も出したままだろ」
棚から取って見せられたのは、厚手の手袋だった。
見た目ほどごわついてはいないらしく、指も普通に動かせそうだ。
「枝で切るのも減るし、荷物持つ時にも使える」
「魔物には?」
「素手で魔物と戦う気か?」
「それはないです」
「だったら聞くな」
もっともだった。
次に出されたのは、服の上から着る革の上着だった。
持ってみると思っていたより重い。
「こういうのが防具ですか?」
「こういうのも、だな。厚けりゃ何でもいいわけじゃねえぞ。外仕事なら動ける方が大事だ。走れなくなるほど着込んで、魔物から逃げられませんじゃ笑えねえ」
昨日聞いた「逃げろ」を思い出した。
身を守るために動けなくなるのは、確かに困る。
試しに羽織らせてもらうと、腕を動かすだけでもいつもの服よりずっと窮屈だった。
「重いですね」
「そりゃ普通の服よりは重い」
「これ着て一日歩くんですか」
「慣れてる奴はな」
俺はすぐに脱いだ。
慣れる前に疲れそうだった。
それでも、爪や牙が来た時には、いつもの服よりはましなのだろう。
値札を見てみる。
思っていたより高い。
念のためもう一度見たが、数字は変わらなかった。
「……高くないですか?」
「防具だからな。安くはないな」
数日働いて残した分が、かなりまとめて消える。
宿代と飯代を引いても少しずつ金が残るようになった、と昨日まで喜んでいたところだった。
こんなものを一つ買えば、その残った分は簡単になくなる。
「もっと安いのはありますか?」
「あるぞ」
男は別のものも見せてくれた。
安くなると薄くなり、軽くはなるが傷みも早いらしい。逆に丈夫なものを選べば、それだけ値段も上がる。
とても分かりやすい。
「剣は?」
何となく聞いてみる。
「使えるのか?」
「使えません」
「なら後にしろ」
即答だった。
「仕事で刃物を使うなら、そっちは別だ。草を切るとか、縄を切るとか。魔物と戦う武器と、仕事道具を同じつもりで考えるな」
そう言われて、奥に並んでいる剣を見る。
やっぱり今の俺には関係なさそうだった。
「一つだけ買うなら、何がいいです?」
男は少し考えた。
「何の仕事を一番やるかによるな」
「まだ決まってないです」
「じゃあ決めようがねえな」
また笑われた。
採取なら丈夫な服や手袋が使える。荷運びでも手袋は役に立つし、町の外を長く歩くなら足元も大事になる。
魔物に襲われることだけ考えるなら防具を厚くしたくなるが、そもそも襲われないように動く方が先だという。
聞けば聞くほど、一つ買えば終わりという話ではなくなっていった。
「冒険者って、思ったより金かかるんですね」
「今さら気づいたのか」
「なったばかりなので」
「稼ぐために仕事して、その仕事するために道具買うんだよ。そんなもんだ」
嫌な仕組みだった。
畑でも道具が壊れれば直したし、必要なら買った。同じと言えば同じなのだろう。
ただ、畑仕事で革の防具を買おうと思ったことはない。
もう一度、さっきの上着を見る。
少し考えて、今日は買わないことにした。
必要なのは分かったが、何を優先すべきかも分からないうちに、まとまった金を出すのは怖い。先にもう少し仕事をして、それから決めても遅くないだろう。
「見るだけになっちゃってすみません」
「別にいい。買う気になった時にまた来い」
店を出る。
結局、財布の中身は減らなかった。
その代わり、これから減る理由が増えた気がした。
◇
昼を過ぎていたので、今日はもう仕事を探すのはやめた。
屋台で簡単なものを買い、宿へ戻る途中で食べることにする。
昨日は、仕事終わりに外で食べるものが美味いと思った。
「今日は働いていないのに、美味いな……」
働いた後の飯が美味いんだと考えていたが、そうではなかったことが少し悔しい。
食べ終わってから、さっき見た装備を思い返す。
手袋なら仕事にも使えるし、丈夫な服も無駄にはならない。革の防具は、もう少し考えたい。
一つ欲しくなると、他にも必要なものが見えてきて欲しくなる。
金を増やしたかったはずなのに、増やすために必要なものに金を使うらしい。
おかしな話のようにも思うが、それが普通なのかもしれない。
宿へ戻ると、部屋には村から持ってきた食料がまだ残っていた。
今日も外で飯を買った。
昨日も似たようなことを考えた気がする。
「……まあ、今日は休みだからな」
誰に言うでもなく呟いた。
防具は買わず、仕事もしなかった。
それでも飯だけはしっかり買った。
明日はちゃんと働こう。




