第17話:身を守るもの
翌朝も、いつもの時間にギルドへ向かった。
扉を開けると、掲示板の前では依頼書を見比べている人間が何人かいて、受付にもすでに人が並んでいる。
俺も空いている場所から覗き込み、今日は何をするか考え始めた。
昨日は町の外へ出た。
今日は町の中でもいい。
そう思って依頼書を読んでいると、後ろから声をかけられた。
「おい、昨日の兄ちゃん」
振り向く。
昨日、町の外で会った三人のうちの一人だった。
「俺ですか?」
「そう、お前」
男は俺のところまで来ると、挨拶より先に言った。
「いたぞ」
「何がです?」
「魔物だよ。昨日、お前が変だって言ってた方向に」
そこでようやく話がつながった。
「あっちに魔物がいたんですか?」
「いた。聞いてた場所から結構動いてたみたいでな。お前が教えた方へ入っていったら、途中から痕跡が残ってた」
枝が折れていたり、足跡があったりしたらしい。
それを追っていった先で見つけたという。
「その魔物、倒したんですか?」
「倒したぜ。まあそのために探してたんだからな」
男は当たり前のように答えた。
昨日、俺が何となく進まなかった道の先に、本当に魔物がいた。
「何匹いたんです?」
「数は少なかった。あれくらいなら俺らでどうにかなる。まとまってると面倒なんだけどな」
「あれくらいって、強くない魔物なんですか?」
「いや、お前が一人で相手するには十分強い」
「それって、強さの説明になってます?」
「お前にはそれでいいんだよ」
笑われた。
俺は少し考えてから聞く。
「俺が会ってたら、どうすればよかったです?」
今度は考える間もなかった。
「逃げろ」
「それだけですか」
「それだけだ。E級の新人が一人でどうにかしようとするな。気づかれる前なら離れろ。見つかったなら、戦うより逃げられる方を探せ」
ずいぶん分かりやすい。
「逃げられなかったら?」
「そうならねえように、変だと思ったところへ近づかないんだよ」
男はそこで、昨日俺が示した場所を思い出したように笑った。
「結果だけ見りゃ、お前がやったのが正解だったな」
「魔物がいると思って戻ったわけじゃないんですけどね」
「理由なんかなんでもいいだろ。結果的に近づかなかったんだから正解だ」
俺としては、薬草を採る場所なら他にもあるからやめただけだった。
鳥の声が少なくて、林の奥から妙な音がして、それが少し気になったから。
ただそれだけだったと思う。
「まあ、助かったよ。あのまま最初の目撃場所ばっか探してたら、もう少し時間がかかったか、見つけられずに帰ってきていた」
「俺、気になる場所を伝えただけですよ」
「それで見つかったんだから十分だろ」
男はそう言うと、仲間のいる方へ歩いていった。
俺も掲示板へ向き直る。
さっきまで見ていた依頼の中には、町の外での採取も残っている。
昨日と似た内容で、場所もそれほど遠くない。
その紙に一度目を通してから、隣にあった倉庫の片づけを選び、掲示板から外した。
今日は最初から町の中でもいいと思っていた。
昨日の話を聞いた直後にこれを選ぶと、少し逃げたような気もするが、わざわざ今から外へ出る必要もない。
依頼書を受付へ持っていく。
◇
今回の仕事は、以前やった倉庫の片づけとよく似ていた。
古い箱を動かし、床を掃き、残すものと処分するものを分けていく。
昼を過ぎる頃には、朝に聞いた魔物の話もあまり考えなくなっていた。
それより、目の前の箱の方が重い。
一人で動かせないものは近くにいた人を呼び、二人でずらす。
埃を被った棚の奥から何年置かれていたのか分からない物が出てきて、そのたびに依頼主へ確認を取った。
耳が役に立つような仕事でもない。
それでも手を動かしていれば時間は過ぎる。
終わった頃には、服にも髪にも埃がついていた。
◇
ギルドへ戻って報告を済ませる。
宿代は町へ戻ってきた日に数泊分をもう払ってある。
今日ここから出るのは飯代くらいだ。
前払いしているだけだから、今日の宿代がなくなったわけではないが。
報酬を受け取り、財布へ硬貨を入れながら、今日もちゃんと稼げたとどこか安心する。
「お疲れさまでした。今日は町の中だったんですね」
セラに言われた。
「はい」
「昨日のことがあったからですか?」
「違います」
返事が少し早かったかもしれない。
セラは何も言わない。
「今日は最初から町の中でもいいと思ってたんです」
「私、何も言ってませんよ」
「……そうですね」
これ以上説明すると余計に怪しくなりそうなので、やめた。
◇
ギルドを出て、飯を食べてから宿へ戻ることにした。
店の中には仕事帰りらしい冒険者も何人かいて、壁に立てかけた槍や、腰から剣を下げたまま座っている人間が目につく。
革を重ねた防具をつけている者もいた。
前から何度も見ているはずなのに、今日は少し気になった。
俺は自分の服を見る。
村にいた時から着ているものと大して変わらない。
靴は歩くのに困らないものを履いているが、身を守るためのものと言われると何もない。
昨日もこの格好で町の外を歩いていた。
もし、あのまま林の奥へ進んでいたら。
逃げろ、と言われた。
戦うつもりはないし、逃げられるなら俺もそうする。
それでも、転んだり、追いつかれたりした時に、今の服が何かしてくれるとは思えなかった。
運ばれてきた飯を食べながら、近くに座っている冒険者の革の防具をもう一度見る。
剣が必要なのかは分からない。
正しい使い方も知らないし、持ったところで戦える気もしない。
農具が基本装備だった男だ。
でも、町の外へ仕事に出るなら、せめて身を守るものくらいはあった方がいいのかもしれない。
値段も、何を選べばいいのかも知らない。
明日にでも、一度見に行ってみよう。
そう決めてからは、もう防具のことは考えずに残りの飯を食べることに集中した。
仕事終わりに外で食べるものが美味い。
持参した食料が減っていないことはいったん忘れよう。
◇
「しかし、昨日の兄ちゃん。よく分かったよな」
ギルドの端にある机で、三人の男が遅い食事を取っていた。
「何がだ?」
「魔物がいた方角だよ。鳥の声が少なかったとか言ってただろ」
「ああ」
一人が飲み物を口にしてから首を傾げる。
「そんなもん、音で分かるか?」
「俺は分からんな」
「狼が遠吠えしてたとかなら分かるんだけどな。あいつが言ってたの、鳥の声が少ないだったろ?」
「耳がいいだけじゃ、そこまで分からん気もするけどな」
三人とも少し考える。
答えが出るはずもなかった。
「まあ、魔物がいるって分かってたわけじゃねえだろ」
「本人もそう言ってたな」
「あっちは何か変だから行かなかった。それだけだ」
一人が肉を口へ放り込む。
「でも、それで十分じゃねえか?」
「何が?」
「魔物を探す時もそうだし、避ける時もだよ。何かいるって分からなくても、いつもと違うって気づけるだけで助かるだろ」
「……まあな」
「あいつ、自分で戦う気はなさそうだけどな」
「その方がいいだろ。まだE級だぞ」
少し間が空く。
「耳、か」
男はそう呟いてから、残っていた飯を口へ運んだ。
「使いどころはありそうだな」




