第16話:鳥の声
翌朝、ギルドへ行くと、掲示板の前にはもう多くの冒険者たちがいた。
荷運びから二日。
さすがに昨日ほど腕は痛くない。
今日は何をしようか、何ができるかなと考えながら、先客たちの隙間から依頼書を見る。
荷運びは一枚だけ。
できればまだやりたくない。
工房の手伝いは……ないか。
その他には、町の外での採取が二枚残っているぐらいだった。
寝坊したわけではないのに、E級の俺が受けられそうな依頼が今日は残り少ない。
もともとの依頼が少ない日なのか。
今日は依頼を受ける冒険者が多かったのか。
分からないが、こういう日もあることを学んだ。
残っている採取の片方は前にも行ったことのある薬草採取。
場所も町からそれほど離れていない。
もう片方は知らない木の実の採取。
町からは少し遠い。
町の外で依頼をするのは、まだ二回目だ。
やったことのある仕事の方が安心だと思い、薬草採取の紙を外す。
前に受けた時は、どこまで行っていいのかも、どれが薬草なのかも、いちいち確認しながらだった。
今回は少なくとも、採るものは分かっている。
受付で依頼書と冒険者証を出す。
セラがいる時は必ずセラのところに持っていく。
他にも受付はあるのだが、やっぱり知っている人の方が安心だ。
セラが紙を見た。
「今日は外ですか」
「荷運びはまだしたくなくて。残りはこれだけだったので」
「今日は依頼が少なかったですからね。採取は前にもやってましたね?」
「一回だけですけど」
依頼の確認をしてもらう。
町の外へ出る以上、奥へ入りすぎないこと。
何かいたら近づかないこと。
前にも聞いた注意だった。
「魔物には気をつけてくださいね」
「はい」
ギルドを出る。
まだ朝は早い。
昼までにそれなりに集められれば、夕方になる前には戻ってこられるだろう。
◇
町を離れるにつれて、人の声が減っていく。
代わりに、鳥や虫の音が増えた。
こういうのは村にいた頃から聞き慣れている。
道を外れすぎないように歩き、薬草が生えていそうな場所を探す。
最初の一株を見つけるまでに少し時間がかかった。
耳は良くても、薬草が鳴いてくれるわけではない。
前に採取へ来た時にも思ったことだ。
しゃがんで葉を確認し、必要なところだけ採る。
次を探す。
しばらくすると、前よりは早く見つけられるようになった。
何度か見たおかげか、葉の形も覚えたし、生えていそうな場所に当たりをつけられるようになってきたのかもしれない。
午前のうちに、持ってきた袋の底が埋まった。
この調子なら問題なく必要な数を集められそうだ。
今いる辺りはだいぶ採ったので、少し休憩したら場所を変えよう。
もう少し先へ行けば、まだまだ採れるだろう。
休憩を終え、木の間を抜けて少し奥に進もうとしたところで、足が止まった。
何かあったわけではない。
道が塞がっているわけでもない。
少し先に木が並んでいて、その向こうに入っていこうと思った。
ただ、そちらを見る。
あちこちから聞こえている鳥の声が、この先だけ妙に少ないと感じる。
全くいないわけではない。
遠くでは鳴いている。
風が吹けば枝も鳴る。
それなのに、その辺りだけ何となく静かに感じられた。
耳を澄まして聞いてみる。
林の奥で何かが動いた音がした。
距離はまだ結構離れている。
枝が一本折れたような小さな音。
そのあとに、重いものが地面を踏んだような音。
人の足音とは少し違う気がした。
少し待ったが、音は遠ざかっていったようで、聞こえなくなった。
「……別の道にしようか」
そっちへ行かなければいけない理由はない。
薬草を採るだけなら、別の場所を探せばいい。
来た道を少し戻って、反対側へ回ることにした。
◇
昼を少し過ぎた頃には、必要な量がだいたい揃った。
あとは状態の悪いものが混ざっていないか見ながら戻ればいい。
来た道を引き返して戻ろうとした時、奥から音が聞こえてきた。
耳を澄ます。
これは人間だろう。
内容は聞き取れないが話し声。
鎧を着ているのか、ガチャガチャという音も聞こえる。
しばらく留まっていると音は近付いてくる。
枯れ葉や木の枝を踏みながら歩く足音も聞こえてきた。
何人かいるらしい。
ようやく姿が見えてきた。
全員、俺よりずっと冒険者らしい格好をしている。
道を譲ろうと端へ寄ると、そのうちの一人がこちらを見た。
「お前、採取か?」
「はい」
「この辺で何か見なかったか?」
「何かとは?」
「ああ、悪い。俺たち魔物を探してるんだ。こっちに出たって話があってな」
思わず、さっきの林の方を見る。
「見てはいないです」
「そうか」
男たちはそのまま行こうとした。
少し迷ってから声をかける。
「あの」
三人が振り返る。
「見てはいないんですけど、あっちの方、なんか変だったんですよね」
「なんかって何だ」
そう聞かれて困った。
自分でもよく分かっていないのだ。
「あっちだけ鳥の声が少なかったのと……奥で、何か大きいものが動いたみたいな音がして」
「見えたのか?」
「いえ」
「足跡は?」
「見てないです」
男が隣の二人を見る。
「場所は?」
俺が方向を指差す。
すると一人が首を傾げた。
「聞いてた場所とずれてるな」
「でも、こっちにはいねえしな」
「どれくらい先だ?」
「そんなに奥までは行ってないです。俺も途中で戻ったので」
「何で戻った?」
また答えに困る。
「なんとなく、あっちはやめとこうかなって」
三人のうち、一番年上に見える男が笑った。
「ずいぶん曖昧だな」
「すみません」
「いや。何もねえよりはましだ」
男は俺が指差した方を見る。
「行くだけ行ってみるか」
「そうするか」
三人は相談すると、そのまま林の方へ向かっていった。
俺はしばらく背中を見送る。
ついて行く理由はない。
俺の依頼は採取だ。
もし本当に魔物がいるなら、なおさら行かない方がいい。
もう一度袋の中身を確かめて、町へ戻った。
◇
ギルドに着くと、採ってきたものを確認してもらう。
駄目なものがいくつか混じっていたが、量は足りていた。
前回よりはましだったと思う。
「何かありました?」
セラに聞かれた。
「特には」
そう答えてから、少し考える。
「討伐の人たちには会いました」
「討伐?」
「魔物を探してるって」
「ああ」
セラはそれだけで分かったらしい。
「魔物は見ました?」
「見てないです」
そこは間違いない。
嘘はついていない。
「それならよかったです」
「……たぶん」
「たぶん?」
「あっちの方が変だったって言ったら、探しに行きました」
セラが俺を見る。
「変?」
「鳥の声が少なかったのと、なんか大きい音がして」
言いながら、自分でも説明になっていない気がした。
セラも少し考えている。
「それでライアスさんは?」
「帰ってきました」
「それが正解です」
即答だった。
「採取依頼で魔物を探しに行かないでくださいね」
「いや、行かないですよ」
そんなことをする理由がない。
報酬も増えない。
危険は増える。
報酬を受け取り、財布へしまい、ギルドを出る。
結局、あそこに何がいたのかは分からなかった。
ただの動物だったのかもしれない。
鳥の声が少なかったのも、たまたまかもしれない。
宿へ戻りながら考えていたが、いくら考えたところで答えは分からないのだ。
明日になれば、また別の仕事を探す。
今日は採るものを採って、ちゃんと帰ってきた。
報酬ももらえた。
まずは宿に帰って飯を食おう。




