第15話:木の音
翌朝、起き上がったところでまだ腕が痛んだ。
昨日の荷捌き場で、やはり箱を運びすぎたらしい。
動かせないほどではないが、今日も同じ仕事を選ぶ気にはならないくらいには重い。
それでも仕事はしなければいけない。
休日にはまだ早いだろう。
宿を出てギルドへ行き、掲示板の前に立つ。
荷運び。却下だ。
今日は勘弁願いたい。
町の外での採取。
万全じゃない身体で町の外はちょっと怖いのでやめておく。
他に何かないか見ていると、その隣に、これまでなかった工房の手伝いがあった。
壊れた木箱や板の整理。
修理の補助、か。
報酬は昨日より少し安いが、朝から夕方まで箱を抱えて走り回る仕事ではなさそうだ。
今日はこの依頼に決め、紙を外して受付へ持っていく。
セラは依頼書より先に俺の顔を見た。
「昨日の仕事の疲れ、今日きました?」
「腕が重いです」
「やっぱり。あの依頼、初めて受ける人はだいたい翌日に疲れが出るんですよね」
「案外きつい仕事でした。だから今日は荷運びじゃないやつにします」
「賢明ですね」
少し笑われた。
◇
工房はギルドから歩いてそれほどかからなかった。
中に入ると、木の匂いがする。
壁際には長さの違う板が立てかけてあり、作業台の上には壊れた木箱が二つ。奥では年嵩の男が、箱の角を木槌で叩いていた。
「ギルドから来ました」
「おう。そこにある板、使えるやつと駄目なやつに分けてくれ。分からんのは勝手に捨てるなよ」
挨拶もそこそこに、言われた通りに始める。
端が割れているもの。
釘の穴が広がっているもの。
まだ使えそうなもの。
見れば分かるものは簡単に仕分けられたが、判断に迷う微妙な板は男に見せた。
「これは?」
「使える」
「こっちは?」
「駄目だな」
「……何が違うんですか?」
「こっちは中まで割れてる」
言われて見直したが、俺にはよく分からなかった。
男は板を受け取ると、指で何度か押してから脇へ放った。
やっぱり使えない板だったらしい。
午前中はそんな調子で過ぎた。
依頼書にあった通り、板の仕分けと作業の補助だ。
間もなく昼になる頃、作業台の方から木槌の音が聞こえてきた。
一定の間隔で、軽く叩いている音が作業場に響く。
俺は板を運びながら何となく聞いていた。
何度か同じような音が続いたあと、一度だけ違う音が聞こえた。
気になって手が止まる。
男は気にせず次の場所を叩いた。
また同じ音に戻る。
「今のところ、何か違うんですか?」
声をかけると、男が振り向いた。
「どこの話だ?」
「さっき叩いたところです」
「どれだよ」
箱の横まで行って、場所を指差す。
男がそこを叩く。
俺が聞いたのと同じ、少し抜けたような音がした。
隣を叩く。
今度は違う。
男は眉を上げた。
「お前、分かったのか」
「音が違ったので」
「耳いいな」
「一応、それが特性らしいです」
「へえ」
男はそれ以上驚くでもなく、箱の板を押した。
ほんの少し動いた。
「ここは少し浮いてるな」
「浮いてる?」
「きっちり合ってねえってことだ」
釘を抜いて板を外し、合わせ直す。
「こういうの、音で分かるものですか?」
「分かる時もある。割れてたりすると音が変わるし、うまく噛んでねえ時も変わる」
「全部?」
「全部分かりゃ苦労しねえよ」
そう言って、男は笑った。
直したあと、同じ場所をもう一度叩く。
今度は隣とよく似た音がした。
俺は少しだけ近づいた。
「もう一回やってもらってもいいですか」
「何をだ」
「そこです」
男がまた叩く。
一度。
その隣。
もう一度。
さっきまであった違和感が薄くなっている。
「……変わった」
「そりゃ直したからな」
当たり前だろう、という顔をされた。
まあ、当たり前なのだろう。
俺には今まで、それを気にする理由がなかっただけで。
「ほら、ぼさっとしてないで続きをやれ」
「あ、はい」
板の山へ戻る。
しばらく作業していると、また木槌の音が聞こえてきた。
今度は気にしないようにした。
気にしないようにしたが、一度気づくと耳に入る。
音が少し高い。
あ、今のは低い。
こっちは短い。
同じ木を叩いているはずなのに、全部同じではない。
午後になって、男が修理した箱を横へ積み始めた。
俺も運ぶのを手伝う。
一つ持ち上げた時、作業台の上で木槌が鳴った。
また、少し変な音がした。
口に出すか迷っている間に、男が次を叩く。
「そこ」
つい言ってしまってから、自分でも少し驚いた。
男が手を止める。
「何だ」
「今のところ、さっきの音と似てます」
「どこだ?」
気になったところを指差す。
男が二、三度叩き直す。
それから箱を持ち上げ、底を見た。
「……ああ」
小さく言った。
「こっちも浮いてるな」
「やっぱり」
「何だ、嬉しそうだな」
「……別に」
嬉しいというより、合っていたことに少し安心した。
男は箱を直しながら、今度は俺に木槌を差し出した。
「暇なら叩いてみろ」
「壊しません?」
「いや、壊すほど力を入れるなよ」
木槌を受け取る。
言われた通り、直してある箱を軽く叩く。
次に、まだ手を入れていない箱を叩く。
同じ木の箱なのに、叩いた時の音が違う。
「分かるか?」
「……何となく」
「何となくで十分だ。俺だって全部は分からん」
木槌を返す。
男はそれを受け取りながら、
「耳がいいなら、使えるかもな」
とだけ言った。
何に、と聞こうとしてやめた。
たぶん、今やっていることに、という意味だろう。
「また依頼を受けて来るなら、今度は板も叩かせてやる」
「俺がですか?」
「嫌ならいい」
「嫌とは言ってません」
男は鼻で笑って、また作業台へ戻った。
◇
仕事が終わる頃には、昨日とは違うところが疲れていた。
腕はまだ痛い。
腰も少し重い。
それでも、昨日よりはましだった。
ギルドへ戻って報酬を受け取る。
セラがいつものように聞く。
「今日はどうでした?」
「木を叩いてました」
「修理の手伝いですよね?」
「はい」
「それだけ聞くと、何の仕事か分からないですね」
「俺も途中から分からなくなってきました」
報酬を財布へ入れる。
今日は昨日より少ないが、それでも宿代と飯代を引いても少し残る。
悪くない。
ギルドを出て宿へ戻る途中、店先で誰かが木箱を置く音がした。
思わずそちらを見る。
何も起きていない。
普通に荷物を置いただけだ。
少し歩いてから、さっきの工房で聞いた音を思い出す。
同じように見えるものでも、音は同じとは限らない。
それだけなら、別に不思議でもない。
ただ、今まで気にしていなかっただけで、たぶんこういう違いも前から聞こえていた。
《聴力強化》。
耳がいい。
今までは、それだけだと思っていた。




