↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/54

第15話:木の音

翌朝、起き上がったところでまだ腕が痛んだ。


昨日の荷捌き場で、やはり箱を運びすぎたらしい。


動かせないほどではないが、今日も同じ仕事を選ぶ気にはならないくらいには重い。


それでも仕事はしなければいけない。

休日にはまだ早いだろう。


宿を出てギルドへ行き、掲示板の前に立つ。


荷運び。却下だ。

今日は勘弁願いたい。


町の外での採取。

万全じゃない身体で町の外はちょっと怖いのでやめておく。


他に何かないか見ていると、その隣に、これまでなかった工房の手伝いがあった。


壊れた木箱や板の整理。

修理の補助、か。


報酬は昨日より少し安いが、朝から夕方まで箱を抱えて走り回る仕事ではなさそうだ。


今日はこの依頼に決め、紙を外して受付へ持っていく。


セラは依頼書より先に俺の顔を見た。


「昨日の仕事の疲れ、今日きました?」


「腕が重いです」


「やっぱり。あの依頼、初めて受ける人はだいたい翌日に疲れが出るんですよね」


「案外きつい仕事でした。だから今日は荷運びじゃないやつにします」


「賢明ですね」


少し笑われた。


◇


工房はギルドから歩いてそれほどかからなかった。


中に入ると、木の匂いがする。


壁際には長さの違う板が立てかけてあり、作業台の上には壊れた木箱が二つ。奥では年嵩の男が、箱の角を木槌で叩いていた。


「ギルドから来ました」


「おう。そこにある板、使えるやつと駄目なやつに分けてくれ。分からんのは勝手に捨てるなよ」


挨拶もそこそこに、言われた通りに始める。


端が割れているもの。

釘の穴が広がっているもの。

まだ使えそうなもの。


見れば分かるものは簡単に仕分けられたが、判断に迷う微妙な板は男に見せた。


「これは?」


「使える」


「こっちは?」


「駄目だな」


「……何が違うんですか?」


「こっちは中まで割れてる」


言われて見直したが、俺にはよく分からなかった。


男は板を受け取ると、指で何度か押してから脇へ放った。


やっぱり使えない板だったらしい。


午前中はそんな調子で過ぎた。


依頼書にあった通り、板の仕分けと作業の補助だ。


間もなく昼になる頃、作業台の方から木槌の音が聞こえてきた。


一定の間隔で、軽く叩いている音が作業場に響く。


俺は板を運びながら何となく聞いていた。


何度か同じような音が続いたあと、一度だけ違う音が聞こえた。


気になって手が止まる。


男は気にせず次の場所を叩いた。


また同じ音に戻る。


「今のところ、何か違うんですか?」


声をかけると、男が振り向いた。


「どこの話だ?」


「さっき叩いたところです」


「どれだよ」


箱の横まで行って、場所を指差す。


男がそこを叩く。


俺が聞いたのと同じ、少し抜けたような音がした。


隣を叩く。


今度は違う。


男は眉を上げた。


「お前、分かったのか」


「音が違ったので」


「耳いいな」


「一応、それが特性らしいです」


「へえ」


男はそれ以上驚くでもなく、箱の板を押した。


ほんの少し動いた。


「ここは少し浮いてるな」


「浮いてる?」


「きっちり合ってねえってことだ」


釘を抜いて板を外し、合わせ直す。


「こういうの、音で分かるものですか?」


「分かる時もある。割れてたりすると音が変わるし、うまく噛んでねえ時も変わる」


「全部?」


「全部分かりゃ苦労しねえよ」


そう言って、男は笑った。


直したあと、同じ場所をもう一度叩く。


今度は隣とよく似た音がした。


俺は少しだけ近づいた。


「もう一回やってもらってもいいですか」


「何をだ」


「そこです」


男がまた叩く。


一度。


その隣。


もう一度。


さっきまであった違和感が薄くなっている。


「……変わった」


「そりゃ直したからな」


当たり前だろう、という顔をされた。


まあ、当たり前なのだろう。


俺には今まで、それを気にする理由がなかっただけで。


「ほら、ぼさっとしてないで続きをやれ」


「あ、はい」


板の山へ戻る。


しばらく作業していると、また木槌の音が聞こえてきた。


今度は気にしないようにした。


気にしないようにしたが、一度気づくと耳に入る。


音が少し高い。

あ、今のは低い。

こっちは短い。


同じ木を叩いているはずなのに、全部同じではない。


午後になって、男が修理した箱を横へ積み始めた。


俺も運ぶのを手伝う。


一つ持ち上げた時、作業台の上で木槌が鳴った。


また、少し変な音がした。


口に出すか迷っている間に、男が次を叩く。


「そこ」


つい言ってしまってから、自分でも少し驚いた。


男が手を止める。


「何だ」


「今のところ、さっきの音と似てます」


「どこだ?」


気になったところを指差す。


男が二、三度叩き直す。


それから箱を持ち上げ、底を見た。


「……ああ」


小さく言った。


「こっちも浮いてるな」


「やっぱり」


「何だ、嬉しそうだな」


「……別に」


嬉しいというより、合っていたことに少し安心した。


男は箱を直しながら、今度は俺に木槌を差し出した。


「暇なら叩いてみろ」


「壊しません?」


「いや、壊すほど力を入れるなよ」


木槌を受け取る。


言われた通り、直してある箱を軽く叩く。


次に、まだ手を入れていない箱を叩く。


同じ木の箱なのに、叩いた時の音が違う。


「分かるか?」


「……何となく」


「何となくで十分だ。俺だって全部は分からん」


木槌を返す。


男はそれを受け取りながら、


「耳がいいなら、使えるかもな」


とだけ言った。


何に、と聞こうとしてやめた。


たぶん、今やっていることに、という意味だろう。


「また依頼を受けて来るなら、今度は板も叩かせてやる」


「俺がですか?」


「嫌ならいい」


「嫌とは言ってません」


男は鼻で笑って、また作業台へ戻った。


◇


仕事が終わる頃には、昨日とは違うところが疲れていた。


腕はまだ痛い。

腰も少し重い。


それでも、昨日よりはましだった。


ギルドへ戻って報酬を受け取る。


セラがいつものように聞く。


「今日はどうでした?」


「木を叩いてました」


「修理の手伝いですよね?」


「はい」


「それだけ聞くと、何の仕事か分からないですね」


「俺も途中から分からなくなってきました」


報酬を財布へ入れる。


今日は昨日より少ないが、それでも宿代と飯代を引いても少し残る。


悪くない。


ギルドを出て宿へ戻る途中、店先で誰かが木箱を置く音がした。


思わずそちらを見る。


何も起きていない。


普通に荷物を置いただけだ。


少し歩いてから、さっきの工房で聞いた音を思い出す。


同じように見えるものでも、音は同じとは限らない。


それだけなら、別に不思議でもない。


ただ、今まで気にしていなかっただけで、たぶんこういう違いも前から聞こえていた。


《聴力強化》。


耳がいい。


今までは、それだけだと思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。