第14話:聞こえる声
「だったら、お前こういうのはどうだ?」
強面の男から差し出された紙を受け取る。
依頼主は、町の商店が共同で使っている荷捌き場。朝から届く荷物を荷車から下ろし、行き先ごとにまとめる仕事らしい。
また荷運びか、と一瞬思った。
前にやった配送とは少し違うが、荷物を持って動くことには変わりない。
だが報酬を見るとなかなか悪くない。
「これ、今日の仕事ですか?」
「今から一日働く気か?」
言われて外を見る。
もう夕方だ。
村から一日歩いてきたばかりでもある。
「無理ですね」
「そうだろ。明日の朝からだ」
紙をもう一度見ると、開始時間もちゃんと書いてあった。
先にそこを見ればよかった。
「これ、俺でも受けられるんですか?」
「受けられる。E級向けの依頼だ。何人かでやる仕事だから、重いもんを一人で全部運べって話でもねえ」
「何でこれを俺に?」
男が俺を見る。
「何でって?」
「耳がいいやつって呼び止めたから、それと関係あるのかと」
「ああ」
男は依頼書を指で軽く叩いた。
「馬車だの荷車だのがひっきりなしに出入りする場所だ。後ろから来てるのに気づかなくて怒鳴られる新人がたまにいる」
「それだけですか」
「それだけじゃ足りねえか?」
「いや」
もっと特別な理由があるのかと思った。
「前に荷車の異音にも気づいたんだろ。だったら、まあ向いてねえことはない」
それだけ言うと、男は受付の方へ戻っていった。
思っていたよりも雑な理由だった。
でも、依頼自体は悪くない。
そのまま受付へ持っていこうとして、少し止まる。
前なら、たぶんそのまま受けていた。
掲示板へ向き直った。
せっかく仕事がいくつも並んでいるのだから、他も見てみる。
町の外での採取。
前に一度やったことがある。
何をするのかは分かるが、目的地まで歩く時間もあるし、報酬は今持っている依頼より少し安い。
倉庫の清掃。
これも経験がある。
半日で終わる分、報酬も低い。
別の紙には護衛と書かれていた。
金額だけならかなり高い。
だが、受けられるかどうか以前に、今の俺が選ぶ仕事ではない。
前回ここへ来た時は、紙に書かれた仕事の名前を読んでも、その先がよく分からなかった。
今は少し違う。
どこでやるのか。
どれくらい時間がかかる仕事か。
一人なのか、何人かでやるのか。
一度でもやったことのある仕事なのか。
それから、いくらもらえるのか。
一番高いものを取ればいいわけでもない。
できなければ意味がないし、怪我をして次の日に働けなくなれば、その方が困る。
だいぶ困る。
何枚か見比べたあと、結局さっきの男から渡された紙を持って受付へ向かった。
セラが紙に目を通す。
「これにしたんですね」
「はい」
「ギルドマスターが持っていった依頼ですよね」
「ギルドマスター?」
「はい」
セラが受付の奥を見る。
さっきの強面の男が、別の人間と話していた。
俺もそちらを見る。
「あの人って、ギルドマスターだったんですか」
「知らなかったんですか?」
「聞いてないので」
そう答えると、セラが少し笑った。
「まあ、自分から名乗る人でもないですからね」
なるほど。
初めて見た時から偉そうではあった。
本当に偉い人だったらしい。
「俺に向いてるって言われました」
「そうなんですか?」
「荷車に轢かれにくいから」
セラが黙った。
「……本当にそう言ったんですか?」
「荷車の音にも気づけるから、とは言ってました」
「そっちを先に言ってください」
「大して変わらない気がしますけど」
セラは何か言いたそうだったが、そのまま依頼の手続きを始めた。
仕事は明日の朝から。
場所と開始時間を聞いて、紙をしまう。
「今日はもう仕事しないんですか?」
「村から歩いてきたので」
「それはそうですね」
朝から歩き通しだった。
今から別の仕事を探す気にもならない。
問題は、今日はまだ何も稼いでいないことだった。
それでも宿代はかかる。
飯も食う。
町に戻ってきた初日から、財布の中身は減る。
分かっていたことだが、前回より気になる。
今回は増やすことが目的なのだ。
「じゃあ、明日ですね」
「はい」
ギルドを出て、前にも泊まった辺りで宿を探した。
前回とは違うが、同じくらいの値段のところを選ぶ。
前回よりも良いところを、などと探して歩く気にはなれなかった。
節約すべきだし、安宿で十分だ。
とりあえず数泊分を支払った。
部屋に荷物を置き、村から持ってきたものを食べる。
これで飯代はかからない。
宿代だけはどうにもならないが、仕方ない。
寝る前に財布を出しかけて、やめた。
今日はまだ減っただけだ。
数えても増えない。
明日働いてからでいい。
◇
翌朝になり、教えられた荷捌き場へ向かった。
着いてみると、思っていた以上に広かった。
屋根のある場所に荷物が並び、その前へ何台もの馬車や荷車が順番に入ってくる。
俺の他にも何人か働くらしい。
依頼主の男から説明を受ける。
荷車が来たら、荷物を下ろして、指定された場所へ運ぶ。
勝手に箱を開けない。
壊れ物は乱暴に扱わない。
一人で持てないものは誰かを呼ぶ。
「あと、馬車の前には出るなよ」
「前?」
「馬が急に動くことがある。後ろも気をつけろ。下がってくることもあるからな」
昨日聞いた話は、本当にそのままらしい。
最初の荷車が入ってくる。
何人かで荷台へ寄り、箱を受け取る。
行き先を聞いて運び、戻る頃には次の荷物が下ろされている。
一台が終わる前に、別の車輪の音が近づいてくることもあった。
「後ろ来るぞ!」
誰かが声を上げる。
その少し前から聞こえていたので、荷物を持ったまま俺は端へ寄っていた。
すぐ後ろを荷車が通っていく。
「お前、反応早いな」
近くにいた男に言われた。
「耳がいいので」
最近、この説明をよくしている。
荷物は次々に入ってきた。
箱を運び、袋を運び、また箱を運ぶ。
行き先によって置く場所が違うので、何でも同じところへ持っていけばいいわけではない。
昼前になる頃には、周りの動きにも少し慣れてきた。
車輪の音が近づいても、自分のところへ来る荷車なのか、別の場所へ向かうものなのかが何となく分かる。
人の声も多い。
最初は何か叫ばれるたびに振り返っていたが、全部が自分への指示ではない。
「そっちじゃない! 三番だ!」
少し離れたところから声が聞こえた。
俺への指示ではなさそうだった。
そのまま荷物を運ぼうとして、少しだけ気になる。
もう一度、意識して声の方を聞く。
「三番! そっちの箱!」
声の先を見る。
少し離れたところで、一人の男が木箱を抱えて歩いている。
向かっている先は二番と教えられた置き場だった。
箱の横に書かれている印を見る。
三番。
「それ、三番じゃないですか?」
声をかける。
男が足を止めた。
「え?」
「その箱です」
男が抱えている箱を見る。
「……あ、本当だ」
離れたところから、さっきの声がまた飛んでくる。
「さっきから呼んでただろ!」
「聞こえなかったんだよ!」
男が少し大きな声で返し、箱を抱え直した。
「お前、あれ聞こえたのか?」
「聞こえました」
答えてから、少し考える。
声自体は最初から聞こえていた。
ただ、周りでも同じように誰かが何かを叫んでいる。
馬の足音。
車輪の音。
箱を置く音。
いろいろ混ざっている中で、あの声だけをもう一度聞こうとした。
そうしたら、さっきよりはっきり聞こえた。
夜の見張りで頭が痛くなった時とは少し違う。
あの時は、周りの音を片っ端から拾おうとしていた。
今は必要だと思った声だけを聞いた。
聞こえるからといって、全部聞く必要はない。
「助かった」
男が三番の置き場へ向かっていく。
俺も自分の荷物を運ぶ。
それからも声はいくつも飛び交っていた。
全部を気にすることはしなかった。
自分の名前や、近くの荷物についての声が聞こえた時だけ、少し意識を向ける。
それで十分だった。
午後になると、耳より腕の方が問題になった。
ずっと荷物を持ち続けているせいで腕が重くなってきた。
少し大きな木箱を一人で動かそうとしてみたが、持ち上がらなかった。
すぐ隣にいた男を呼ぶ。
「これ、一緒にお願いします」
「おう」
二人で持てば普通に動いた。
何度か町で仕事をしているうちに、無理なら人を呼ぶことにも少し慣れた。
夕方になる頃、最後の荷車が出ていった。
散らばった縄や布を片づけて、仕事は終わった。
依頼主が一人ずつ確認して回り、俺のところで足を止める。
「初めてだったよな?」
「はい」
「荷物運ぶ方は普通だったが」
普通だったらしい。
「この騒ぎの中で指示を拾えるのは助かるな」
「ああ」
昼のことか。
「聞こえただけです」
「聞こえない奴もいるんだよ」
依頼主が笑った。
「それに馬車が来た時も避けるの早かったしな。ギルドの奴が寄越した理由は分かった」
あの強面の男のことだろう。
本当に荷車に轢かれにくいから選ばれたらしい。
「また人が足りない時は頼むかもしれん」
「ギルドに出してもらえれば」
「そうする」
前にも似たようなことを言った気がする。
直接頼まれるより、今はギルドを通してもらった方が分かりやすい。
依頼完了の報告のため、ギルドへ戻った。
◇
報酬を受け取り、財布へ入れる前に金額を確認する。
昨日払った宿代。
村から持ってきた食料もまだ残っているが、今日は買って食べようと決めていた飯代。
全部引いても、今日の報酬は残る。
まだ一日働いただけだ。
これで前回よりうまくいくと決まったわけではない。
「どうでした?」
セラに聞かれる。
「疲れました」
「それは見れば分かります」
腕が重い。
明日はたぶん少し痛い。
「仕事は?」
「問題なくできました」
少し考える。
「声を聞くのは役に立ちました」
「声?」
「周りがうるさくても、必要な声だけ聞けばいいみたいです」
言ってから、自分でも少し変な言い方だと思った。
セラも少し考えている。
「……それ、普通はそうするものじゃないですか?」
「そうなんですか?」
「たぶん」
お互いよく分からなかった。
「まあ、問題なくできたならよかったです」
報酬を財布へ入れる。
そのまま掲示板を見ると、朝とは紙の数が変わっていた。
昨日の夕方に見た依頼も、なくなっているものがある。
仕事は毎日同じように残っているわけではないのだ。
今日うまくいったからといって、明日も同じ条件の仕事があるとは限らない。
それでも、前よりは選ぶ時に見るところが増えた。
これなら俺でもできるか。
どれくらい時間がかかるか。
危なくはないか。
そして、終わったあとにいくら残るか。
掲示板の前で、明日の仕事を少しだけ眺める。
今日はもう決めない。
腕が重かった。
まずは今日の飯を食おう。




