第12話:銀貨五枚
村へ戻ってから、数日が経過した。
畑を見て、道具を直して、家にあるもので飯を作り食べる。眠る。
町へ行く前と同じ生活に戻れば、金を使うことはほとんどない。
今日も朝から畑の周りを片づけ、昼には家へ戻った。
火を起こして、残っていた芋と豆を煮る。
町にいた時なら、仕事を終えてから何を食うか考えていた頃だろう。
そういえば仕事のあとは飯のことばかり考えていたような気もする。
だが、この村ではそういう選択肢がない。
食堂や酒場がある村もどこかにあるのかもしれない。
頭のどこかにそういう村のイメージが漠然とある。
あるということは知っているが、きっと前の世界の記憶だろう。
この村にはそういうものはない。
今の俺が知っている村とはこの場所だけだ。
あるものを食べて暮らす。
その代わり、財布を開く必要もない。
食べ終わった器を洗っている途中で、その財布のことを思い出した。
町から帰る前にも数えた。
だから中にいくらあるのかは、だいたい分かっている。
それでも机に座ると、引き出しから財布を出していた。
硬貨を並べる。
一枚ずつ数える。
やっぱり、町へ行く前より銀貨五枚分ほど少ない。
「……銀貨五枚なんだよな」
それは鑑定料の分だ。
鑑定料を除いて考えれば、金は減っていないのだ。
町へ着いた日に買い物をして、一週間宿に泊まり、その間の飯も買った。
帰る前にも、村で必要になるものをいくつか買っている。
それでも、その分は町で働いた報酬で払えている。
倉庫を掃除した。
町の外で採取をした。
夜の見張りもしたし、棚卸しもした。
荷物を運んだ日もある。
その報酬で、町で使った分のほとんどを埋めた。
鑑定料を除いて考えれば、だ。
硬貨を指で一枚ずつ寄せながら、もう一度考える。
鑑定を受けなければ、今より銀貨五枚多かった。
だからといって、受けなければよかったとは思わない。
《聴力強化》だと分かった。
それから、鼠の音を拾った。
見張りにも使った。
棚の留め具や、荷車の異音にも気づいた。
少なくとも、銀貨五枚払って名前だけ聞いて終わったわけではない。
知らないままだったとしたら、今でもきっと、他の人よりも耳がいいということに気付かず過ごしていると思う。
だが、問題はそこじゃない。
町で一週間働いた。
宿代を払った。
飯代を払った。
必要な買い物もした。
そして、働いた分でそのほとんどを埋めた。
そこまではいい。
俺は机の上の硬貨を見る。
「……減ってはいないんだよな」
鑑定料を除けば、だが。
そもそも町へ行ったのは、このまま金が減り続けるのが嫌だったからだ。
家にいれば、飯にはそれほど困らない。
畑もある。
保存食もある。
だが、塩や服、道具なんかはどうしても金がいる。
何もしなければ、残っている金は少しずつ減っていく。
だから町へ行って、仕事を探した。
そして一週間働いた結果、町で暮らしている間に使った分くらいは稼げた。
減り続ける状態から、減らさずに済む方法は見えた。
それなら、最初に考えていたことは一応できている。
ただ。
この先も、金を使わずに済むわけじゃない。
今日直した道具だって、いつかは使えなくなる。
服もずっと同じものを着ていられるわけではない。
何か必要になるたびに町へ行き、その間に使った金だけ稼いで帰ってくる。
それでも前よりはいい。
でも、どうせ働くのであれば、少しくらい残せた方がいい。
一日働いて、その日の宿と飯を払って、少し残る。
それを続ければ、少しずつでも増えてはいくだろう。
ただ、それにはどうすればいい。
椅子にもたれて、天井を見る。
もっと報酬の高い仕事をする。
今より長く働く。
宿代や飯代を減らす方法を探す。
どれも思いつく。
思いつくだけで、できるかどうかは別だ。
報酬が高い仕事はその分危険が増すというなら、好んでやろうとは思わない。
魔物を倒して大金を稼ぐ。
きっとそういう話になるのだろう。
それはそれで分かりやすい。
でもきっと俺には向いていない。
狩りの経験はある。
でもそれはあくまでも狩りだ。
遠くから獲物を狙う。
罠を張って待ち構える。
主導権がこちらにあるものばかりだ。
机の上に視線を戻す。
《聴力強化》。
町へ行く前は、そんなものがあることすら知らなかった。
それが一週間で何度か仕事の役に立った。
耳がよかったから気付けたことがあった。
だったら、もう少しこの耳を活かせる仕事を探した方がいいのかもしれない。
そこまで考えて、少し止まる。
いったい何ができるのだろう。
見張りはできた。
ただ、やりすぎて頭が痛くなった。
棚や荷車が壊れる予兆を感じ取れた。
でも、毎日壊れかけた荷車が都合よく走っているわけでもない。
「……結局、何が向いてるんだ?」
答える相手はいない。
当然、返事もない。
分からない。
それなら、また町へ行った時に探してみるしかない。
前回は、仕事があるかどうかも知らずに行った。
冒険者という職業も知らなかった。
ギルドが何をする場所なのかも分からなかった。
今度は少し違う。
依頼が並んでいる場所は分かる。
自分でもできる仕事があることも知っている。
時にはこの耳が役に立つことも知った。
どうせ働くのであれば、今度はもう少し残したい。
宿代と飯代を払ったとしても、帰る時に少しくらい財布の中身が増えているように。
机の上の硬貨を財布へ戻していく。
最後の一枚を入れ、口を閉じた。
「銀貨五枚か……」
もう一度呟く。
まずはこの銀貨五枚分を元に戻したい。
そんなことを考え始めていた。




