第8話 入院4か月目。
松葉杖を上手に使いこなせるようになったころ、私は病室の控室の脇にある化粧室のドアを開けた。フローラがもうすぐ出勤してくるだろうというぐらいの時間だ。
洗面所の壁に、大きな鏡が付いている。
「あら、意外と似合っているじゃないの?」
ほんの少し伸び掛けた髪の、少年のような面影をした私が映っていた。思わず独り言を言う。
看護師もフローラも私に手鏡すら見せなかった。もちろん、見せてほしいと言ったこともなかったから。
右を向いたり左を向いたりして、横顔を映しながら、想像すらできなかった短い髪の自分が、思ったよりさっぱりとして別人のようで…なかなか可愛い。そう思った。
今着ている面会日に父親が届けてくれた夏用の寝間着は、相変わらずフリルがいっぱいで、どうもバランスが取れない気がする。
間もなく出勤して来たフローラに意見を求めると、
「フールあたりでは女の子のショートカットが流行っているらしいですよ?ボーイッシュ、って言うんですって」
そんなことを教えてくれたので、さっそくワンピースに着替えて図書館でフール国のファッション雑誌を探してみた。この図書館には入院していた人が読んでいた本を寄贈して退院したりするので、いろいろなジャンルの本がおいてある。奥に行けば行くほど医療専門誌になって来るが。
お目当ての本を見つけて閲覧用のテーブルに座る。
ぱらぱらとめくってみると、フローラが教えてくれた通り、短い髪のモデルさんがちらほらいる。
ブリアの正装のドレスとは違って、ウエストを締め付けないドレス。
男物のシャツをそのまま長くしてワンピースにしたような普段着。
普通のシャツに少し余裕のあるサイズのスラックス姿の女の子。フラットな靴。
色も…女の子の色とか男の子の色とかの概念がないみたい。
ピンクの襟無しジャケットを羽織った男の子と、綺麗なブルーの同じデザインのジャケットを羽織った女の子。
(…こんな世界があるんだわ…)
次の面会日に来た兄とお義姉様に、
「フールのファッション雑誌を買ってきてほしいの!」
とお願いしてみたら、お義姉様がすごく嬉しそうだった。
「すぐよ、待っていて!クリスティン。あなたの好きな色は何色?」
「え?…緑…かしら?」
「了解!」
兄を連れて出かけて行ったと思ったら、雑誌と一緒に、大きな紙袋をいくつか抱えて戻ってきた。
「私も実はクリスティンに似合うと思っていたのよ!!」
そう言ってお義姉様が広げて見せてくれたワンピースは、淡いグリーンのシンプルなデザインの物。フリルの付いていない寝間着…。
「あと、ほら、だんだん歩く練習が始まるんでしょう?」
そういってゆったりとしたスラックスが何本かとブルーのシャツ。色違いで白とストライプもある。
実は…小さい頃はあまり兄には好かれていないのかと思っていた。
兄はいつも黙って、母に言われるがままに振る舞う私を、何か言いたそうな顔で見ていた。
ファッション雑誌を開いて、二人であれこれ話していると、ソファーに座った兄が嬉しそうに笑ってこちらを見ている。
***
お義姉様が雑誌と一緒に買ってきてくれた小説を読んでみた。いわゆる…恋愛小説、というもの。続きが気になって、図書館で探してみた。後ろを付いてきたフローラはドアの前で待っていてくれるようだ。
「おや、僕の可愛いひよこちゃん、ついに恋愛に目覚めたのかな?今日のワンピースもキュートだね」
松葉杖を本棚に立てかけて、右手を伸ばして本を取ろうとしていたら、フェルナンドさんがお目当ての本を取ってくれた。
「ありがとうございます」
私の呼び方はべーべちゃん(あかちゃん)から、ひよこに変わったようだ。
確かに、私のこの生えかけの金色の髪は、ひよこみたいだ。そう思ってクスリと笑ってしまった。いつものように並んで座るフェルナンドさんの距離が近いが、たいして気にならなくなった。
「いいよねえ、恋は人生に彩りをくれるよ?」
まるで吟遊詩人のようなセリフを恥ずかしげもなく口にして、フェルナンドさんが笑っている。
「私…恋愛小説って読んだことがなかったんです」
「へえ、そうなんだ?君ぐらいの年頃の子ならお友達とはしゃぎながら回し読みするものかと思っていたよ」
「母が…低俗で人を堕落させるものだと言っていましたから」
「あ…そうなんだ」
「私は恋愛小説を読んで、堕落した低俗な人間になるんです」
「くくっ、それもいいね」




