第12話 入院6か月目。
8月に入ると、図書館にいる人も随分と減った。
学生は夏休みだし、職員も交代で夏季休暇に入るようだ。
フェルナンドさんも見かけない。雨が降っていないからかな?なんて思う。
それとも、夏休みでイリアに帰ったのかしら?
それでもあの人は私が泣きたくなったら来てくれるに違いない。
そんな何の根拠もない自信があった。だから…フェルナンドさんに会わないということは私は元気なんだわ。そう思う。
私はもう杖無しでも図書館に歩いて行けるようになった。階段は手すりを使うが、難なく上り下りができるようになった。
私の担当だったフローラは8月の初めに風邪をひいて休んで、ようやく戻ってきた。
彼女は娘のためにこの病院で看護補助をしながら正規の看護師を目指していたが、この風邪をひいている間に、娘のためにその夢をあきらめることにしたらしい。
「クリスティン様と一緒に退院です」
そう言って笑っていた。
久しぶりにフローラとお茶を飲みながら、彼女の"恋バナ"を初めて聞いた。
いつも化粧っ気無しのフローラは自分と同じ年位なのかと思っていたが、3つほど年上だったらしい。
母親と喧嘩して15歳で家出して、働いていたところで恋をして、失恋して、この病院におばさまを頼って就職して……働いているうち自分が妊娠していることに気が付いたらしい。
「もうね、不安だし、どうしていいかわかんないし…それでも、産みたいと思ってしまったのよね。わがままですよね」
16歳でこの病院で子供を産んで、この病院で育ててきた。
「娘はね、好きになったその人にそっくりで…美人さんなのよ?」
そう言ってフローラは笑った。
「私の16歳は散々でしたよ?でも、不思議と嫌な記憶ではないんです」
彼女はこの病院を辞めて、娘の後見人になると言ってくれた老夫婦のところに身を寄せるらしい。
…そんな生き方もあるんだ…。自由に生きるって、それはそれなりに大変そうだ。
そう思った。
「退院されてからクリスティン様は?どうされるんですか?」
「今、考え中なの。家には帰らないつもり」
「そうですか。それもありですねぇ」
氷を入れた紅茶を美味しそうに飲みながら、フローラが思い出したように言った。
「フェルナンドさんはもう出発したのかしら?」
「え?」
「え、あら……だって、フェルナンドさん、今度イングのアカデミーの教授に呼ばれたんでしょう?大出世ですよね。しかも、イング国王立アカデミーの教授ですってね!」
「……」
「え?あ、すみません、クリスティン様はご存じなかった?お二人は仲がいいからてっきりもうご存じなのかと。私も今朝引継ぎの時に聞いたんです。9月から仕事が始まるらしいから、もう船の上ですかね」
そう言ってフローラが薄いレースのカーテンが揺れる窓を眺めた。
つい、その視線につられて私も窓の外を見る。
イング国は…海の向こうにある。
(…嘘でしょう?)
初めて聞かされた驚きと動揺で、鼻の奥がジンッとする。
でも…私はこんなことでは泣かないし、こんなところでは、泣かないんだ。
そう思って、奥歯をかみしめた。
でも…そうしたら、これから私はどこで泣けばいいんだろう?
ふと…フェルナンドさんに勧められて初めて読んだ本を思いだした。
【冒険者と姫が王子様の呪いを解く薬を探して旅に出る。
姫は冒険者に助けられながら、野を超え山を越え、川を渡って…魔物と戦ったり、洞窟で寝泊まりしたり、地元の人に薬草を教えてもらったりして…ケンカしたり話し合ったりしながら長い長い旅をする。旅の果てについに王子の呪いを解く薬を手に入れた二人。
「これで姫も幸せになれますね」
姫は王子の呪いを解く。ハッピーエンドだ。
姫を送り届けた冒険者は、報酬をもらって翌朝には姿を消す】
ハッピーエンドだ。多分。
二人で過ごした時間に意味はなかったのだろうか。あの人にとっては、仕事だったのかもしれない。
でも…私に黙って、私の前からいなくなるなんて、そんなこと…私は許せそうにない。




