隠れ家
地下施設の通路を歩く。
先頭はマリー。
その後ろをソフィアが歩き、最後尾をジャン爺が続く。
薄暗い通路だった。
だが完全な闇ではない。
壁に取り付けられた照明が淡く光っている。
「まだ電気が生きてるのね」
ソフィアが呟いた。
マリーが振り返る。
「全部じゃないよ」
少女は肩をすくめた。
「生きてる場所だけ使ってるの」
「発電所か?」
「近くの小さい施設だな」
ジャン爺が答える。
「いつ止まるか分からんがの」
それでも明かりがあるだけで随分違う。
終末世界では贅沢な環境だった。
通路を抜ける。
その先には広い空間があった。
ソフィアは思わず足を止める。
「……」
倉庫のような部屋だった。
棚が並んでいる。
工具。
木材。
金属部品。
ケーブル。
保存食。
水のタンク。
雑然としている。
だが生活感があった。
誰かが生きている場所。
そんな空気だった。
「どうかな?」
マリーが笑う。
「これが私達の家だよ」
ソフィアは周囲を見回した。
久しぶりだった。
こんな場所を見るのは。
研究施設はあくまで廃墟だった。
ここは違う。
人が暮らしている。
「悪くない」
そう答えるとマリーは嬉しそうに笑った。
「でしょ?」
そのまま奥へ進む。
別の部屋。
そこには簡易キッチンがあった。
ガスコンロ。
鍋。
食器。
冷蔵庫。
驚くことに冷蔵庫まで動いている。
ソフィアが聞く。
「使えるの?」
マリーが答える。
「たまに止まっちゃうけどね。でも今は大丈夫」
ジャン爺が笑う。
「止まったら大急ぎで修理しとる」
ソフィアは少し感心した。
ここまで維持しているだけでも凄い。
終末世界で生活するというのはそういうことなのだろう。
その時だった。
ぐう。
小さな音がソフィアのお腹から響く。
マリーが固まった。
ソフィアも固まった。
ジャン爺だけが笑った。
「腹が減っとるらしいな」
ソフィアは視線を逸らした。
否定はできない。
今日は色々あり過ぎた。
探索。
アニマル型との戦い。
マリーとの遭遇。
炎の検証。
疲れていないはずがない。
「ご飯にしようよ!」
マリーが元気よく言った。
数十分後。
テーブルの上に食事が並んでいた。
缶詰のスープ。
保存食のパン。
乾燥野菜を戻した簡単なサラダ。
豪華ではない。
だが十分だった。
ソフィアはスープを口に運ぶ。
温かい。
それだけで身体が少し緩む。
「美味しい」
自然に言葉が出た。
マリーが得意そうな顔をする。
「そうでしょ〜」
「まあまあかな」
「今美味しいって言ったじゃん!」
「言ったっけ?」
「もう。素直じゃないなぁ」
ジャン爺が苦笑した。
食事が進む。
静かな時間だった。
誰も急かさないし、襲ってもこない。
それだけで不思議な感覚だった。
食事が終わる頃。
ソフィアはふと尋ねた。
「水はどうしてるの?」
終末世界では重要な問題だった。
マリーが親指を立てる。
「任せて」
少女は立ち上がった。
案内された先は地下のさらに奥だった。
巨大なタンクが並んでいる。
配管も見える。
「雨水?」
ソフィアが聞く。
「正解」
マリーが笑う。
「集めて濾過してるの」
ジャン爺が補足する。
「昔の設備を改造したんじゃ」
ソフィアは感心した。
確かに水は綺麗だった。
生活できている理由が分かる。
「凄いね」
素直な感想だった。
マリーは少し照れたように笑った。
「えへへ」
食事の時に聞いたが、マリーは16歳らしい。
私と同い年だ。
照れた顔を見ていると年相応なのが分かる。
しばらくして。
三人は居住区へ戻る。
簡易ベッドが並んでいる。
決して広くはない。
だが屋根がある。
壁もある。
心地よく眠れそうだった。
マリーが空いているベッドを指差した。
「今日はここ使っていいよ」
「いいの?」
「もちろん」
ジャン爺も頷く。
「誰も使っとらん」
ソフィアは少し迷った。
人と寝る場所を共有するのは久しぶりだった。
警戒心が消えた訳ではない。
それでも。
ここ数日。
まともに眠れたことがあっただろうか。
常に物音を警戒していた。
アニマル型を警戒していた。
人間を警戒していた。
AIを警戒していた。
疲れていたのかもしれない。
「ありがとう」
小さく言う。
マリーは笑顔になった。
「どういたしまして」
照明が落ちる。
静寂が訪れる。
ソフィアはベッドへ横になった。
柔らかい。
研究施設の床とは比べ物にならない。
天井を見上げる。
不思議だった。
昨日まで一人だった。
それなのに今は違う。
近くにはマリーがいる。
ジャン爺もいる。
まだ信用した訳ではない。
だが。
完全な孤独でもなかった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸の奥の緊張が緩む。
瞼が重くなる。
意識が沈んでいく。
そして眠りに落ちる直前。
ソフィアは思った。
悪くない。
そんな夜だった。




