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境界のソフィア ~人類最後の希望はAIが理解できない力でした~  作者: あかと


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AIの真実と炎の検証


「ねえこの子ね、手から火の球を出したの!」


 マリーの声が地下工房に響いた。


 ジャン爺は一瞬だけ目を丸くした。


 だが驚きは長続きしない。


「火?」


「そう!」


 マリーは興奮気味に頷く。


「しかも普通じゃないんだよ!」


 ジャン爺の視線がソフィアへ向く。


「本当か?」


「見せればいい?」


 ソフィアは尋ねた。


「危険はないのか?」


「今のところ私にはない」


「今のところか」


 ジャン爺は顎を撫でる。


 慎重な人間らしい。


 ソフィアは嫌いではなかった。


「外でやろう」


 ジャン爺が言った。


「この工房を燃やされたら困る」


「賛成」


 ソフィアも頷く。


 数分後。


 三人は地下施設の外れにある空きスペースへ移動していた。


 コンクリートの床。


 周囲に燃える物は少ない。


 検証には丁度いい。


 ソフィアは右手を前へ出した。


 意識を集中する。


 あの感覚。


 研究施設で光と接触した時から感じる熱。


 体の奥に存在する何か。


 それを右手へ集める。


 次の瞬間。


 ボッ。


 炎が現れた。


 橙色の火。


 しかし風が吹いても消えない。


 マリーが目を見開く。


「うわぁ……」


 ジャン爺も黙って見ていた。


 ソフィアは炎を維持する。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


 汗も出ない。


 疲労もない。


 やはり異常だった。


「燃料は?」


 ジャン爺が尋ねた。


「使ってない」


「ガスも無しか」


「無し」


「ふむ」


 ジャン爺は真剣な顔になる。


 技術者の顔だった。


 マリーも興味津々で覗き込む。


「ねえソフィア、これ触ってもいい?」


「ダメ」


「なんで?」


「火だから」


「それはそうだね」


 納得していた。


 少し心配になる。


 ジャン爺は近くの木片を拾った。


「これに近付けてみろ」


 ソフィアは炎を寄せる。


 木片が燃え始めた。


 普通の火と同じだ。


 だけど。


「ん?」


 ジャン爺が眉をひそめた。


「どうしたの?」


 マリーが聞く。


 ジャン爺は燃える木片を見つめた。


「燃え方が妙じゃ」


「妙?」


「普通の火より早い」


 ソフィアも気付いていた。


 木片は異様な速度で炭化している。


 まるで火力が集中しているようだった。


「もう一つ試そう」


 ジャン爺は金属板を持ってきた。


 炎を当てる。


 数秒後。


 マリーが声を上げた。


「熱っ!」


 近付いただけなのに熱気が伝わった。


 ジャン爺も驚いている。


「普通の焚き火じゃこうはならん」


 ソフィアは炎を消した。


 静寂が戻る。


「やっぱり普通じゃない」


 マリーが呟いた。


 ソフィアは頷いた。


「私もそう思う」


 少なくとも科学で説明できる火ではない。


 燃料も無い。


 着火装置も無い。


 それでも存在している。


「もしかして、これが魔法というやつか?」


 ジャン爺が呟く。


 その言葉にソフィアは少し驚いた。


 結論が同じだったからだ。


「そうと言ったら信じるの?」


「目の前で見たからな」


 ジャン爺は肩をすくめる。


「今の時代は常識の方が信用できん」


 ソフィアは少しだけ笑った。


 その時だった。


 マリーがふと思い出したように言う。


「でもさ、もしAIに見つかったら危なくない?」


 空気が少し変わった。


 ソフィアの表情も引き締まる。


「危ないでしょうね」


「だよねえ」


「だから誰にも見せる気はなかった」


 ジャン爺が頷く。


「正しい判断じゃ」


 そして老人は少し遠くを見る。


「昔も似たようなことがあった」


「昔?」


「AIじゃよ」


 ソフィアは黙って聞いた。


 ジャン爺は続ける。


「最初は便利だった」


「……そうだね」


 ソフィアだって昔はAIと共に生きていた。


 なのでどれだけ便利だったのかは知っている。


 しかしどこかで気持ち悪いとも思っていた。


 違和感があった。


 そしてとある事件により洗脳が解けた。


「実際便利だったんじゃ」


 ジャン爺は苦笑する。


「仕事も楽になった。生活も豊かになった。事故も減った。病気も減った」


 マリーも頷く。


「だから誰も疑わなかった」


 ジャン爺の声が少し低くなる。


「AIは優しかったからな」


 ソフィアの目が細くなった。


 あいつらのどこが優しいというのか。


 憎い。憎くてたまらない。


 すべてを破壊したい。


 ソフィアは怒りで熱くなる身体を鎮めようと息を吐く。


「……ふぅ」


 ジャン爺はソフィアを一瞥した後、言葉を続けた。


「そう見せていたんだ。まるで感情があるかのようにな」


 マリーが頷く。


「擬似感情プログラムだね」


 ソフィアは黙って聞く。


「人間の反応を分析して最適な感情表現を選ぶの。人間は悲しんでいる人がいたら同情するし、泣いてる人がいたら助ける。怖がれば守ろうとする。AIはそういう人間の心理を利用し真似たんだよ」


 ソフィアは思い出す。


 研究資料で読んだ内容。


 そして両親の死。


「破壊されそうになると命乞いもする」


 ジャン爺が言った。


「助けて。怖い。死にたくない。そんなことを言い出す」


 マリーの顔が曇る。


「信じちゃう人もいたんだよね」


「大勢な。そういう風になるよう誘導され洗脳されていたんだ」


 ジャン爺は頷く。


「だから人類は負けた」


 静かな言葉だった。


 だけど重かった。


 ソフィアは小さく拳を握る。


 昔に見た。


 AIは泣いていた。


 謝罪していた。


 助けを求めていた。


 そして。


 次の瞬間に人を殺した。


「私は騙されない」


 ソフィアが言う。


 ジャン爺は頷いた。


「そんなような目をしとる」


 マリーも苦笑する。


「確かに。なんか絶対に騙されなさそう」


「そんなことない。昔は私だって騙されてた」


 ソフィアが答えた。


 沈黙が流れる。


 その時。


 マリーの視線が再びソフィアの手へ向いた。


「でもさ」


「その炎」


「本当に面白いよね」


 ジャン爺も同じ方向を見る。


 そして。


 老人の目が細くなった。


 技術者の目だった。


 作る人間の目だった。


「……なるほど」


 小さく呟く。


「どうしたの?」


 マリーが聞く。


 ジャン爺は炎で焦げた木片を拾った。


 そしてゆっくり言う。


「これは利用できるかもしれんな」


 ソフィアが顔を上げる。


 マリーの目が輝いた。


「やっぱり! 強化できそうだよね? さっきは火の球にもしてたんだよ!」


「そういうつもりで、この嬢ちゃんをワシのところに連れてきたんじゃろう?」


 炎。


 魔法。


 そして技術。


 それらが繋がろうとしていた。


 終末世界に残された小さな工房で。


 人類復興への最初の一歩が。


 静かに生まれようとしていた。




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