297.思わぬ人の名前を聞いて
「で、どうするの?」
またエアロックを閉められても困るのでとりあえず少年はローラさんの膝の上で静かに寝息を立てている。
そんな少年の頭をいとおしそうに撫でるローラさん、年齢的には子供がいてもおかしくないだけに非常に絵になる構図だ。
因みに少年だが、服はそれなりに上質な物を着ているようで多少汚れてはいるけれども、ほつれているような様子はない。
ということはある程度お金をかけてもらっていたという事になる。
さすが親が権力闘争していただけの事はあるが、その結果は御覧の通りだ。
「まったく、このやり取り何度目だよ」
「マスターが煮え切らないのですから仕方ありません」
「煮え切らないって仕方ないだろ、相手は宙賊だぞ?」
「だからどうしたのよ」
「俺達が行こうものならどうなるか、わかるよな?」
「今まで仲間を山ほど撃ち落としてきたやつが来たってなりますよね」
「いくらイブさんが強くても多勢に無勢、アリスとテネスがいたとしても小型レーザーを撃ち込まれたんじゃどうしようもない。そんな場所にわざわざ行って皆を危険にさらすってのはキャプテンとして承服しかねる」
男は殺し女は慰み者にってのがやつらの基準、俺はまぁ死んだとしても他の面々にまで被害が出るのはちょっとなぁ。
「じゃあこの子をどうしますか?連れていきますか?確かに船をスキャンしてこの子がいたら周辺の宙賊は勝手に集まってくると思いますが、宙域が離れるとその効果もありませんよ。とはいえその地域で下したところで一人では生きていけませんし、どこぞの施設に預けても失踪届の関係ですぐに戻されるのは確実です。高いお金を払って匿ってもらったとしても、インプラントに書き込まれたデータを使うたびに失踪届が表示されますから、まともな生活は難しいでしょうね」
「その届けは消せないんですか?」
「やろうと思えばできますが、そこまでして連れていくのかという事です。正直我々には何のメリットもありませんし、ぶっちゃけイブ様が気付かなければ死んでいた命です。それはこの世の中にはそういった命がいくらでもいる、もちろんマスターの命令であればやりますが・・・どうします?」
俺に関係のある事であれば躊躇なくやるアリスだが、逆を言うと関係ない事には一切興味がない。
確かに彼を助ける事は俺に何のメリットもないし、いうなれば助けてやる義理もない。
これが少年ではなくオッサンだったら即放置、あとは勝手に死んでくれってなるだろうけど年端も行かない少年だからこそ話がめんどくさくなるわけで。
「助けた所でメリットがない、確かにその通りだが連れていくメリットはもっとない。それにつれていくと間違いなく権力闘争の相手がやって来て、なんなら俺達のことを歓迎してくれる可能性すらあるわけだ」
「なるほど、その可能性は考えませんでした。マスターも中々に悪ですね」
「まぁそれは最終手段だけどな。とりあえずインプラントデータが求められるのは入港時のチェックだけだろ?ローラさんの時みたいにジャミングをかけるか、もしくは・・・」
「それやったら入る時だけあの箱に入ってもらったらええやんか。箱自体は壊れてないんやからそこに隠れて通過したら出てもらったら終わりちゃう?」
「だな、それ採用で」
そうだよな、数分でも入っててくれればそれで終わる話だ。
中が暗くて怖いというのならライトでも入れておけばいいだろう。
あのぐらいの年なら菓子とオモチャで何とかなるはず・・・はずだ。
「つまり連れていくんですね」
「放置するのは目覚めが悪い、どこかに置いていくの目覚めが悪いとなれば、連れて行ってどうにかするしかないだろう。幸い母親は生きているみたいだし、まずはそれに接触するところからスタートだ。それとも何か、俺が宇宙に放り出すような男に見えるか?」
「無理ですね」
「だろ?」
満場一致の反応に思わず苦笑いを浮かべてしまったが、とりあえず方針は決定。
相変わらずの行き当たりばったりだがハッキングジャミング関係ではアリス達の右に出る奴はそういない。
後は見た目の問題だが・・・それも何とかなると思っている。
決して俺の趣味ではないけれど、前に見たホロムービーに面白いネタがあったからそれを使わせてもらおうじゃないか。
「あ、起きたみたいですよ」
「お?」
「ちょっと、アンタみたいなのがのぞき込んだら怖くて泣いちゃうじゃない、さっさと離れなさいよ」
「・・・ういっす」
様子を見に行こうと思ったらテネスから注意を受けてしまった。
まぁいきなり35のオッサンがのぞき込んできたら確かに怖い、その点周りには優しそうな人がたくさんいるので、少年からしたら天国だろうなぁ。
「ここは・・・?」
「ここはソルアレス、私はキャプテントウマ付きのアンティークヒューマノイドのアリスと申します。お客様、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「・・・ネロ」
「インプラントデータとの相違がないことを確認、ようこそネロ様、我々は貴方を歓迎します」
「インプラント・・・あ!ダメ!僕を見るな!」
ローラさんの膝に抱かれていた少年が慌てた様子で立ち上がりアリスに向かって手を伸ばす・・・も、何も起きない。
「ハッキングを検知。高技術のハッキングを検知、無効化を開始。対ハッキング用プログラム起動、ルインズプログラムを使用します」
「ちょっと!それは遺跡で見つかったやつでしょ!そんなのを使ったら・・・」
「問題ありません、あくまでも防御用です」
いや、見えないだけでどうやら物凄い攻防が行われているようだ。
アリスにハッキングを仕掛け、更には防御に回らせるぐらいの実力があるという事なのだろうか。
そう言えばエアロックが開かなかったのもロックシステムを書き換えられていたせいだったわけだし、もしかしてこの子ものすごいハッキング術があるのか?」
「なんで!?なんで効かないんだよ!」
「今の技術では到底対処できないプログラムを使用しています。因みに彼女にも同じものを走らせてありますのでハッキングは不可能です。悪いことは言いません、これ以上の干渉は攻撃行為とみなし貴方を拘束しなければならなくなります。どうかあきらめてください」
「そんなこと言ってあいつらみたいに僕を殺すつもりなんだろ!」
「そうであれば今すぐにでも頭を撃ち抜いていますが?」
「それはそうだけど・・・」
「我々は敵ではありません。マスターの見た目はこんな感じですが、宙賊ではなくむしろ逆の傭兵です。マスター、ライセンスを出してください」
「ん?あぁ、これでいいか?」
少年を必死になだめようとするわけでもなく、淡々と処理するのがまたアリスらしい。
端末を起動させてライセンスを空中に投影、それを見た少年がやっと肩の力抜くのがわかった。
「ハッキングの中止を確認。防御プログラムを継続します」
「アリスにハッキングを仕掛けるとは中々やるじゃないか。が、相手が悪かったな」
「なんなんだよコイツ、僕のハッキングでどうにもならない奴なんていなかったのに」
「私は少しだけ特別製なんです。貴方の置かれている情報はこちらでも確認しています、ヴァイス・コンコースにおける宙賊内の権力闘争、それに巻き込まれたあなたは何かしらの理由で宙賊船に乗せられてコロニーを脱出、その際に我々が救出いたしました。映像を確認しますか?」
「いい、宙賊でないならマ・・・母さんの願いはかなえられたわけだし」
年の割に随分としっかりしているじゃないか。
親が親だけに甘やかされて過ごしたのかと思ったらどうもそういう感じじゃなさそうだ。
ハッキング技術はかなりのようだが、ママと言いそうになるあたりまだまだ子供だな。
「とりあえず俺達は情報が欲しい。いきなりの事で悪いが話を聞かせてもらえないか?」
「そう言って僕を油断させて奴らに売り飛ばすつもりなんだろ!カイロスおじさんさえいたらお前なんてひとたまりもないんだからな!」
「ん?今カイロスって言ったか?」
ここに来て思わぬ人物の名前が出てきた。
いや、あの人こそ宙賊の中の宙賊、これから行く場所でも名前は知られているだろうけど、まさかあの人をおじさんと呼ぶ奴がいるなんて思わなかった。
「え?カイロスおじさんを知ってるの!?」
「知ってるも何もマスターはカイロス様に認められています。マスター、ありますよね?」
「あぁ、あるぞ」
そう言って俺は前に貰っていたコインを少年に向かって見せてやった。




