293.職権乱用に加担して
「なるほど、貴方らしいやり方ですね」
そう言いながら軍服・・・ではなく、珍しい私服姿のナディア中佐が美味しそうに肉を頬張っている。
ここはテルマ・オルビスタの中でも限られた人しか入れない超高級エリア、通りには庶民が買えないようなブティックが軒を並べ、そこを歩く人たちも皆ハイソな感じ。
今いる店もまたかなり高級な感じだが、他に客がいる様子はない。
他の面々は買い出しなどで忙しいらしくアリスですら同行することは無かった。
軍の中佐殿と二人切り、にも拘らず緊張しないのはお互いに気心の知れた関係だからだろうか。
「ん!これも美味いな」
「知り合いの紹介で予約しましたが、悪くないですね」
「因みに聞くが予約したのは席だよな?」
「えぇ、店ですよ」
サラッと答えているわりにどうも答えがかみ合っていない気はするが・・・まぁいいだろう。
肉は合成ではない本物、野菜は専用のプラントで作った新鮮なもの、そして酒はナディア中佐が持参した一級品。
その後も食事を満喫しながら世間話を交えつつ今回の件について報告、ナディア中佐からすれば名前を貸しただけという感じかもしれないが俺達にとっては最高の切り札になったので、こうやって食事に誘ったというわけだ。
店に関してはいくつか候補があったものの、先方からここがいいという申し出があり快諾したのだが・・・いったいいくら払わなければならないのだろうか。
「では今後はここで宿を運営するんですね?」
「正確には運営するのはケイトさんであくまでも俺は業務を委託するだけ。軍の単年契約を維持するために法人は必要だったとはいえ、さすがにここで骨をうずめるつもりはない」
「それで5000万ヴェイルも支払うあたりが貴方らしいですが、普通はもっと悩むものでしょう」
「確かにそうかもしれないが計算上十年で元は取れるし、その後も年間300万ヴェイルは利益を生み出してくれるはずだ。もちろん軍が継続して利用してくれれば、という話ではあるがその辺は中佐次第だな」
そう言ってちらりとナディア中佐の方を見るも、素知らぬ顔で食後の香茶を口に運んでいた。
残念、ここで言質の一つでも取ってやろうかと思ったんだが、先読みされていたようだ。
「そういえば本人の姿が見えないな」
「店の外で待機しています。中佐命令で中に入ることは禁止しました」
「それって職権乱用って言わないか?」
「今は休暇中ですから、プライベートが優先です」
「なるほど。で、そのプライベートは満喫できているのか?」
「出来ているとお思いで?」
「すまん、失言だった」
いくらプライベートとはいえ数百人を管理するとなるとなかなか自由な時間は取れないんだろう。
今日だって無理やり時間を作ってきたに違いない、とはいえせっかくバカンスにきているんだからそれらしい事の一つや二つしてもいいと思うんだがなぁ。
「しかし、まさか貴方からお誘いがあるとは思いませんでした」
「今回の件で色々と世話になったからな、その礼だ」
「私からすれば艦の仲間に休みを取らせるいいきっかけになりましたし、これが広がれば他の地域にも同じような保養所が用意されることでしょう。結果、軍全体の生産性が上がる、悪い話ではありません」
「そう思ってもらえるとありがたい」
「で?」
「ん?」
「まさかこれだけで終わりというわけではありませんよね?先ほども言いましたがプライベートとはいえ私も忙しい身、とはいえ我々に貢献してくださっているキャプテントウマのお誘いともなれば断るわけには参りません。例えレオン大尉が文句を言ったとしても、これは最優先事項と判断されます」
なるほど、つまりはこれを口実にコロニーを満喫させろという事か
今までは楽しみたくても口実が無かった、だが俺が誘ったことによってそれが生まれここぞとばかりに楽しもうと画策しているらしい。
それならばここの支払いは向こうで持ってもらいたいところだが、そういうわけにもいかないのだろう。
「なるほどね」
「それで、キャプテントウマは次にどこへ行きたいんですか?」
「折角ですからショッピングモールで買い物なんてどうでしょう、水着をお持ちでしたらプールに行くのもいいでしょうし、ゆっくりと温泉に浸かるというのも悪くはありません。ただし、惑星降下だけはお勧めしません。命が惜しくないというのなら話は別ですが、残念ながらそこには同行できないのでご容赦ください」
「素晴らしいですね、本当は公務があるのですが他でもないキャプテントウマのお誘いですから喜んで同行させていただきます」
「では早速参りましょう・・・っていう感じでいいんだよな?」
「ばっちりです」
まったく、俺を休暇の言い訳に使うなんてよくまぁそんなことをおもいつくわけだ。
善は急げと早々に席を立ったナディア中佐はその足で外にいるレオン大尉に事情を説明、俺は会計を済ませてから合流する。
支払額?
聞かないでくれ。
「お待たせ」
「あの、キャプテントウマこれは一体・・・」
「急な話で申し訳ないがナディア中佐をお借りする。あまり遅くならないよう船に帰すからよろしく頼む」
「頼むって・・・中佐?」
「あとの事は任せました。キャプテンのお邪魔はできませんのでよほどの急用でない限り連絡は禁止します。どうしてもというのであれば先にキャプテンのヒューマノイド、アリスさんに連絡をしなさい。彼女は優秀なアンティーク、軍内部の事も把握していますから力になってくれるでしょう」
「それじゃあ大尉、あとは任せた」
「あ、ちょっと!」
あのクールな大尉があそこまで慌てるとは中々に面白い。
軍内部の規律では上司の命令は絶対、例え中央から派遣されてきた人物だとしても大尉と中佐では格が違い過ぎる。
加えて俺と言うイレギュラーの要望があればそれを拒否することはできない、という作戦は見事に成功。
かくしてナディア中佐は短いながらも本当の意味での休暇を獲得したというわけだ。
「じゃあ後はご自由に」
「何を言っているのですか?」
「ん?」
「貴方と一緒でなければ部下に見つかった時に説明できないじゃないですか。貴方からのお誘いなんです、最後まで付き合ってもらいますよ」
「マジか」
「それとも、私と外出するのは嫌ですか?」
「その言い方は反則だろ。まったく、中佐様がなんて顔してるんだよ」
「今日は中佐ではありません、ただのナディアです。軍服も着ていないでしょう?」
てっきり自由時間を満喫するのかと思いきや、最後まで付き合えと言われてしまった。
そこまでするつもりはなかったのだが、確かに中佐のいう事にも一理ある。
はぁ、食事が終わったらのんびり温泉にでも入ろうと思っていたのにどうやら俺のプライベートは無くなってしまったらしい。
とはいえほかでも無いナディア中佐の頼みとあれば断る理由はない。
その日はただのナディアになった彼女に連れられ、買い物、食事、それからバカンスと濃縮した一日を過ごすこととなった。
まさかこの短時間でプールにまで連れていかれるとは思っていなかったが、おおかたアリスか誰かにこの間の件を吹き込まれたんだろう。
買い物でも真っ先に水着を選びに行ったあたり間違いない。
「はぁ、疲れた」
「そうですか?私は明日も一日楽しめますが」
「しこたま買い物を楽しんでからのプールだぞ、元気すぎるだろ。プールってのはもっとこう、のんびり水に浮かんでいるとかジャグジーで体をほぐすとかする場所じゃないのか?」
「折角これだけの水を用意してくれているですから泳がない理由はありません。そう言いながら貴方も楽しんでいたじゃありませんか。まさかコロニー生まれの貴方があんなに上手く泳げると思っていませんでしたが、どこかで訓練を?」
「訓練するようなことは無いが、ちょっとな」
「どうせ女性に良い所を見せたいとかそういう理由なのでしょう」
「あのなぁ、人を何だと思ってるんだ?」
「船に女性クルーしか乗せていない人のセリフとは思えませんね」
うーむ、そういわれると反論できないのがまた悔しい。
別に男性を乗せないつもりではないんだけど、現状で必要とは思わないので乗せないだけだ。
しいて言えばローラさんがノクティルカに移ったことでソルアレスのパイロットがいなくなってしまったので、良い人がいればと思っているが別にいなくても何とかなっている。
「別に乗せないわけじゃないんだが、成り行きでな」
「そういう事にしておいてあげます。それに、その規模であればこれ以上のクルーは不要でしょう?」
「それがそうでもないんだよ。ローラさんがノクティルカの操縦をしているからソルアレスはアリスにまかせっきり、この前みたいな戦闘ともなると流石に厳しいものがある。まぁそもそもそんな場所に行かなければいいだけの話だから問題ないと言えば問題ないけど、いきなり戦闘になると不安は残る」
「それなら私が・・・」
「ん?」
「なんでもありません。あまり女性ばかり入れて問題が起きないようにしてくださいね、女の恨みは怖いですよ」
うーむ、それを言われると不安はあるが、今の所うちは大丈夫だと思っている。
女性と言っても二人はヒューマノイド、全員自分の仕事をしっかりとこなしてくれているのでもめごとはあまりない・・・と認識している。
「へいへい。それじゃあナディア、またどこかで」
「えぇ、またどこかで会いましょう・・・トウマ」
「なんだよお前がそう呼べって言ったんだろ」
「言い慣れていないだけです!さっさと帰りなさい!」
かくしてナディア中佐のバカンスはこれにて終了、あちこち連れまわされて大変だったが彼女の息抜きになれば幸いだ。
これでやるべき事は全て終わったし、あとは出発を待つばかり。
長かったテルマ・オルビスタともお別れだ。




