277.ゆらゆらと波に揺られて
歩いているプールサイドからも伝わってくるような波の音。
プールコロニー一番の目玉は、大きな波が打ち付けるプール・・・なのだが、流石にあそこではしゃぐ気にはならないので少し横の一回り小さなプールへと向かう。
ここでも波は出ているけれど、先ほどのように荒ぶるような感じではなく軽く打ち寄せる感じ。
ここなら浮かんでても特に問題はないだろう。
「お、ここにいたのか」
「トウマさん!よかったらご一緒にいかがですか?」
「随分と気持ちよさそうだが、邪魔していいのか?」
「大丈夫です!」
「浮き輪ならあそこに置いてあるわよ」
「ふむ、じゃあお言葉に甘えて」
小さなプールにはテネスに聞いた通りローラさん達が大きな浮き輪の中に乗ってゆらゆらと波間を漂っていた。
両手を広げるぐらい大きな円形の浮き輪に体を入れて手足で軽く抑える感じ、そのままだとお尻から落ちてしまいそうだが、どうやらガイドのようなものがあるようでその心配はないようだ。
上半身は水の上に出ているものの足を広げた感じで浮かんでいるので中々にセクシーな感じになっている。
ローラさんとケイトさんはパレオがあるので直接見えるわけではないけれども、リリットさんは体のサイズ感もあり・・・いや、これ以上は何も言うまい。
「ふむ、思った以上に安定しているな」
「体もそこまで冷えませんし、気持ちいいですよね」
「だな」
俺達の周りにも同じような感じでゆらゆらと揺れている人たちがいる。
同じような円形の浮き輪の人もいれば、板状のフロートに俯せになって寝ている人もいる。
楽しみ方は千差万別、さっきアレだけ動いたからか急に眠たくなってきたぞ。
「そういえば、ローラさんとリリットさんが同郷だったんだって?」
「そうなんです!びっくりしちゃいました!」
「私の場合は随分と昔の話ですけど、でも話を聞いて懐かしくなってしまいました」
「帰りたいか?」
「いいえ、若い頃の記憶はそのままにしておくに限ります」
「それは私も同感ね、あの頃の記憶は綺麗なまま残しておきたいもの」
ローラさんの意見にケイトさんがすかさず賛同する。
俺もわからない話じゃない、あの頃はよかったとよく親父が口にしていたが今になればそれがよくわかる。
若かりし頃の記憶というものはある意味都合がよく、無かった事もまるで経験したかのように覚えてしまっている。
でも、それをわざわざ否定する必要は無く、綺麗なままにしておくことで思い出した時にモチベになったり気分転換になったりするものだ。
まだ若いリリットさんにはわからないかもしれないけれど、いずれそれを理解する日も来るだろう。
その後も眠たさをやり過ごすべく強引に話題を作って頭を覚醒させつつ浮かんでいると、横にいたケイトさんの様子がおかしい事に気が付いた。
「どうした、酔ったか?」
「もしかしたらそうかも」
「無理しないでください」
「私、デッキチェアまで送っていきますね!」
「これぐらい大丈夫よ」
「駄目です、ほら行きましょう」
冷えたのかこの揺れにやられたのかのどちらかだろう、そこまでひどい感じではなさそうだがリリットさんがすかさず自ら上がり、ケイトさんを支えながら元いたデッキチェアまで誘導する。
ふむ、いい加減体も冷えてきたし俺もまたジャグジーにでも行くかな。
「大丈夫でしょうか」
「まぁリリットさんもいるし、ここはメディカルスタッフもいるらしいから問題はないだろう。一応テネスに状況だけ伝えておく」
「それがいいと思います」
「ローラさんはどうする、もう上がるか?」
「私はまだ大丈夫ですけど・・・あの、よかったら奥のプールに行きませんか?あっちは温水ですから体が冷える事もありませんし」
奥のプール?
そう言えば波のプールの奥に別のがあったような気がするが、なるほど温水プールだったのか。
体も冷えてきたし折角だからそっちも楽しませてもらおう。
というわけで一度プールから上がり、浮き輪を元の場所に戻す。
ついでにローラさんの分も預かったのだが、足に張り付いたパレオが中々にセクシーで思わず目をそらしてしまった。
胸はそこまでじゃないけどお尻はそれなり、俗にいう安産型と言う奴だが・・・パレオがパレオの意味をなしてないな、うん。
「ほぉ、こんな風になってるのか」
「まるで洞窟の中みたいですね」
「なになに、ここの温水には惑星の温泉を使っているらしい。効果は・・・美肌?」
足元が結構滑るので意識することなくローラさんの手を取りながらプールの奥へ、洞窟の中のようなごつごつとした岩肌が特徴的で、奥の方まで細長く続いている。
途中いくつか分かれ道があり、その奥はジャグジーのようになっているのかどこもカップルが気持ちよさそうにくっつきながら浮かんでいた。
これは・・・場所を間違えたか。
「あ!あそこが空いてますよ」
「ん、あぁそうみたいだな」
俺の動揺を知ってか知らずか、ローラさんが空いているジャグジーを発見。
入り口は屈まないと入れないぐらいなのに中は思ったよりも広く、立ち上がってもまだ余裕がある。
階段を三段ほど登った先にあるジャグジーは下にライトがついているのか白く光っており、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出していた。
ジャグジー内は浅く横になっても顔が浸かる心配はなさそうだ。
「綺麗ですね」
「お?こっちはあまり熱くないな」
「あまり熱いとのぼせちゃうからじゃないでしょうか」
「ふむ、なるほど」
「トウマさん、こっちへどうぞ」
「それじゃあ遠慮なく」
ここで恥ずかしがるような年でもない、案内されるがままローラさんの隣に横になり、彼女もまた俺にぴったりと肩を当ててくる。
ブクブクと下から沸き上がる泡の感覚に少しくすぐったさを覚えるが、それはそれでまた気持ちいい感じだ。
お互いそのまま何も言わず静かな時間だけが過ぎていく。
余りの気持ちよさにだんだんと眠くなってきた頃、微かに彼女の肩が動いたのを感じた。
「さっき、若い頃の記憶はそのままでいいという話をしましたよね」
「あぁ」
「あの場ではリリットさんもいたのでそのままでいいって言いましたけど・・・でも本当は違うんです」
「と言うと?」
「あの頃にはもうアイツの影があるので正直思い出したくありません。それよりも今はこの時間の方が綺麗なまま残したいと思っています」
「そう思っていただけて何よりだ」
「あの時命を救ってもらって、そしてここまで色々な事を経験させてもらって。どれだけ大変でも、一度もつらいなんて思ったことありませんでした。本当ですよ?」
まるで堰を切ったかのようにローラさんが話続ける。
普段はもう少し大人しい感じの人なのに、今日はどうしてしまったんだろうか。
「今やローラさんなしじゃ俺達は回らないからなぁ。これからも頼りにしてる」
「もちろんです。でも、最近それだけじゃ足りなくなってきたんです」
「ん?」
「ノクティルカを操縦するのも楽しいですしソルアレスで飛び回るのも好きです。イブさんは親切だしミニマちゃんは可愛いし、アリスさんもテネスさんもどちらもとても優秀で、私のしたいことをさせてくれます。でも、そこにはトウマさんがいないとだめなんです」
「・・・」
「今のこの瞬間もトウマさんがいるから満たされていて、むしろいない生活なんて考えられなくて。だから頼りにしていると言われるとものすごくうれしいんです。だからもっと頑張ろう、もっと出来るようになろう、そう思ってしまいます。そして今も、もっと私を見てほしい」
ザバッと音がしたかと思ったら、ローラさんが上半身を起こしまっすぐに俺の方を見てくる。
これはマズイ。
まさかこんな展開になると思っていなかった、もちろん俺もばかじゃないのでローラさんの気持ちを知らないわけじゃないけれど、それでもここまで思ってくれているとは・・・。
こんなんだから嫁にも愛想をつかされるんだろう、なんてローラさんを前に元嫁の事を思い出してしまう残念な男。
それが俺だ。
そんな俺に向かって真っすぐに好意を向けてくれている、本来ならばそれに応えてあげるべきなんだろうけど、今の関係があまりにも心地よくてそれを壊したくない臆病な自分もいるわけで。
だんだんと近づいてくるローラさんの顔、いい加減覚悟を決めろと自分に言い聞かせながらお互いに目を閉じた・・・その時だ。
「マスター大変です!」
突然アリスの声が腕の端末から聞こえてきた。
いつもと違う切羽詰まった感じに慌てて二人で顔を見合わせる。
良い所を邪魔して・・・じゃない、一体何が起きたんだ。
それを確認するべく二人で頷きあうと、急ぎジャグジーを抜け元の場所へと戻ったのだった。




