276.大きなプールでゆったりと泳いで
「マスター、ここにいましたか」
「ん?アリスか」
「てっきりあのデッキチェアで横になられていると思ていましたが、意外にアグレッシブなんですね」
テルマ・オルビスタプールコロニー。
大小さまざまなプールがある中、俺がいたのは50mの長い競泳用プールだった。
基本的にバカンスの為に来る客が多いので、ここを利用する奴はほとんどいない。
まぁ、さっきボール遊びをしに若い連中が入って来たけれど、レーンがしっかり区切られているのである程度騒いだら飽きてどこかに行ってしまった。
ここは平和そのもの。
リリットさんんじゃないけれど、俺もこれだけの水がある空間は初めてなのでホロムービーの見よう見まねで水泳なる物を楽しんでいる。
「前の惑星じゃ波もあってこんな風に泳ぐこともできなかったが、ここなら水が入ってもしょっぱくないし波にさらわれる心配もない。案外面白いぞ」
「ヒューマノイドの私に泳げと言いますか」
「別に泳がなくても浮かんでいたらいいじゃないか。ヒューマノイド用の浮き輪があるんだろ?」
「それはありますが・・・」
「折角の水着なんだ、ウイルス処理でオーバーヒートする体を少しは冷やしておけよ」
そう言ってプールの中から腕を伸ばすと、渋々と言う感じでアリスがその場にしゃがみまずは足を水につけた。
その途端にアリスの足からシュワシュワと音を立てて気泡が上がる。
「・・・熱湯にしないだろうな」
「この水量を沸騰させるには私が後1万人以上足を付けなければ難しいでしょう」
「それを聞いて安心した。後で浮き輪持ってきてやるからそこで少し待ってろ」
「よろしくお願いします」
代わりにプールサイドへ上がり、ヒューマノイド用超浮力材を用いた浮き輪を持ってきてもらう。
見た目の割に重さはかなりのものなので、人間用だと浮力が足りず沈んでしまうからなぁ。
それをアリスに渡すと意を決したように体を水の中へ、最初はギュッと目を瞑っていたが恐る恐る開けて自分が浮かんでいることを確認すると嬉しそうな笑顔に変わった。
そう言えば前に惑星に行った時も中には入らなかったんだよなぁ。
これがヒューマノイド生初?の水遊びってわけだ。
「どうだ?」
「外部水冷式と言うのは中々にいいですね。超効率的に外から冷やされますので内部処理効率が3%向上しました」
「そっちかよ!」
「冗談です。体が不安定に揺れるのは少し不安ですが嫌な気持ちではありませんね。これを楽しいと表現するのでしょうか」
「折角の水着なんだ、水に入らないともったいないだろ」
「そして自ら上がり借りたこのTシャツが肌に張り付いた姿を堪能すると。燃え上がった欲情を処理できず誠に申し訳ありません。現在最優先でセクサロイド機能を復元しておりますので、今しばらくお待ちいただければ」
「いや、そっちは最後で頼みたいんだが?」
あらぬ誤解をしているようだけど、まぁ楽しそうなら何よりだ。
ぷかぷかと浮かぶアリスの横で不格好な泳ぎ方ではあるけれど50mのプールを端から端へ泳ぐのが中々に楽しい。
これが浮かぶという感覚、もし惑星を買ったらプールを作ろう。
水の循環にかなりのエネルギーを使うだろうけど、文句を言われてもこれを作ろう。
そうここで決めてしまうぐらいに気持ちがいい。
とはいえ、あまりにも下手くそすぎて二往復した所でヘロヘロになってしまい、そのままガイドに体を預けて浮かんでいたその時だ。
突然頭の上を陰が通りすぎ、水しぶきをほとんど上げずに何かが飛び込んで来た。
「お姉様ちょっと待って!ウチ泳がれへんねん!」
それから少し遅れてミニマさんがプールサイドを走り抜ける。
滑るから走らないで下さいという小型飛行ドローンの警告を無視していた彼女だったが、水たまりで足を滑らせそのままプールの中へ落ちてしまった。
「ガバ!ム、ムリ!」
そしてバシャバシャと水を叩きながら必死に浮かび上がろうとするも、泳げないと宣言していた通り中々岸にたどり着けない。
「ちょとまってろ!」
慌てて彼女の元に移動、体に捕まれと叫んでも必死にしがみついてくるせいで今度は俺が水の中に引きずり込まれてしまう。
しかもタイミング悪く息を吐いた瞬間だったため、水が気管に入りその場でせき込んだこともあり酸素が一気に抜けていく。
ヤバイ、死ぬ?
薄れゆく意識の中最後に・・・となる前に、ものすごい力で下から押し上げられ気づけばプールサイドに掴まっていた。
必死にせき込んで気管の水を吐き出し、必死に酸素を取り込む。
「ガハ!はぁ、マジで死ぬかと思った」
そう言えば持ち上げられるとき物凄い柔らかい感覚があったけど、あれは一体何だったんだろうか。
「まったく、だからプールサイドは走っちゃいけないって言ったじゃないですか!」
「ごめんなさいお姉様、でも置いて行かれたくなくて」
「折角のプールなんですから色々楽しませてくれてもいいのに。困った人ですね、ミニマさんは」
「うぅ、ごめんなさい」
と、その横でミニマさんがイブさんに怒られている。
競泳用水着に強引に押し込まれてもなお主張するあの大きな胸、間違いなく助けてくれたのはイブさんだろう。
しっかし、胸ってあんなに浮くんだな。
「次から気を付けるんですよ?」
「・・・はい」
「私は今から泳ぎますから、アリスさんみたいに浮き輪で浮いて待っててください」
どうやらお叱りは無事に終了、ちゃんとフォローするところがイブさんの素晴らしい所だ。
俺ならブチギレたまま放置しそうなもんだが、そういう事をしてしまうとミニマさんは病んでしまうタイプなのでその辺のフォローがしっかりとできている。
そのまま水に沈んだと思ったらスッとこちらに近づき、真横に顔を出してくる。
はりついた前髪をそっと避けてやると嬉しそうに微笑んだ。
「ミニマさんを助けてくださってありがとうございます」
「結局イブさんに助けられたけどな」
「でもあそこでフォローしてくださらなかったら沈んじゃってましたから。トウマさんが選んでくださった水着、とっても泳ぎやすいんですよ」
「そりゃ何よりだ、それによく似合ってる」
「ふふ、ありがとうございます」
満足そうな顔をすると再び泳ぎ始めるイブさん、その姿はさながら魚の様で前に見たホロムービーを彷彿とさせる。
あれはたしか子供向けのアニメーションだったと思うが・・・なんにせよ、戦闘や操縦だけでなく泳ぎも上手いってことはよくわかった。
突然のハプニングもあり少し泳ぎ疲れたので一度プールから上がり、フラフラとした足取りで近くのジャグジーへと移動。
程よく冷えたからだが温かなお湯と細かい泡でほぐされていくのがわかる。
いやー、これもいいなぁ。
流石にこれを船に導入することは難しいけれど、たまには浸かりたい気持ちよさがある。
「まったく、なんて顔してるのよ」
「テネスか、いいだろ疲れてんだから」
「向こうのプールで泳いでたんだって?よくまぁあの距離泳げるわよね」
「この日の為の予習してたからな」
「年甲斐もなく?」
「年甲斐もなく・・・って余計なお世話だ!」
ジャグジーで程よくほぐされている所にテネスが登場、端の方に浸かり気持ちよさそうに目を細めている。
「ヒューマノイドでも気持ちいいのか?」
「これを気持ちいいと表現すればいいのかはわからないけど、少なくともいつもと違う感覚にはなるわね。細かい泡が無数に肌に触れる事で触覚センサーが膨大な反応を出してくるからなんだかボーっとしてくるの」
「それ、やばいやつだろ」
どう考えてもオーバーヒートする流れだと思うんだが、まぁ本人がいいのなら何も言うまい。
「ローラさん達は?」
「今は波のプールの方にいるわよ。リリットちゃんが同郷だってわかって親近感がわいたみたい」
「ん?向こうの星系からきてるのか」
「正確には幼少期ね。ケイトさんは二人と一緒に行動中、随分と明るくなってるわよ」
「別にケイトさんは聞いてないんだが?」
「アンタなら聞くと思って」
確かに多少は気にしていたけれど・・・まぁ、なんにせよ楽しんでいるのなら何よりだ。
体も程よくあったまったしいよいよメインプールを満喫させてもらうとするか。
幸せそうな顔をするテネスの頭をポンポンと軽く叩いてから、ドドンドドンと音を響かせる巨大プールの方へと足を向けるのだった。




