274.プールへと向かって
「おはようございます」
翌朝。
珍しくコロニー照明が付く前に起きた俺は、リビングに移動して一人香茶を飲みながらタブレットに目を通していた。
いつもならもっとゆっくり寝ているはずなんだが、アリスがベッドに潜り込んで来たせいで上手く眠れずいつもよりも早く目が覚めてしまった。
まったく、いくらセミダブルのサイズがあるとはいえ二人となるとそれなりに狭い。
しかもヒューマノイドの癖に寝相が悪く、だんだんと俺を端の方に押してくるのがまた厄介だ。
気づけば端の方で直立不動で寝る羽目になってしまい体中がバキバキになってしまっている。
そんな俺の前に現れたケイトさんは昨日よりかは少しだけ顔色がよくなっていた。
今まではまともに眠れなかったんだろう、それに比べれば短時間でも眠れたのならスッキリするのも当然だ。
「おはようさん、少しは寝れたか?」
「久々に少し眠れた気がする」
「そりゃなによりだ。食欲は?」
「そっちも少しだけ」
「それならフルーツぐらい食べられるだろ。この間買って来た天然物だ、美味いぞ」
とりあえずテーブルに誘導し、香茶をポットからカップへと移す。
流石に天然物を出すことはできないけれども、それなりに香りの良い物をローラさんが持ってきてくれていたので朝から幸せな気分になれる。
果物はこの間行った商店の荷物に入っていたもの、なんであんなに高いのかと思ったらここぞとばかりに天然物の果物を押し込んでいたようだ。
まぁそれがリリットさんの成績になればいいんだが、いい加減それも辞めてもいいかもなぁ。
彼女がここに来たのは学費を稼ぐため、この前の買い物でそれなりの稼ぎは出来たはずだからこれが終わって元の生活に戻ってもそれなりに暮らしていけるだろう。
だからこそこれ以上運営を儲けさせるつもりはない。
彼女の前にカップと果物の載った皿をそっと置くと、ゆっくりとした動きでカップを手に取った。
「・・・美味しい」
「そりゃ何よりだ」
「まともに食べたの、いつ振りかしら」
「人間真面に喰わないとろくなことを考えないからな。思う所はあると思うが、とりあえず俺達と一緒の間は付き合ってもらうぞ」
「ふふ、とんだお客様を迎えちゃった」
「これも旦那の導きみたいなものかもな。さて、まだ早い時間だからそれを食べたら部屋に戻ってもうひと眠りしてくれ、今日は長い一日になるぞ」
その言葉に返事はなかったが、ゆっくりと香茶を飲み果物を食べ終えたケイトさんは静かに自室へと戻っていった。
人間空腹と寝不足の時にはろくなことを考えないからな、これで少しはマシになるだろう。
「さて、俺ももうひと眠りするか」
とはいえベッドはアリスに占拠されているのでそのままソファーに横になり、静かに目を閉じる。
聞こえてくるのは中庭にある露天風呂のお湯が流れる音。
かけ流し故に常に水音が聞こえてくるが、それが子守歌のように聞こえあっという間に眠りについてしまったのだった。
「体がいてぇ」
それから数時間後。
出発の準備を終え、宿の前で体を大きく伸ばすとバキバキと体の至る所から骨の鳴る音がする。
やっぱりソファーなんかで寝るものじゃないなと思ってると、横にいたアリスが怪訝そうな顔をしてこちらを向いた。
「あんなところで寝ているからでは?」
「それをお前が言うか?」
「何のことでしょう」
「ったく、いい気なもんだ。それで、皆は?」
「今着替えを準備しています。昨日アレだけ落ち込んでいたケイト様があんなに明るくなられたのはマスターのせいですね」
「俺のせいとは人聞きの悪い、小腹が満たされ睡眠がしっかりとれて元気になっただけだろ」
「そういう事にしておきましょう・・・っと、来たようですよ」
ガラガラという音と共に大荷物を抱えた女性陣が姿を現した。
ただプールに行くだけなのにあんな大荷物になる物なのか?
「お待たせしました」
「そんなに待ってないんだが、凄い荷物だな」
「色々と準備していたらこんなことになってしまって・・・」
「何に使うんだ?」
「それは秘密です」
イブさんがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、荷物を背負いなおす。
ミニマさんはと言うと早くも水着に着替え、その上から服を着ているのか水着が透けてしまっている。
そんな俺達のはしゃぎようにケイトさんは若干引き気味だが、少なくともそういうことを考えられる子事の余裕は出来たようだ。
「リリットさん、プールのあるコロニーにはどうやって行くんですか?」
「専用の小型船がありますのでそれに乗っていきます。予約はしてありますので専用の発着場まで行けば優先的に案内してくれるはずです」
「優先的ねぇ、これが相談役の力か」
「少なくとも今日までの成績はかなりいいですからね、優遇されて当然かと」
「だが俺も今日までの話だ。後々のフォローは任せたからな?」
「そっちは任せてもらって大丈夫よ。相手がなんて言ってきてもやり返すつもりだから」
「やるのはいいがほどほどにな」
相談役として素晴らしい成績を収めていたリリットさんだが、それも今日で終わり。
今日以降は一切報告を行わず、アリスとテネスが運営からの連絡に返事をすることになっている。
これでリリットさんは晴れて自由の身、向こうで何か言われたとしても記録上は上客についていることになっているから俺達が文句を言えば運営も強くは出られないはずだ。
これこそが運営に対する反抗、相談役が仕事をしなくなれば運営は収入を失い、それに文句を言えば彼女達がハッキングして入手した黒い情報を公表すると脅される。
結果、俺達はコロニーの素晴らしい日々を満喫しつつ運営には一切お金を落とさなくて済むというわけだな。
運営があの手この手で客から金を搾り取るのなら、俺達はその上を言って運営から最高のサービスを提供させればいい。
「ねぇ、本当にここを離れて大丈夫なの?あいつらが何かしてこない?」
「その心配には及びません。宿周辺の常時監視は継続、奴らが何かしてくれば速やかに警報が鳴り響くように設定してあります。さすがの彼らも人の目がある前で悪さをすることはできないはず、あくまでも裏の存在ですから派手に人を集めれば勝手に離れていくはずです」
「ということだから安心していいぞ。それよりも水着、持ってきたんだろうな」
「流石に古いのは着れないから新しいのを買ってもらったわ」
地上げ屋の連中が何かしてこないか心配しているケイトさんだが、アリス達が何もしないわけがない。
その辺はしっかりと対策済み、っていうかハッキングした後なので奴らの行動は筒抜けだろうから何か不審な動きがあればすぐに反応できるだろう。
今の彼女に必要なのは非日常、折角のバカンスコロニーなのに楽しまないなんてもったいないじゃないか。
昨日の入浴中にケイトさん用の水着なんかを手配できたと報告を受けているので、後は現地でそれを受け取るだけのはずだ。
そんな水着化は現地でのお楽しみ・・・でもなぁ、流石に未亡人をそういう目で見る事は出来ないと思うけどなぁ。
「そりゃ結構、そんじゃまお楽しみのプールへと出発しようじゃないか」
「「「おぉーー!」」」
「で、どっちに行けばいいんだ?」
「マスター、わかって号令をかけたんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ。と言うわけでリリットさん、道案内は任せた」
テルマ・オルビスタに来たのなら一度は入るべきというプールコロニー、果たしてどんな風になっているのやら。




