262.拾ったものを相手に渡して
何故先を歩いていたリリットさん達が後ろから来るのか、最初はよくわからなかったがおそらくは歩くペースが違うせいだろう。
彼女の背の小ささを考えると一歩の歩幅もかなり短い。
という事は必然的に歩く速度も遅くなるわけで、その間に俺達が遠回りをしながらも追い抜いてしまったというわけだ。
それよりも驚きなのは目的地が同じだという事、それなら別ルートを通らなくてもよかったんじゃないかと思ってしまうが、まぁ終わった話だ。
「どうしてこちらに?それとももう別件は終わったんですか?」
「いや、どうやら目的地は同じだったらしい」
「そうなんですか?」
「まぁいいじゃありませんか。それではリリットさん、道案内ありがとうございました。また用があるときはご連絡しますので」
「本当に遠慮なく連絡してくださいね!ご飯の相談とかも大歓迎ですから、美味しいお店ならまかせてください!」
ビシッと敬礼のようなポーズを取り、トテトテと去っていくリリットさん。
だがその歩みも遅く、見えなくなるまで見送るのは大変そうなのでさっさと中に入ることにした。
外観同様少し古めかしい感じの宿だが、掃除は行き届いており雰囲気は悪くない。
わざわざ手で入り口を開けるのも乙なもの、そうそうこういうので良いんだよ。
「いらっしゃいませ。あら、こんなに団体さんが来る予定だったかしら」
入り口を開けると、奥のカウンターで頬杖をついていた女性が驚いた顔をする。
年は俺と変わらないか少し上ぐらい、薄っすらと見える目じりのしわを見る限りもう少し上かもしれないが、年齢を感じさせない勢いというかエネルギーのようなものを感じた。
そして例の手紙の受取人でもある。
「予約していたアリスです」
「アリスアリス・・・あぁ、確かに入っているわね。確認だけど、この宿の決まりは分かってるかしら」
「自分の事は自分で、ですね」
「その通り。よかった、ちゃんと理解してもらえているみたいね。ここは場所を貸すだけの古い宿、何から何までしてもらうことを期待しているのなら、綺麗なお店に行って頂戴。そうでないお客様なら大歓迎、ここには美味しいお店なんかもたくさんあるしもう大人なんだから自分の事は自分でっていうのがここのスタイルよ。もちろんタオルなんかの替えが必要になったらここまで来てくれたら用意できるから気軽に声をかけてね。一応温泉は24時間入れるけど、時間によって男女の場所を変えているから気を付けてね。それじゃあ一泊一万ヴェイルだけど・・・結局何泊するの?」
「とりあえず一週間お願いします」
「一週間ね、延長したくなったら前日までに声をかけてちょうだい。えーっと、あったあった。これが鍵だからなくさないように、複製するの大変なんだから。アメニティは壁側に並んでいるから一人一つ持って行ってね、それじゃあどうぞごゆっくり」
どうやら前金制らしくカウンターの端末にアリスが手をかざして支払いを終わらせ、代わりに一本の鍵を受け取った。
今時物理キーを使うなんて珍しいが、まぁこういう場所だからこそ味があっていいのかもしれない。
何をするのも自分で、そういうコンセプトなんだろう。
ひとまずエントランスの端の方へ移動、ボディタオルや歯磨きなど使い捨てのをバイキング形式で好きなように持っていけるようになっている棚から各自必要な物をピックアップした。
うーむ、物を食べないのに何故アリスとテネスが歯磨きを持っていくのか・・・謎だ。
「なぁ部屋割りはどうするん?」
「今回は離れを一棟貸切りましたのでお好きな部屋をお使いください。全部で7室ありますから十分足りるかと」
「離れ一棟で1万ヴェイルだって?」
「その代わり自分の事は自分でしなければなりませんけどね」
「・・・それでも安すぎだろ」
「正直御商売をする気はないようです。予約サイトを探すのも大変でしたが、理由は分かりますね?」
旦那が戻ってくる場所を維持する為だけに宿を開けている、そんな感じなんだろう。
そんな人に現実を突きつけなければならないのか・・・はぁ、気が滅入るなぁ。
そんな俺とは対照的に女性陣は離れと聞いてテンションが上がっているようで、我先にと宿奥へと進んでいく。
「マスター?」
「なんでもない、俺達も行こう」
手紙を渡すだけだとしても荷物を置いてから出遅くはないだろう、心配そうにこちらを向くアリスに合図をして少し遅れて廊下を奥へ。
薄暗い廊下がまた雰囲気を出しているなぁ。
宿泊者がほかにいる気配はないが、掃除は行き届いているし中々いいんじゃないだろうか。
「見てください!広いですよ!」
中庭の上には温泉を送るパイプライン、その下を抜けて到着したのはなんとも立派な木製の扉。
その向こうからイブさんのはしゃぐような声が聞こえてくる。
「おぉ!」
「お気に召しましたか?」
「本当にここ全部使って1万ヴェイルなのか?」
「そうです。正面奥には露天風呂もあるそうですから、よろしければご利用ください」
「お姉様露天風呂だそうですよ!」
「露天風呂!ホロムービーで見て一度は入りたいと思っていたんです」
まるで子供のようにはしゃぐイブさんとミニマさん、ローラさんは・・・どうやらテネスと一緒にヘヤギメをしているようだ。
離れの中は真ん中がメインリビング、その左右に部屋が三つずつと右側の奥に少し大きめの部屋が一つ。
リビングの正面には大きな窓があり、その奥に中庭と露天風呂が見える。
つまりここを利用する人はこのリビングを通過しないといけないわけで・・・。
これ、俺が使うの無理じゃないか?
「お気に召しましたか?」
「あぁ、ばっちりだ。お前もここでならしっかりウイルス除去が出来るんだろ?」
「え?あ、そうですね」
「なんだよその反応は。お前が来たいって言ったんだろ?」
「そうでしたか?」
「お前なぁ・・・」
まったく、自分で言い出したくせにそれを忘れるとはどういうことだ。
ここにもウイルスの影響が?とか悪いことを考えてしまうが、心配した所でどうせ俺の為だからとか適当な事を言うんだろう。
「皆さん、部屋割が決まりましたよ」
「私お姉様の隣で!」
「決まったのはいいんだけど、本当に何もないのよね。飲み物とかも自分で準備しなきゃいけないし、買い出しが必要かも」
「ふむ、それならあの人に頼むか?」
「リリットさんでしたか?そういう役目みたいですけど・・・なんだか相談し辛いですよね。悪い人じゃないんですけど、何でもかんでも任せるのはちょっと違うと思います」
「そうかなぁ、別にかまへんのと違う?」
ローラさん的にはあまり頼りたくない感じ、それには俺も同意見だが彼女は彼女で仕事を言いつけられているんだから頼ったらいいじゃないかと言うのがミニマさんの意見。
どちらも間違いではないと思う、だが自分達のことぐらい自分でするべきと言うのが俺の結論だ。
単純にわざわざ呼ぶのがめんどくさいってのもあるけれど、正直きっかけがないと動ける自信がない。
「それなら俺が買ってくるさ。別の用事もあるし、それを終わらせて買いに行ってくる」
「わかりました、お願いします」
「それなら私も一緒に行くわ。アンタ一人じゃ頼んないし」
「へいへい、よろしく頼む」
そんな俺の心境を察したのか、テネスが文句を言いながらもついてきてくれるようだ。
何をするにしてもまずは目の前の仕事を終わらせよう、ひとまず決められた部屋に荷物を置き例の手紙をもって再びエントランスへと向かった。
「あら、もうおでかけかしら?」
「それもあるんだが、今は別件だ。実はここに来る道中でとある物を見つけたんだが、偶然届け先がここでね。これも何かの縁かもしれないが、とりあえず確認してくれ」
受付カウンターの上に例の遺体から回収した手紙、それと一緒に入っていた指輪をそっと乗せる。
それを見た瞬間、女性の目が大きく見開かれ震える両手で口元を覆ってしまった。
押さえた左手の薬指に見えるのは置いたのと同じデザインの指輪、間違いなく彼女の夫だったようだ。
失踪届を出し、それでもいつか戻ってくると信じてこの宿を経営し続けた彼女につきつける無情な現実。
まったく、見つけてしまったとはいえ損な役回りだまったく。
「ほら、必要な物を買いに行くわよ」
「ということだからちょっと出てくる、確かに渡したからな」
客がいたら泣くに泣けないだろう。
テネスに促されるようにカウンターを離れ入口の方へ、ガラガラと扉が開く音と共に背中越しに嗚咽するような声が聞こえた気がした。




