229.途中で進路を変更して
どこまでも続く黒い宇宙。
その中に数多の星々が自己主張して輝いているけれども、あまりにも数が多すぎて一つ一つを認識するのは難しい。
だがそれを含めて宇宙は成り立っている。
要は細かいことを気にするなということなんだろう。
知らんけど。
大きく伸びをしてベッドから這い出した俺は、ポリポリと後頭部をかきながらコックピットへ。
中に入ると珍しくアリスがパイロットシートに座って操縦桿を握りしめていた。
その後ろ姿はなんとも楽しそうで、小刻みに体が揺れているのがわかる。
いつもならすぐに振り返り挨拶してくるのだが今日はそういう雰囲気がない。
何ならすぐ売色に近づいてもなお振り返ることは無かった。
「随分と上機嫌だな」
「え!?」
声をかけると体をビクリ!とさせて慌てた様子でこちらを振り返る。
どの顔はあまりにも人間っぽくて思わずこちらも二度見してしまったぐらいだ。
「なんだ、気づいてなかったのか?」
「申し訳ありません」
「お前がそこまで集中するなんて珍しいな、一体どんな悪巧みをしようとしてるんだ?」
「いきなり悪巧みと決めつけるのはどうかと思いますが」
「じゃあ違うのか?」
「違いません」
「いや、そこは否定してくれよ」
うちのヒューマノイドは真っ当な人助けとかそういうのはしないんだろうか。
やることはどれも悪巧み、とは言わないけれど俺の為という言葉を言い訳にあれこれよからぬことをやっているんだとか。
どうやら今日はそれが調子良かったので俺に気づくには遅れたらしい。
「マスターはお酒好きですよね?」
「好きか嫌いかで言えば好きだな。とはいえ浴びるほど飲むとかそういうのはないぞ」
「酒は飲んでも飲まれるな、古い格言ですがその通りだと思います」
「それ、ヒューマノイドには関係ないよな」
「そうでもないですよ?マスターと同じ酩酊状態を再現するプログラムがありますし、それを走らせながらマスターと一緒にお酒を飲むヒューマノイドもいます。まぁそうなるとまともな制御が効かなくなるのですぐに表舞台からは消されましたが、今でもネットワークには転がっていますし、なんなら新しいものが流通しています」
ヒューマノイドを酩酊させる?
一体誰得なプログラムなんだそれは。
そりゃ一緒に飲みたいという人もいるかもしれないけれど、制御の効かなくなったヒューマノイドほど怖いものはないと思うぞ。
重量は人の数倍、力だってかなりのものだ。
そんなのに襲われて死にましたなんてマジで死んでも死にきれないんだが。
「絶対にインストールするなよ」
「それはフリですよね、マスター」
「違うっての!」
なんでそんな恐ろしいことをしなきゃならないんだよ。
酒は飲んでもってさっき自分で言ったんだろうが。
ともかくだ、そのプログラムは絶対に禁止、という事を約束させてキャプテンシートに腰掛ける。
「で、酒がどうしたって?」
「実はこれから向かうセリオス・ステーションですが、アルコールの取引量がかなり多い上に取引額もかなり高めなんです。仕入れても仕入れても売れているみたいで、せっかくいくのなら仕入れていって損はないと思いまして」
「なるほどなぁ」
「そのついでに個人用のものを仕入れたら喜ぶかと考えていたところにマスターがやってきたわけです」
「そのどこが悪巧みだったんだ?」
「そのうちの一本にかなり強いものを混ぜまして、酩酊したところを襲うのも悪くないと考えていました」
「無茶苦茶な悪巧みだな!」
それを正直に話すのがアリスのいいところだが、やろうとしていることは最低だ。
まったくどこの世界に主人を命令させて襲うヒューマノイドがいるんだよって、目の前にいた。
「それは絶対しないように。とはいえ確かにいいアイデアだと思う。コロニーに向かう途中で仕入れられるのか?」
「航路は少し外れますが可能です。ノクティルカの空きスペースを全てお酒で埋めてしまっても全部引き取ってもらえるだけの需要はありそうです。推定収益は安く見積もっても300万ヴェイル、悪くない取引だと思いますが如何しましょうか」
「それだけ儲かるのにやらない理由はないだろう。イブさん達には起きてから説明すればいい、進路を変更してくれ」
「かしこまりました」
金はいくらあっても困らないからな、ついででそれだけ稼げるのなら寄り道するのも悪くない。
それに、アリスにも言ったようにお酒は嫌いじゃない。
特別なと時に飲む一本があっても面白いし、物によっては持っているだけで価値が上がっていくのもあるそうじゃないか。
昔はお金がなくてそんなものには手が出なかったけど、今は資産として持つのも選択肢としてはありだ。
場所を取らず、それでいていざとなったら楽しめる現物。
贈り物にもいいらしいのでとりあえず一本あってもいいかもな。
「お酒!いいですね!」
「私も賛成です、ノクティルカのカーゴには余裕がありますし手ぶらで行くのはもったいないですから」
「私はどっちでも。お酒は好きやけど、今はちょっと控えてんねん」
「そうなのか?」
「バカ、乙女の秘密を当たり前のように聞くんじゃないわよ。まったく、デリカシー無いんだから」
全員が起床してきたタイミングで目的地を変更する旨を伝えたのだが、特に問題なく受け入れてもらえた。
問題があるとすればテネスの反抗的な態度だが・・・まぁ、正論過ぎてこちらとしても何も言えないわけで。
恐らくは例の件で過去にやらかしたことがあるんだろう。
自粛しているというのであれば無理に飲む必要はない、酒は飲んでも飲まれるなだ。
「悪かったって。とりあえずコロニーに到着したら買付けついでに試飲をして回ろうと思ってる。値段だけで決めることもできるけど、やっぱり気に入ったものは自分の口で味わいたいだろ?」
「そうですね、折角買うんですから」
「因みに香茶をブレンドしたお酒もあるそうですよ」
「そうなんですか!」
「味は色々あるそうですけど、通常の茶葉もあるそうですからそちらも一緒に買付けましょう。値段はさほど高くありませんが、味は申し分ないと口コミも良好です」
「はい、是非!」
ローラさんはほんと香茶が好きなんだなぁ。
正直通常の茶葉がかなりの値段なのでここで安い物に切り替えてくれるとうちの家計としても非常に助かる。
いや、それが悪いとは言わないんだが・・・流石に一カ月100万ヴェイルはやりすぎだ。
「因みに買い付けの小遣いは10万ヴェイルまで、それ以上は自分で出してくれよ」
「え!そんなにもろてええのん!?」
「俺のわがままで行くんだし、折角だからな」
「マスター、普通はそんなにポンと出さないものですよ。ご自身の退職金、お忘れですか?」
「そういえば・・・。最近大金を持ちすぎて感覚がおかしくなってるからなぁ。ってことで一万じゃ・・・ダメか」
「ダメに決まってるでしょ」
自分の口で言ったことには責任を持たないとなぁ。
幸い口座にはそれなりに資金があるし、買付けるにもお金がかかるという事で自分を納得させた。
あまり気が大きくならないように気を引き締めないと。
ということで、急遽決まった寄り道なのだがこれが思わぬ展開になることを今の俺達はまだ知らないでいた。




