230.想像以上にすごい場所で
アステラル・ディスティラリー。
星の蒸留所というなんとも素敵な名前が付けられたそのコロニーは、通常の発酵や蒸留では作れない宇宙空間を利用した特殊な製法で様々な酒を造っている。
少し離れた大型恒星が発する星光と呼ばれる特殊な光によって通常の何倍も速く熟成を行うことができ、またその光の強さなどによっても仕上がり具合が変わるんだとか。
その為、作るタイミングによって味が変わる様々な酒を求めて世界中の酒飲みやバイヤーがその星に集まっている。
「これまたすごいデカいな」
「あれがこのコロニーを有名にした超巨大恒星、その名もバッカスです」
進路を変更し酒を買付けるべくアステラル・ディスティラリーコロニーへと向かっていた俺達だが、そのすぐ近くに存在する超巨大恒星を前に思わず歓声を上げてしまった。
メインモニターで拡大しなくてもいいぐらいのデカさ、こんなにデカいと重力とかその辺は大丈夫なのかと思ってしまうのだが問題はないらしい。
しかし、こんなデカい星の近くによくこんなコロニーを作ったもんだ。
「酒飲みの神様の名前を付けるとは中々しゃれてるじゃないか。それで、あの星があるとなんで有名になるんだ?」
「あの星から降り注ぐ特殊な光がアルコールに複雑な作用を施し、発酵が通常の何倍もの速さで進むんだそうです。一応科学的に原理は解明されていますが、なぜそんな光が出ているかについては謎のままのようです。まぁ、下手に手を出してその風が無くなっても困りますからね」
「風?」
「その光の事を現地では恒星風と呼んでいるのよ、おもしろいわよね」
「風ねぇ」
「風の具合がいいとかそういう言い回しをしてくるから覚えていたら面白いかもね。それで、他に聞きたいことある?」
コロニーに降り立つ前に始まった勉強会。
折角行くのならその土地の事をよく知るべきだという考えは嫌いじゃないけど、ほんと彼女達は勤勉だなぁ。
いや、酒飲みだから必死に覚えているのかもしれないけれどそれに関しては何も言わないでおこう。
「お酒の相場ってどうなってるん?」
「下は市販品から上は100万ヴェイルを超える超高級酒まで様々です。遺跡コロニー向けの買い付けは一般の価格の物を仕込みますので、そちらは買わなくても大丈夫ですよ。少しお高めの物を狙うのがおすすめです」
「そうなん?」
「産地直売と申しますか、醸造所の基準に満たなかったものなどは安く売られることが多いのです。もちろん市販品に比べると高くなりますが1万ヴェイルするようなお酒が数百ヴェイルで売られていることもありますので、そういう酒ばかりを探している人もいるそうですよ」
「そういう買い方も面白そうだが・・・流石に全部飲むと酔うよな」
「コロニー内の至る所に有料の医療用ポッドがありますので問題ありません」
「つまり買付けている最中に飲み過ぎて買えなかった、なんていう心配はないわけか」
酒飲みの酒飲みによる酒飲みの為のコロニーだな、ここは。
因みに形も酒樽風で、その周りを巨大なリングが周回している。
なんでもあのリングの中で製造をしているようで、メインの酒樽の方ではなくそっちに移動して買い付けをする人も多いんだとか。
リングを別に配置することである程度均等に星光が当たるようにしているそうだけど、絶対当たりやすい場所とそうでない場所が出るよなここは。
「ではここでの行動について摺合せします。まずは大手酒造メーカーを見て回り、そこでの試飲。続いて中小の蒸留所をめぐって珍しいお酒を探し出します。小休止をはさんだ後、名産品を食べて回り、最後に買い付け用の酒を選定。これを三セット、三泊四日の行程ですがよろしいですか?」
「・・・三泊四日?」
「はい」
「ちゃんと良い感じの宿は見つけておいたから安心しなさい。なんと!部屋の蛇口から直接エールが飲めるんだって、人間ってほんとよくわからないこと考えつくわよね」
いや、部屋の蛇口は確かにやりすぎだと思うけど、そんなに滞在する必要はあるのか?
どれだけ多く見積もっても一泊二日、それ以上滞在する理由がここにあるのだろうか。
「あの、なんでそんなに長い事滞在するんですか?」
「単純に時間が足りないからです」
「足りない?」
「あそこに見える大型リングですが、あの中には大小300を超える蔵が軒を連ねています。酒の味は千差万別、それを確認しているとこのぐらいの時間があってもギリギリでしょう」
「いやいや!そんなにまわる必要ないだろ」
「といいますと?」
「確かに珍しいお酒は飲んでみたいけど、その為に三泊もする理由が・・・あるって顔してるな」
何で酒を飲まないアリスがそんな顔をするのかよくわからないが、とりあえずここを一泊だけで立ち去るのは正気の沙汰じゃないという事だけは分かった。
たかが酒されど酒、よく考えればここは生粋の酒飲みが集まる場所、そんな人たちが一泊で満足するはずがない。
そんな基準をもとに話をしているんだろうけど・・・。
「よくお分かりで」
「まぁ急ぐ旅でもないし別にそれは構わないんだが、マジで三日かかるのか?」
「因みにコロニーの平均滞在期間は一週間だって」
「マジか」
「みなさんそんなにお酒が好きなんですね」
「気持ちはわからんでもないけど・・・それだけ滞在して一体いくらぐらい使うん?」
「さぁ、人によっては数千万という金額を出された履歴も確認できます」
数千万も酒に使うとかいったいどんな酒のみなんだよ。
なんにせよここがそれだけすごいコロニーだという事はよくわかった。
心配するよりもまずはいってみることが大切、という事でコロニーへと近づき所定の位置で連絡を入れる。
「こちらソルアレスそしてノクティルカ、アステラル・ディスティラリーコントロール応答願います」
「こちらアステラル・ディスティラリーコントロール。あら!随分と大きな鯨さんね!ここの酒が全部飲まれちゃいそう」
いつもの事務的な連絡を入れると随分と可愛らしい声で返事が返ってきた。
声は可愛らしいがその返しに少し年齢を感じてしまうのは俺の気のせいだろうか。
この船を見て鯨と称せるのは・・・中々のつわものだぞ。
「生憎と腹半分なのでその心配はありませんよ」
「ふふ、それは残念。えーっと、5番ハンガーが空いてるから二隻ともそっちにお願い。古いハンガーだけどその大きさのを駐機できる場所はそこしかないの」
「5番ハンガー了解」
「ちょーっと変わった子がいるけど、無視してもらって構わないから。それじゃあよい酩酊を!」
よい酩酊をとはなんとも面白い言い方、ここにきて酔っぱらわずに帰ることはあり得ない、そんな意味も含まれているんだろう。
案内されるがまま五番ハンガーへ移動、少し古ぼけた感じだが普通に働いている人も見えるし、何よりデカい。
大型のクレーンなんかも兼ね備えているので搬入搬出には困らなさそうだ。
「これだけ大きいと停めるのも簡単ね」
「オートパイロットなしでこの巨体を停められるのはローラさんだけやけどな」
「そんなことないわよ。私よりうまい人は他にもたくさんいるわ」
先にソルアレスを駐機、その後ローラさんだけノクティルカへ移動して手動で停泊する。
さて、あとは心行くまでここを堪能させてもらうだけなのだが・・・。
「あの~」
「ん?」
「遺跡に興味はありませんか?」
突然やってきたのは一人の少女、手に如何にもという感じの古ぼけた品を持った彼女は申し訳なさそうな顔をしながら俺を見上げてきた。




