220.先方の提案を聞いて
「この度は弊社社員がご迷惑をおかけし誠に申し訳ありませんでした」
「申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる二人の男女、女性の方はこの前担当してくれたキャサリンさん。
そしてもう一人はオルビタル・フロンティア・インダストリーのトップ、ハムネットさん。
見た目には随分と若いけれども、アリス曰く全身義体なので実年齢とは関係ないらしい。
なんでもどのような気候でもテラフォーミング出来るように早くから義体化したんだとか、会社の為に自ら動くなんて例の男とはえらい違いだな。
因みにここはオルビタル・フロンティア・インダストリーの応接室、部屋の調度品から最初に案内されたのとはずいぶんと違う様だ。
さて、社長直々の謝罪を受けたわけだが・・・この先うちのアンティークはどう出るか見せてもらおうじゃないか。
「謝罪は結構です。本来であれば世に出るはずの余罪の数々を社員の不正一つで片づけてしまったわけですが、そもそも自社社内で誘拐・監禁するなど言語道断。私達がそれを追求しないのは、マスターが御社の立場を心配しているからです。私としては即座に告発し、しかるべき制裁を受けさせるべきだと進言したのですがマスターは御社を気に入っているようでして、このようなことがあっても仕事を任せたいと考えています。今回の不祥事に私どものマスターを巻き込み、多大な迷惑をかけたと思っておられるのであればそれに見合う賠償を用意しているものだと思っていますが御社の姿勢を聞かせいただいてもよろしいですか?ただ、先に申し上げておきますが、それに見合わないと判断しましたら即時警備に通報いたしますのでご理解ください。マスターは許しても私は許していません」
まっすぐに、でもはっきりと自分の意見を述べるアリス。
これがアンティークヒューマノイドという存在、相変わらずマスターへの愛が重たい。
先にアリスがどう出るかを聞いてからと思っていたのだが、これは恐喝というやつじゃないですかねアリスさん?
「貴女の怒りはもっともだミス・アリス。自社の中であのような不正かつ野蛮な行為が行われていたにもかかわらず、それを見抜けずあなたのマスターに多大なる迷惑をかけたのはすべて私の不徳のするところ。それを謝罪の一つで許してもらおうとは思っていないが、見合うかみ合わないかについてはすり合わせを行いたい。こんな見た目でも数千人の社員の生活が懸かっているんでね、おいそれと通報させるわけにはいかないんだ」
「それはそちらの勝手な都合、と言いたいところですが確かに私の認識とそちらの認識に違いがあるのは当然のことですからすり合わせは必要ですね。言い方を変えましょう、納得できる賠償でなければ通報いたします」
「譲歩に感謝する。それじゃあ早速始めようか・・・の前に、香茶はいかがかな?聞けば生の香茶がお好きだとか。良いのが入っているんだ、残念ながら私達は飲めないが生身の皆は飲めるだろう?」
「そうですね、長い打ち合わせになりますから」
とりあえず序盤の殴り合いは無事に終了。
幼い見た目ながら中々真の通った話っぷり、そのギャップに頭が混乱しそうになるが・・・まぁいずれ慣れるだろう。
社長が指を鳴らすと扉が開き、熱々の香茶の入ったポットが運ばれてくる。
部屋に薫優しい香りに雰囲気が少し和らいだのもつかの間、バチバチの交渉がスタートしたのだった。
「社長、そろそろお時間が」
「おっと、もうそんな時間か。話の途中で申し訳ないが、今回の一件で色々と社内がごたついていてね。どうしても抜けられない会議があるんだが二時間ほど外させてもらってもかまわないだろうか」
「こちらも今の条件を元に話し合う時間を頂戴したいと思います」
「協力に感謝する。キャサリン、くれぐれも粗相のないように頼むぞ」
「は、はい!」
キャロルさんが姿勢を正しながらメガネを直し、社長に向かって深々と頭を下げる。
うーむ、こんな美人に補佐してもらえるなんて・・・いや、それはそれで大変か。
社長が応接室を離れ、キャサリンさんもそれについて外に出る。
ここまでおよそ二時間ぶっ通しで交渉が進められたわけだが、正直しんどい。
いや、マジでしんどい。
「マスター、だらしないですよ」
「仕方ないだろ、二時間ぶっ通しなんだから。イブさんローラさん大丈夫か?」
「私は大丈夫です」
「私も、話が難しくてあまりよくわからないので・・・お力に慣れずごめんなさい」
「謝る必要はないさ、俺だって半分もわかってないから」
なんだろう、ヒューマノイドとヒューマノイドの対マンを見せられているような感じ。
正確には義体化しているだけの人間ではあるけれど、あれはもうヒューマノイドに近いんじゃないだろうか。
こっちはアリスの他にテネスも加わっての二人がかり、にも拘らずハムネット社長は一歩も引かず会社の立場を一貫して主張し、それでいて全く譲らないわけでもないので交渉のアドバンテージがどっちにあるのかさっぱりわからない状況だ。
「それで、どうするつもり?」
「どうもこうも俺にはもうさっぱりだ。とりあえずいい感じの条件で適当にやっといてくれ」
「アンタねぇ、自分の事でしょ?」
「自分の事なのに複雑すぎんだよ!なんだよ分割賠償1億ヴェイルって、しかもテラフォーミングが半額?総額になるといったいいくらになるんだ?」
「まずマスターを誘拐したことに対する賠償金が1億ヴェイル。それからノクティルカを購入するのにかかった諸経費の全額負担と永年のコロニー使用料の無償化、更には優先的な資材搬入権と輸送依頼の優先受注。そして将来的にテラフォーミングを行う際にかかる費用の半額負担、テラフォーミングに関しては規模がわかりませんので何とも言えませんが、それを除いても1.5億ぐらいにはなるのではないでしょうか」
「いや、俺の命って1億もするのか?」
「マスターの命だけではそうでもありませんが、後ろに宇宙軍や男爵の名前があり、更に先日の活躍なども含めた名誉にかかる代金を含めればそれぐらいが妥当かと」
自分の命をそうでもないと言われるのはなんだか癪だが、それでもノクティルカを購入した費用がまるまる戻ってくるのは非常に大きい。
惑星を購入するのにも金はかかるし、半額もってもらえるとしても支払う総額は数億円になるのは間違いないだけに金はいくらあっても困らないわけで。
でも1億、1億かぁ・・・。
「とはいえこれだけ大きな会社でもポンと1億は出せないんですね」
「こういう会社だからじゃないかしら。確かに事業規模は大きいけど在庫が多くて現金が少ないっていうのはよくある話よ。そんな状況で今回の件が明るみになったら受注減少どころか停止もあり得るし、そうなったら一気にキャッシュが無くなって会社が倒産するなんてのは目に見えてるわ。そうなったら困るのはそっちだと言わんばかりのいい方は気に喰わなかったけど、実際の所そうなのよねぇ」
「こちらとしては倒産してほしいのではなく、あくまでも最大限の賠償を引き出したいだけですから。分割で支払ってくれるというのであればそれを断る理由はありません。ただもう少し引き出せそうな部分がありますので戻りましたらそこをつついてみようと思います」
「1.5億でもダメなのか?」
「私からすれば10億でも足りないぐらいです」
「トウマさん、愛されてますね」
これを愛されていると言っていいのかはなんとも言えないけれど、とりあえずアリスのしたいようにやらせてみよう。
まだ向こうは交渉のテーブルについている。
あの誘拐騒ぎがまさかこんなことになるとは、ある意味例の男に感謝しないといけないなぁ。




