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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
鬼と竜

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第154話 静穏


 長野で発生した異常事態解決から数時間後。


 俺たち鬼灯戦闘員は、浅霧たち能管一行との挨拶も程々に、体制を立て直すべく一度拠点へと帰還していた。


「あっちゃ〜〜〜〜!快ちゃんの容赦の無さも遂にここまで来ちゃったか〜〜!!」


 そしてテンマが騒いでいるのは他でもない、銀次お手製のベッドでスヤスヤと一定の寝息をたてて眠っている少女ことルーナを目にしているからだ。


「殺人ピエロを拉致った時から薄々いつかまたやるんじゃないかとは思ってたけどさ!まさかその次がまだ年端もいかない少女とはねっ!」


 あの状況じゃ下手にルーナの姿を晒す訳にも、悠長に状況説明をしている暇もなかった。


 だからこそ拠点に着いてしばらくしてから、ようやくルーナの姿を目にしたコイツが、多少騒ぐのも無理はない。


 にしても…


「くーーー!僕という者がついて居ながら、快ちゃんにこんな悪行をさせてしまうなんて!保護者失格だよっ!全く月下家の長男として情けない、おばさんに合わせる顔がないよ!」


 流石にこの言い草はムカつくな。


 てか、完全に悪ノリしてやがる。


「なぁ、銀次」


「ダメだぞ?」


「まだ何も言ってないだろ?」


「言わなくても分かる」


「ならそれを言ってみろ。当たっていたら考え直してやる」


「ここでテンマを殴っても避難民に影響は出ないか?…一言一句正確ではないだろうが、ここでお前が言いそうな事としては凡そこんな所だろう」


「流石だ。けど惜しいな。正解はそろそろメンバー交代したくないか?だ」


「いや、それどっちにしろ結果的には同じ奴だろう」


「そうかもな」


「腹が立つのは分かるがやめておけ。お前の力加減がどうであれ、少なからず避難民に震動は伝わる。それで避難民、というより愛さん達の不安を煽るのはお前も本意じゃないだろう」


「………仕方ないな」


 気持ち的には全力で殴ってやりたい所だったが、家族を引き合いに出されたら俺も引かざるを得ない。


 俺の家族なら少しの地震程度なら全く動じないような気もするが、世の中には万が一というものがあるからな。バカの悪ふざけで鈴を怖がらせるのも馬鹿馬鹿しい。


 癪ではあるがここは精神年齢の高い俺が、これ以上無駄に騒がないようにバカの口を塞ぐだけで勘弁してやるか。


 そこで俺はルーナが目覚めたら食べさせようと用意していた数々の料理に目をやり、そこから未だ湯気が立っているグラタンを手に取る。


 そして、それをそのまま未だワーワーと騒がしく話し続けるテンマの顔面にゆっくりと押し当てる。


——ガシッ


「!!!あっつ!!!!」


「おー、まさかそんなに喜んでくれるとは…これはわざわざ作った甲斐があるな」


「え、これ快ちゃんが作ったの?!…じゃなくて!なんでいきなり顔面にグラタン押し当てるのよ!」


「そりゃグラタンは熱いうちに食べた方が美味いからだろう。それとも美味くなかったか?」


「いや、受け止めるので必死で味わう余裕なんかなかったよ…」


 とか言いながら、ちゃっかり頬についたグラタンを舐め取るテンマ。


「うん、でも確かに美味しいねこれ!料理も出来るなんて、さすが快ちゃん!伊達に近所でも評判のパン屋の息子やってないね!!これは僕的におばさんの作った肉じゃがと良い勝負だよ!」


 そして、火傷したのも忘れて、今度は風で器用にグラタンを冷ましながら口に運び始める。


 分かっちゃいたが、コイツやっぱバカだな。


 流石の銀次もこの長年の幼馴染のポンコツ具合にはお手上げなのか、額に手をやって深いため息を吐く。


 まぁ、いいか。


 想定していた展開とは大分違うが、何にせよこれで一先ずの目的は達成した。大バカと言えど少なくともグラタンに夢中になっている間は大人しくしているだろう。


 そして、それから程なく、テンマ同様に俺や銀次も用意してあった食事を適当につまみながら待っていると、食事の匂いに誘われたのか、ルーナが布団の中で微かに身じろぐ。


「…ん…ここは…」


 恐らく、俺の治癒でも癒しきれない何か。感情の部分によるところの大きい、到底言葉では言い表せないような場所に疲労が溜まっていたのだろう。


 その起き抜けに発された言葉には、短いながらにも安堵と不安がごちゃ混ぜになったような声色が滲んでいた。


 そして、次第に自分の身に起こっている事態を認識し始める。


「……」


 柔らかく自分を包み込む布団の感触。


 優しく自分を照らす蛍光灯の明かり。


 自分から仄かに香る石鹸の香り。


 これは夢ではないのかと。


 ルーナは、懐かしい記憶に思いを馳せるように。


 そして、かつて自分の居た場所では到底感じられなかったものが今はある。ようやくあの地獄から抜け出せた。


 その事実が嘘ではないのだと噛み締めるように、ゆっくりとベッドの上で体を起こした。


 そして…


「……ぅぅうぁぁあああああん」


 俺達の。


 いや、正確には俺の姿を捉えるや否や、それこそ年相応の子供のように、どこかの鶏を彷彿とさせる程の大声で泣き始める。


「あ〜あ〜!泣かせちゃった〜〜!快ちゃんが女の子泣かせちゃった〜〜!いけないんだ〜〜!これはおばさんに報告かな〜〜!」


「黙れ」


「もう怖いなー!そんなに怒らないでよ!それで余計に泣いちゃったらどうするの!でも、そうだよね。そりゃ泣いちゃうよね〜?起きたら知らない場所にいるんだもんね〜?僕も同じ立場だったら泣いちゃうかもな〜?」


「そうか。ならお望み通り今から嫌ってほど泣かせてやる。俺も丁度さっきの仕打ちでは甘過ぎると思っていたところだ」


「落ち着かないか2人とも…テンマも冗談にしてもやり過ぎだ。悪い事は言わない。また快の手料理を食べたいなら今のうちに謝っておけ」


「はい、ごめんなさい!僕が全面的に悪かったです!なので、どうか僕にまた手作り料理を振る舞って下さい!!」


 コイツのやった事を考えれば、本当だったら500発殴っても殴り足りない。


 だが、今は状況も状況。これ以上場を乱すのはルーナにとっても要らぬ混乱を招きかねない。


「はぁ、仕方ないな。その臆面もなく即座に土下座する殊勝な態度に免じて今回ばかりは許してやる」


「やったー!じゃあまた作ってくれるの?」


「あぁ、その代わり残すなよ」


「ははは、そんなの当たり前じゃない!僕は快ちゃんと同じで食べ物を粗末にする人が大嫌いなんだから!」


「それは腕が鳴るな」


 さて、世界一不味い料理はなんだったかな。


「……あ、あの…」


「あぁ、そういえば目を覚ましたんだったな」


 無駄に騒ぐテンマのせいで、危うく本題を忘れる所だった。


 まぁ、コイツも一頻り泣いてようやく落ち着いたみたいだし、話をするタイミングとしては丁度良いだろう。


 そして、俺は再度ルーナと向かい合う。


「派手に泣いて少しは落ち着いたか?」


「…あ、す、すみません!!」


「いや、いい。別に責めている訳じゃない。だが、その様子を見るにやはり俺が誰だか分かって泣いていたみたいだな」


「…は、はい…何となくですが…雰囲気で…」


 まぁ、例え素顔を知らなかったとしてもあれだけ劇的な初対面を果たせば、誰だってそう簡単には忘れる事は出来ないだろう。


 おまけにこの場にはルーナのスキルが暴発する可能性を考慮して、ある程度の毒耐性を兼ね備えている3人しかいない。


 となれば、ルーナがこの中から背格好の近い俺を記憶に新しい鬼面の人物として当てはめるのはそう難しくないだろう。


「にしても、えらく早く泣いていたな。俺の顔が気に入らないなら、また面をして話してやろうか?」


「い、いえっ!そのままで!そのままが…いいです!泣いてしまったのは…ただ、安心してしまっただけですので…」


 あの空間から抜け出せたという事実は、きっと俺が考えている以上にルーナにとっては大きな意味を持っていたのだろう。


 到底信じ難いけど信じたい。


 この普通を決して手放したくない。


 そんな筆舌にも尽くし難い安堵と葛藤が布団を細々とした手で力強く握るところからもよく窺える。


「…それで…ここは一体…」


「そうだな。今後の為にもお前にも少しは事情を説明しておいた方がいいだろう」


 そして、俺は現状に至るまでの経緯をルーナがどこまでの事情を把握しているのかの確認も兼ねて、要所を掻い摘んで説明していった。


 初対面の時にも言った通り、俺達が普段は政府とは対立している完全に独立した組織であること。


 今はアヴァロンを消そうとしている最中であること。


 そして、その過程で偶然ルーナを発見したこと。


「…で、俺の手を取るや否や、突然意識を失ったお前を半ば無理矢理に連れ出して今に至るって訳だ」


「…それは…私のせいで…大変なご迷惑をお掛けいたしました」


「気にするな。別に無理矢理って言っても俺は政府の奴等と少し口論しただけで、大した迷惑は被っていない。実際に苦労したのは無闇にお前の姿が露見しないよう、その場で毒耐性の布を作成した銀次や強烈な異臭を放っていたお前を洗ったユンの奴だ」


「い、異臭っ!?洗った?!」


 その瞬間、そういえばとばかりにルーナは顔を真っ赤にして布団で自分の体を隠すように包み込む。


「あーあ…快ちゃんてば、気にするなとか言っておいて、さっそく女の子がめちゃくちゃ気にするような事言っちゃってるよ…」


「こればっかりは擁護できんな…」


 そう、あからさまに呆れるような目つきで俺を見るテンマと銀次。


 解せんな。


「終始無言だった銀次はともかく、拠点に運ぶまでの間、散々「臭い」だの「何でよりにもよって1番疲れてる僕が…」だの文句を垂れていた奴が何言ってんだ?」


「ワーワー!!!い、いや、それは布に包まれているのが誰か判別出来なかったから言っただけで。僕だって相手が女の子だって分かってたらそんなこと言わなかったよ!」


「そうか、俺は相手が誰であろうと態度は変えないが、お前は相手によって態度を変えるんだな。それも少女相手に…よく分かった」


 俺はてっきりコイツは自分がちんちくりんだから、年上が好みなんだとばかりに思っていたが、まさかテンマにそういう趣味があったとはな。


 俺の観察眼もまだまだだ。


「いや、待って…なんかとんでもない誤解をされてる気がするんだけど!」


「分かってるからそんなに心配するな。お前は相手が少女だったら臭いのも気にならないんだよな」


「いや、だからそうじゃなくて…」


「わ、私のことはいいんです。そんなに無理に気を遣われなくても…私が汚れていて、く、臭かったのは本当のことだったと思うので……運んでくださってありがとうございました」


「…………あ…え…うん…ど、どういたしまして」


 そして、遂に否定が追いつかなくなって思考放棄するテンマ。


 やっぱ小馬鹿にされるより、小馬鹿にする方が断然面白いよな。


「そ、それより…その…私の体を洗ってくださったユンさんというのは…」


「今は居ないから礼がしたいなら後にしろ。それと、そいつも一応お前と同性だから要らない心配はするな」


「そ、そうですか…分かりました」


 露骨にホッとしている所を見るに、やっぱり銀次の言う通りにしたのは正解だったみたいだな。


 もっと酷い状態での面識もあった上に既に色々と目にしていた以上、別に痩せ細った子供1人を洗うくらい俺がやってやっても良かったが、これまでは気にする余裕が無かっただけで、どうやらコイツにも最低限の羞恥心は残っていたらしい。


 まぁ、そのせいでユンに無理難題を言ったのは悪かったが、流石は俺のペットというところか。


 期間が期間だ。中には落ちにくいしつこい汚れもあっただろうに、それをルーナを起こすことなく、また毒を暴発させることもなく、速やかにやり遂げるとは正に見事の一言だ。


 後でもう一度褒めてやろう。


「…何から何まで本当にありがとうございます。このご恩はどれだけ感謝してもしたりません」


 一度小さく息を吸い、そこでルーナは胸の前で両手を重ねる。


 まだ緊張は残っているものの、その声音には先ほどまでの怯えよりも、はっきりとした意思が宿っていた。


「改めまして……私の名前はルーナと申します。…その…今の私にお返しできるような物は何もありませんが……それでも、命を救っていただいたことに変わりはありません」


 そう言って、ぎこちなくも深々と頭を下げる。


「ですから……もし、よろしければ……あなた方のお名前を教えていただけませんか……?恩人の方々のお名前も知らないままというのは……どうしても、失礼な気がして……」


「あーーーー、えーーーっと…恩人云々は正直言って僕は2人に比べて特に何もしてないから、そんなに気にしないでとしか言えないんだけど。名前はちょっと…どうだろう…」


 意を決して言ったであろう言葉に明らかに都合の悪そうな反応を見せるテンマに、おずおずと顔を上げ、恐る恐る俺達の方を見るルーナ。


 その怯えた小動物のような態度に流石にテンマも居心地が悪くなったのか、穴が空きそうな程の鋭い視線を俺に送ってくる。


「どうしよう???」


「まぁ、問題ないだろう」


「え、いいの?!」


「あぁ。コイツの立場は政府の奴等に認知こそされていないが、俺達とそう変わらないからな」


 今後、コイツと俺達がどういった関係を築くのかはまだ定かじゃないが、明日は我が身となれば名前を知られたところで無闇に口外したりはしないだろう。


「それに、既に拠点に匿った上、素顔も晒しているんだ。名前を隠すのも今更だろ。てかさっきまで普通に呼び合ってたしな。だから好きにしろ」


「あ、そう言えばそうじゃん。でも、そういう事なら遠慮なく僕から自己紹介させてもらおうかな!」


 そして、テンマはルーナの緊張を和らげるような柔らかな笑みを浮かべて自己紹介を始める。


「初めまして、ルーナちゃん!僕の名前は六道テンマ!19歳!普段は国内屈指の名門大学に通うしがない大学生。だけど、その裏では風を操る天災級能力者にして、快ちゃん率いる鬼灯のナンバー2だよ!よろしくね!」


「よ、よろしくお願いします!テ、テンマさん!か、重ねてになりますが、この度は助けていただきありがとうございました!」


「いえいえ!てかさっきも言ったけど僕はこの件に関しては殆ど何もしてないから本当に気にしないでいいよ!いやでも正直ここだけの話…僕ってこう見えて大分?ってか滅茶苦茶?強いから、今後助けが必要な時はいつでも頼ってよ!」


「は、はい!!」


 コイツ…ルーナが無知なのを良いことに、分かりやすく見栄張ってるな。思い付く限りの肩書き並べやがって。見てるこっちが痛々しいわ。


 そして、それは隣で聞いていた銀次も同じだったのか、頬を引き攣らせながら自己紹介の順番を引き継ぐ。


「俺は右近銀次だ。一度に言われても混乱するだろから名前以外は一先ず省かせてもらうが、知りたい事があればその都度聞いてくれ。余程突飛な質問でなければ答える。それと君の救助に手を貸した件についてだが、それは俺もテンマ同様、大したことはしていないからあまり気にしないでくれ。俺はただその時その時で自分の出来ることをやったに過ぎない。全てはルーナ…君が地獄の日々を耐え、それを快が掬い取った結果だ」


「は…はい…。ですが、それでも…それでも感謝の言葉は言わせて下さい。その大したことないと言った銀次さんの行動で、私が救われたのは事実ですから…ありがとうございます。本当に…」


「あぁ、どういたしまして。お前もよく頑張ったな」


「は、はい…!!」


「あれ、なんか僕の言葉より響いてない?」


 それはそうだろう。


 ここぞとばかりに見栄を張った言葉を並べ立てた奴と、自分の事は最小限に相手の事を思い遣った発言をした奴。


 どちらの言葉がより響くかは議論するまでもない。


「まぁ、いいか!じゃ、次はいよいよ快ちゃんの番だね!!最後は任せたよ!!」


「…と言われてもな。今更何を言えばいいんだ?俺の粗方の情報はお前等の自己紹介に十分含まれてただろ」


「…ぅ、そう言われてみれば確かに。ま、まぁまぁ、こういうのは自己紹介をする事に意味があるのであって、内容は二の次でいいんだから」


「その割にはお前は随分と張り切ってるように見えたがな。なぁ、普段は国内屈指の名門大学に通うしがない大学生でありながら、その裏では風を操る天災級能力者にして、鬼灯のナンバー2を務める六道テンマさんよ?」


「…いや、分かったから。もう僕が見栄を張って盛り込み過ぎたのは分かったから。認めるから。お願いだからそれ以上弄らないで?丁度今恥ずかしくなって来たところだから」


「たかが自己紹介でそんなに見栄を張るって…お前もしかして本当にそっちの気があるのか?」


「な訳ないでしょっ!!冗談も程々にしてよ!てか、何でもいいから早く自己紹介しちゃってよ!!」


「はいはい」


 まぁ、確かにここまで来て今更名乗らないってのも変な話だしな。


 自己紹介で既出情報を話しちゃいけない決まりがある訳でもあるまいし、サクッと終わらせちゃうか。


 そして、俺はそこで改めてやたらとキラキラとした視線を向けてくるルーナに向き直る。


「月下快だ。見ての通り、お前と年齢はそう変わらない。だが、約束は約束だ。お前が真に自由を手に入れるまでは、俺が手を貸してやる」


「月下…快様…」


「ん、様?」


「あ、いえ……この方は直接的な命の恩人様なので…ダメでしょうか?」


「いや、別にダメって事はないだろうけど…ただ快ちゃんがなんて言うか…」


「呼び方くらい勝手にしろ。ただ時と場所は考えろよ」


「は、はいっ!!ありがとうございます!!」


 たかが自己紹介にやけに嬉しそうに顔を綻ばせるルーナ。


 しかし、口調や雰囲気こそ違うが、何故だかコイツの俺に対する反応が、やけにテンマと似通っているように感じるのは俺の気のせいか?


 いや、一先ずはまぁいいか。


 命の恩人といえど、所詮はここ数時間の間柄。考えてみれば関係値の浅いコイツの反応云々で俺が何かを感じるというのも変な話だ。


 それにもし仮に…万が一面倒臭い事になっていたのだとしても、今はそれよりも優先して考えるべきことがある。


 ともあれ、これで取り急ぎ済ませなければならない予定は全て消化した。


 後は、本格的に竜王ひいてはアヴァロンの奴等を消すための算段を整えるだけなのだが…さて、どうしたものか。


 当初の予定では東日本を制圧して直ぐに竜王が潜んでいるであろう沖縄へと攻め入るつもりだったが、今は良くも悪くもルーナがいる事で状況が変わった。


 今の所は俺というある種の安全装置がいる影響で比較的落ち着いているが、発見当時の症状から察するにルーナのスキル障害がこれで完治したとは到底思えない。


 トラウマを克服するのは容易ではない。


 それは俺の治癒能力を持ってしても同じこと。俺の治癒でも多少のリラックス効果は期待できるだろうが、やはり感情によるところの大きいトラウマに対する根本的な効果はあまり期待できない。


 それは治癒をかけ続けていたのにも関わらず、最後には生きる気力すらも失い、絶命した殺人ピエロで証明されている。こればっかりはルーナ自身に何とかしてもらうしかない。


 ただ、そうなるとやはり些か不安が残るとしても、今ルーナを拠点に1人にする事は出来ないな。


 直接的なトラウマの原因が分かっていない以上、断定する事は出来ないが、普通に考えれば、そういった不安を刺激する状況に陥れば再び暴発する可能性は極めて高いと言える。


 万が一、俺が不在の間に拠点内でスキルを暴発させたら…それこそ絶対に避けなければならない事態だ。


 精神的なものが起因して引き起こされるスキルの暴発。


 原理自体はそう難しくない。


 トラウマの影響か、ルーナは自身のスキルの危険性をよく理解している。だがそれ故に、それによって引き起こされる事態を強く懸念し、自分の能力なのにも関わらず、酷く恐れてしまっている。


 それ自体は別にそう悪い事ではない。むしろ、自身のスキルの危険性を理解しているのは、その力をどう使うにせよ能力者としては正しい。


 しかし、これがルーナの場合、悪い方向にばかり作用してしまっている。


 恐れれば恐れるほどに、人を遠ざけなければという感情が働き、自分の意思とは裏腹にスキルが発動してしまう。


 これはルーナ自身も自覚していることだろう。


 だが、それだけではきっと俺がここまで付ききっきりにならなければならないほど制御不能とはならない。


 もし仮にそれだけが原因ならば誰かを傷付ける心配のない孤独状態にある時は、ルーナのスキルの暴発は起きないという事になる。


 だが、実際には長野ではめちゃくちゃにスキルを発散させていた。


 つまり、他にもルーナ自身も認識していない暴発の原因がある。


 そして俺が考えるに、そのトリガーとなっているのは恐らく正に周囲へ被害を出さないためのその唯一の解決策だと思えた孤独そのものだ。


 根拠はある。


 発見当初の状況からしてもルーナのいた環境の劣悪さは並大抵ではなかった。それこそ生きているのは当然として、廃人になっていないのが不可思議に映ってしまうほどに。


 通常はこの場合、よくいつ死ぬかも分からない状況で生き残ったと、よくすぐ側まで迫った自らの死への恐怖に打ち勝ったと、褒め称えるべきところなのだろう。


 だが、きっと酷く長い孤独の中に居た当事者のルーナからしてみれば自らの死への恐怖なんかよりも、永遠に続くかもしれない孤独に対する恐怖の方がずっと大きかったのだ。


 音も光もなく、そして希望もなく、ただ1人ひたすらにじっと闇だけが広がる空間で耐える時間は、正しく地獄そのものだ。


 しかし、そうして耐えた末に助けが来たとしても万が一を考えると、迂闊に人を近付かせる事は出来ない。


 それでも誰かに会いたい。


 人の温もりに触れたい。


 けれど、それはこのスキルがある限り叶わないという矛盾…そんなルーナのチグハグな感情が無意識下のスキルの発動を誘発させる。


 それこそがスキルの暴発の正体だ。


 幾ら何でもこれら全てが竜王の策略とは考え難い。よって、ルーナの身に起こった事は不運が重なった結果と言う他ない。


 にしても、スキルは能力者の意志を反映する。それが、まさかこんな形で牙を剥いてくるとはな。


 ——グ〜〜〜〜〜〜


『!!』


 と、俺が思考を整理している時に盛大に鳴り響く腹の虫。この期に及んで音の発生源は誰かと明言するのは野暮というものだろう。


「ま、腹が減っては何とやらだ。とりあえず今後の事に関する細かい話し合いは後でいい。まずは各自、態勢を整える事に集中しろ」


 俺が勝つか、竜王が勝つか。はたまたそれ以外の奴が台頭してくるか。その結果は終わってみなければ分からない。


 だが、何れにせよ決戦の時は近い。


 東日本のアヴァロン勢力の掃討を完了させた今、それだけは確かだ。


 とあらば、やるべき事はこれまでと何ら変わらない。


「この戦い…そろそろ終わらせに行くぞ」



あけましておめでとうございます!

今年も一年よろしくお願いします!

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