2-1「砂の海の守り人」
砂は、熱かった。
降り立った瞬間、肉球が悲鳴をあげた。見渡す限りの砂の海。空は白く焼けて、太陽が容赦なく背中を叩く。
白いふわふわの毛皮というのは、砂漠にはおよそ向いていない。上位存在といえども、暑いものは暑かった。
「……きゃん(しまった)」
また犬の姿を選んでしまった。もしかしたら私は、この姿を思っている以上に気に入っているのかもしれない。
ふらふらと歩くうちに、砂の向こうに緑が見えた。ヤシの木、石造りの塀、にぎやかな人の声。砂漠の端にある、オアシスの交易都市だった。
*
市場の隅の日陰で水をもらい、ようやく息をついた。
掲示板には、隊商の護衛を募る紙が貼られている。砂の海を越えて隣の国へ向かう大きな隊商で、日当は高い。それなのに、募集の紙だけが何度も貼り直された跡がある。
「護衛なんざ、もう誰も受けねえよ」
隣の露店の親父が、肩をすくめた。
「あの隊商の護衛頭は腕は立つが、無口でな。前の護衛は全員、途中で逃げ出しちまった」
……ふむ。
私は耳をぴくりと動かした。無口な護衛頭。逃げ出した部下たち。面白そうだ。
ただ、犬では雇ってもらえない。銀髪の女では、砂漠の荒くれの中で悪目立ちする。一番自然に溶け込めるのは――。
路地裏で、私は翼を一振りした。
白い毛が黒く荒れた髪にほどけ、背が伸びる。肩幅が広がり、目つきが悪くなる。ついでに無精髭も生やしてみた。
「……上出来ですね」
口に出してから、はっとして咳払いをした。
「あァ? 上出来だぜ、俺様はよォ」
うん。内心では、品がなくて申し訳ないと思っている。
*
隊商宿の裏庭で、その男は荷を数えていた。
背が高く、痩せている。日に焼けた顔に、鋭い目。腰には古い曲刀。護衛頭のザイド。噂通り、こちらを見ても一言も発さない。
「護衛を探してんだろ。雇えよ」
「……名は」
「ポ……ポメロだ」
ザイドは、ほんの少しだけ眉を動かした。
「変な名だな」
「ほっとけ」
しばらく私をじろじろと眺めて、彼はぼそりと言った。
「日当は渡す。俺の指示には従え。それだけだ」
「試験はねえのか」
「人手がない」
それだけ言って、また荷に目を戻す。
……思っていたより、正直な人だ。
*
その夜、隊商は街の外れで野営をした。
他の護衛たちが早々に眠ったのを確かめて、私は茂みの奥で犬に戻った。男の姿は肩がこる。
そっと焚き火に近づくと、一人で火を見つめていたザイドが顔を上げた。
「……なんだ、お前。どこの犬だ」
きゃん、と一声。ザイドはふっと息を吐いた。
「砂漠で白い毛は目立つぞ。腹は減ってるか」
懐から干し肉を出し、半分に裂いて差し出してくれる。私は遠慮なくいただいた。
無口なはずの男は、犬の前では、意外とよく喋った。
「護衛なんて、柄じゃないんだがな。……前の連中は、皆、悪くなかった」
焚き火がぱちりと爆ぜる。
「明日から、砂の海に入る。一人も欠けずに渡るつもりだ。……今度こそ」
その声は静かで、少しだけ震えていた。
私は黙って、彼の隣に座った。「今度こそ」という言葉の重さを、このときの私は、まだ知らなかった。
「先輩の『俺様』、聞いてみたいです」
「……それは、遠慮してもらおうかな」
「えっ、なんでですか」
「恥ずかしいからね」




